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白猫・サザンクロスのゴロゴロな日々  作者: 紅葉
第一章 繋ぐ手紙と浄化の聖女
5/12

04-2.魔導師と宰相2

※04-1の続きです。

今回はグラシアの過去話オンリーです。


*一週間に一回のゆっくりペースでアップする予定です。

 シュレイバー夫妻の娘・ティエラは、キラキラとした光に包まれながら産まれてきた。

 産声を上げた後、本人は気持ち良さそうにすやすやと眠りに就いていたが、周囲はそうはいかない。動揺と混乱と、そして歓喜にと大忙しである。

 一般的な誕生より慌ただしくなるのも無理はない。この世界において、光輝いて生まれて来るのは聖なる者である事の証明なのだから。冷静沈着なグラシアも、また度胸のあるフィオナも、まさか我が子が聖なる者――聖女だとは思わず、流石に動揺したものだった。


 色んな種族が生きるこの世界には、聖者や聖女といった者が存在している。


 修行を積んだり、周囲に認められる功績や実力があれば就ける地位ではあるが、歴史に名を残すほど力のある者は、誕生の瞬間は全身輝きを発しており、能力も珍しいものが多かった。

 この世界で一般的な能力は、自然の力である『火』や『水』、『風』や『雷』といったものが多い。しかし今活躍している各地の聖なる者は『防壁』に『先読み』、『真実の鏡』に『業火』と、特殊な能力を所持している。歴代の聖なる者たちも、聞き慣れない不思議な力を所持していた。

 そして生まれてきたティエラも特殊能力を持っていた。その力は、『浄化』だった。

 彼女は『浄化』の力をその身に宿し、この世に誕生してから早々にその力を発揮した。

 まず雇っていた女中の盗みが発覚した。しかも自首という罪の告白によって……。


『御嬢様がお産まれになってからというもの、盗みに対し罪の意識が強くなり、これ以上隠し通す事は精神的に不可能に思いました』


 何故打ち明けようと思ったのか、という、グラシアの問いに答えた女中の言葉だった。

 問題の女中は、罪を償うために強制労働施設へと送られたが、その姿勢は真っ直ぐで、嫌がる事もなければ日々真剣に取り組んでいるという。

 そんな変化は女中だけでなかった。

 女中の件だけでなく、執事や親族の不正までも浮き彫りになり、自ら処罰を求めにきた。女中と同じ事を口にして……。

 罪人を改心させたティエラの力は、人間だけでなく自然にも効果を発揮した。

 まず王都の邸中心に空気が澄む様になった。次いで庭に植えられる植物の成長と質が上がり、調べれば汚れている土が綺麗になっている事が判明した。

 試しに濁った水をティエラに触れさせれば、その瞬間、水は透明度を上げて飲めるまでの質に変わった。ティエラの浄化の力が本物である事を証明した出来事である。

 そんな娘が日々成長していくのを、グラシアとフィオナは温かく見守り、同時に危険なものから遠ざける様に力を尽くしていた。

 ちょうどその頃、娘とともに成長するように、マクロテューミアとの流通も深まり発展していった。

 海があるシュレイバー領は、やがてマクロテューミアの他にも竜人国──ディナトティタとの貿易や流通が行われることとなった。それに伴い領地内の法も改定され、他国との関わりが深くなっても、犯罪も増えず安定した地となった。領主の妻が獣人だったのも、他国からすれば好印象だった。

 困難はあれど毎日が光輝いていた。グラシアの中で、人生で一番輝いていた時代でもある。

 そんな順風満帆なシュレイバー家に、不穏の影は音もなく忍び寄る……否、ティエラが生まれた時から、その兆しは感じていた。

 貿易や流通によって国への納税額が増えた事もあり、功績を認められたグラシアの爵位が伯から侯に上がった。貴族であれば喜ばしい事であるものの、日々平穏に生きたいグラシアには不穏の種でしかない。なによりグラシアの父方であるハミルトン侯爵と同格になってしまった。脅威として扱われたらたまったものではない。


(厄介な事にならなければ良いが……)


 従兄弟でありハミルトン侯爵を継いだマルコムは、幼い頃から変わらぬ態度で接してくれているが、親族全てがマルコムの様に友好的である訳ではない。


(しかし……本当に侯爵位に上がるまでの功績だったのか?)


