表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白猫・サザンクロスのゴロゴロな日々  作者: 紅葉
第一章 繋ぐ手紙と浄化の聖女
8/12

05-2.サザンクロスのおつかい2

前回の続きです。


 邸の外は昨日と同じで、ぽかぽかと暖かな陽気に包まれていた。

 穏やかな風が、サザンクロスの髭を揺らすように吹き抜けて吹いく。昼寝をするにはもってこいの気候だ。

 だが今日のサザンクロスはそれらを堪能する暇はない。


(アイナに会うのが最優先! おつかい、おつかい!)


 主がこれから会いに行く少女へ宛てた手紙を咥えながら、サザンクロスは青々とした空の下を走っていた。

 クロードから預かった手紙に穴が開かないよう細心の注意を払いつつ、人々が行き交う王都を突き進んで行く。


(いつ見ても、街は大きいものでいっぱいだなぁ……)


 美味しそうな香りが漂う店の隅で、サザンクロスは街の様子をじっ……と窺っていた。

 街の道路には、馬車や魔道具で動く自動車が忙しなく行き交っている。

 魔道具とは、魔石という、魔力が宿った石をエネルギーとして使う道具の事だ。

 人間国は、人間特有の物を生み出す知恵を使い、他の国よりも上等な魔道具を開発している。サザンクロスの目の前を走って行く自動車も、その内の一つだ。

 人間は他の種族より魔力や筋力が少ないものの、生み出す知恵はとても豊かで、その知恵が彼らを生かしてきた。

 知恵の結晶である質の良い魔道具は、他国でとても重宝されている。人間国の貿易の強みでもあった。

 そんな魔道具の一つである自動車は、実はここ最近発明されたばかりの物だ。そのため生産数が少なく扱える者も限られるため、まだ市場に出回る数は少ない。

 しかし、それも今だけ。その内もっと多く走るようになるだろう。そうなれば、色々な問題も浮上してくる。その一つは、事故だ。


(あんなのに轢かれたら身体がぺっちゃんこになっちゃうよっ)


 あんな大きな物に身体の小さい者が轢かれたら、一瞬であの世行きだ。一度、野良猫仲間が轢かれたのを見た事があったが、今思い出しても恐怖に身体が震える。サザンクロスや他の小動物にとって、自動車は魔王みたいなものであった。


(まぁ、潰して来そうなのは車だけじゃないけど)


 道路の脇にある歩道はそれなりに広いものの、徒歩や自転車で通り過ぎる人間が多い。誤ったタイミングで飛び出せば踏み潰されてしまいそうだ。自動車よりはマシだろうが、無事では済まないのは確かだ。


(あーんな場所に出ていくのは、やっぱり無謀だよね……)


 サザンクロスは店の裏に回ると、人気のない路地裏を物陰に隠れながら進んで行った。

 山積みになった木箱の裏や、時に他の邸の庭を横断して行く。時に高い場所から確認しつつ、勘を頼りにアイナと出会った場所へと向かった。

 時折烏が上空を飛んで行くが、どうやら気付かれてはいないらしく、順調に進む事が出来ている。


(さすがに昨日の今日で捕まるのはゴメンだしねっ)


 傷が完治しているためずっと前の事のように錯覚するが、烏に襲われ怪我をしたのはつい昨日の事だ。次襲われれば、クロードは確実に外に行く事を拒み始める。それ以前に、烏からまた運良く逃げられるかどうかも不明だ。どっちに転んだとしても、アイナに会いに行けなくなるのは確かだった。


(それだけはゼーッタイに嫌! ていうか街って危険がいっぱいだね! そりゃクロードも渋るわ!)


 クロードが出かける事に難色を示していた理由を、サザンクロスはようやっと思い知った。

 こんなにも危険が溢れているのに加え、毒殺までしようとする者までいるのだ。行ってほしくない意思の方が働くのは当たり前だと、当の本人でさえそう思ってしまう。


(でもゴネンね。どうしてもアイナには会いたいんだよ……ちゃんと無事に帰るからっ)


 クロードに内心詫びつつ、アイナの屈託のない笑顔を思い出して、自然と足が早くなる。

 どうしてこんなに気になるのか……助けてもらい、仲良くなったからと言うには理由が弱すぎるが、こうして折角出会えたのだ。会いに行けなくなるのは嫌だった。


(さてと……そろそろ昨日の場所だと思うんだけど)


 見覚えのある塀を見付けたところで、サザンクロスは足を止め、キョロキョロと周囲を見渡した。

 行きは烏に捕まり空を飛んでいたので気付かなかったが、随分と立派な塀を飛び越えていたのだなと、昨日の帰り際、人目を盗んで門から出ていった時にそう感じたのだ。

 その時の門が見える筈だと探すも、右を見ても左を見ても塀が続くだけで、肝心の門は一向に見える気がしない。人の気配も少なかった。


(仕方ない……歩くか~)


 きっと塀伝いに歩いて行けば門に着く筈だと、気合いを入れて歩き始める。歩くのは嫌いじゃない。


(しっかしま~……おっきい邸だねぇ)


 入り口を目指して歩きながら、隣の巨大な壁を観察する。

 クロードの邸も同じで、この壁の向こうには池も庭もあり、人間もウジャウジャ住んでいる事をサザンクロスは知っている。それもたった数人の世話のために住んでいるというのだから、人間は物好きなんだなぁ、と、その様子を見る度に彼女は呆れていた。


(でも、アイナがいた場所は、なんかちょっとちがった……不思議な場所だったな)


 昨日アイナと出会った場所は、クロードの邸の庭のように、きっちりと整えられている訳ではなかった。雑草木々も元気良く生えている、街から急に森に入ったような神秘的な場所であった。

 そんな自然の心地よさを感じる場所に、明らかに手を加えられた薔薇が咲いていた。その周辺には雑草は生えておらず、花壇の土も、地面の物とは若干違っていた。何というか、綺麗なのだ。


(……あの時の香りを辿れば良いのか)


 アイナの手からした匂いは、地面の土ではなく花壇の土だ。同時に、ピンク色の薔薇の香りと、アイナ自身の森の香りも良く覚えている。


(そうとわかれば突き進むまで! ふふーん。猫の嗅覚なめないでよね!)


 目を瞑り、鼻だけでなく口からも空気をゆっくり吸い込んでいく。すれば風に乗って運ばれて来たであろう求めていた香りが、サザンクロスの鼻腔を擽った。


(お、あっちか!!)


 風の吹く方へ暫く走れば、塀越しに香りが強まった。壁一枚分向こうに、求める人がいるのを確信させる。

 見付けた喜びに舞い上がるサザンクロスだが、一つだけ問題があった。


(ど、どーやって向こうに行きましょ……?)


 何処か入れそうな場所を探すも、抜け穴もなければ登れそうな木も生えていない。ただただ背の高い塀が続いているだけであった。

 さてどうしましょう……と頭を抱えた瞬間、サザンクロスはある事に気が付いた。


(アタシ、猫じゃん……)


 ハッ として、塀を見上げる。

 野良時代、仲間が目の前の塀と同じ高さの塀の上で寛いでいた事があった。

 あの時「どっから上ったの?」と聞いたら怪訝な顔をされた。「何言ってんだ?」と言いたげだったその顔は、もしかしたら、普通に飛び乗っただけだったからなのかも知れない。


(途中で壁を蹴れば上まで行けるかも……)


 ゴクリ と、息を飲む。

 今この場において、頼れるのは自身の脚力しかない。

 けれど不思議な事に、一度『行ける』と確信すれば、失敗よりも成功するイメージしか湧かなかった。


(大丈夫! 私の足は、たまにしつこいクロードたちの顔を押し返す力があるんだから!)


 脚に力を入れて、地面を思いっ切り蹴る。天辺までは届かないので、途中で駆け上がるようにして壁を蹴れば、あっという間に塀の上へとあがってしまった。


(うそ……! 乗っちゃったよアタシ!! なーんだやれば出来るじゃん! 何で出来ないって思ってたんだろ!)


 不可能を可能にした喜びに気分も上々だったサザンクロスだが、調子にのり過ぎて足を踏み外し、そのまま邸の敷地内に転がり落ちた。



読んで下さりありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