 他国との架け橋になり 納税額が上がったのは確かだが、爵位が上がるにしてはまだ足りない。何せ国と一領地との流通でしかないのだ。これから国同士の繋がりに発展したとしても、現段階で爵位が上がるのはまだ早いという気がしていた。

 それに、男爵から伯爵に上がるのと、伯爵から侯爵に上がるのとでは大きく違うのだ。侯爵になるには国の重要人物との関わりがないと難しい。


(一貴族としての関わりしかなかったんだけどなぁ……)


 公爵家との繋がりは少なからずあれど、王家との繋がりをグラシアは持っていなかった。だからこそ大胆な領地改革を行って来たのだが、その不可解な陞爵が妙に気味が悪かった。


 しかしその理由は直ぐに知る事となる。


『お前を宰相に任命する』


 呼び出しに応じて登城したグラシアに国王が放ったのは、辞令……宰相の命だった。


「……恐れながらに申し上げます。私は前宰相との関わりもなければ次期宰相候補としてサロンに参加した事もございません」


 言い知れぬ嫌な感じの正体はこれだったかと、内心舌打ちをしながらやんわりと断った。王の命に背く事になるが、出世を望んでいないグラシアにとって、宰相の職はただの火種でしかない。


「知っている」

「では、何故でございましょう?」

「お前は領地改革の一環で法改正を行ったな。現国法の他国との不平等な法ではなく、対等の処罰を行う考えに興味を持った」

「法に平等を求めるのは珍しい事ではございません」

「だが今の国・各領地の法はどうだ? お前のところの様に自国の人間であれど容赦はしないという者は何処にもおらんぞ?」


 そんなところに目をつけたのかと思わずにはいられない。

 歴代の王は愛国心を履き違えて、罰則に関して甘い部分があった。それは初代国王たちの契約の大半が、人間という種族を守るものであったのに甘えている、この国の愚かな部分であった。

 しかし、どうやら目の前の新たな王は違う様で、納税額以外に興味を持たれるとは思いもしなかった。


「それに……君に似て夫人もなかなかやり手のようだしな。裏の仕事を任せられる者を宰相にしたかったんだ」


 今の宰相候補は甘ったるいのしかいなくてな、という言葉は、グラシアの耳には入らなかった。

 前宰相は次期宰相を選ぶ前に床に臥せり、周囲が混乱する中引退してしまった。急な引退だったが、激務の末に身体を壊したのであればそれも致し方ない。

 しかしそのせいで、宰相候補として前宰相の下で学んでいた者たちは、皆目を血走らせながらその地位を求め、争っていた。

 勿論自身の領地発展に力を注いでいたグラシアは、そんな血生臭い争いとは全くの無関係であったのに、ここに来て唐突にその争いに巻き込まれた事となる。

 本当に勝手な事をしてくれると、口に出来ない恨みが沸々と生まれた。

 王の命でグラシアが正式に宰相に決まると、争いはピタリと止んだ。王命であるから抗議も何も出来ないのだ。決まってしまった以上、争う事も無意味になる。

 それら全ても国王の目論見だとすれば聞こえは良いが、状況は全てグラシアに押し付けたに近い。その証拠に、宰相候補たちの恨みは全てグラシア向かった。

 孤立したシュレイバーは、領地同士の関係も悪化した。その改善に追われながら宰相の責務も果たさなければならず、当時のグラシアは手一杯だった。

 好きこのんで背負った宰相の地位ではない。出来る事なら他の者に譲ってしまいたかったが、王命がそれを許す事はない。

 そんな数々の敵意に晒されるグラシアを支えたのは、他でもない妻のフィオナや娘のティエラの存在だった。

 フィオナはグラシアの代わりに、裏の仕事だけでなく、領地代行を全面的に担った。


『貴方のピンチは私が救うわ』


 不敵に微笑んでいた妻の顔を、グラシアは生涯忘れない。


 娘を育てながらもフィオナは領地を切り盛りし、先代シュレイバー夫婦──グラシアの父母や領民、夫人仲間の手も借りて、シュレイバー領は安定を取り戻した。フィオナの働く姿は領地に住む女性の憧れにもなり、街の活気は以前より高まった。

 結果として、嫌がらせはマイナスよりもプラスの方に動く結果となった。しかもたったの一年間で、である。


『あまり目立つ事はしないでくれよ』

『大丈夫。私はそんなに柔じゃありませんわよ?』


 そう話した日の事を、グラシアは今でも後悔している。

 領地代行を任せる時に、もっとしっかり話しておけば良かったと、当時から十五年経った今も尚、あの時の自分を責めていた。


 気配だけであった絶望は、ある日その姿を露にさせた。

 愛娘が一才の誕生日を迎えてから暫くして、グラシアは一週間程帰れない日々を送っていた。

 早く帰りたいが帰れない……そんなもどかしい思いを抱いていたグラシアに届いた報せは、彼を奈落の底に突き落とした。

 

 何者かの手によって、グラシアの最愛であるフィオナ・シュレイバーが殺害された。


 遺体となって発見されたのは、シュレイバー邸の庭の一角。そこは抜いた雑草を溜めておく場所であった。

 そんな場所で、隠す気もないような、中途半端に埋められた状態でフィオナは見つかった。


 数日の領地視察へと向かった筈の彼女が一向に戻らないのに加え、領地の邸にも到着していないという連絡を受けた新たな執事は、邸の者一同で女主人を捜した。その末に、ひっそりとしたその場所で見つけたのだという。


 冷たくなった彼女の胸には、錆びたナイフが深く突き刺さっていた。


読んで下さりありがとうございます!


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