表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白猫・サザンクロスのゴロゴロな日々  作者: 紅葉
第一章 繋ぐ手紙と浄化の聖女
4/12

04-1.魔導師と宰相

魔導師シリウスと新たな人物視点です。

※大体一週間に一回のペースでアップしたいと思います。

 足元に茂る草を踏む度に、サクッ サクッ と、耳に心地よい音が生まれる。

 少し強い夜風は身に纏うローブを靡かせ、シリウスが被っているフードを悪戯に取り払おうとしている。

 しかしシリウスはそんな事も気にも留めず、ぽっかりと浮かんだ満月を見上げて、青緑色のヘーゼルの目を細めた。


「……月が綺麗だ」


 金色に輝くまん丸な月を見上げながら、うっとりとした声音で呟く。その拍子に、被っていたフードがパサリと落ちて、一つに結んでいる少し癖のある黒髪がサラリと揺れた。

 風に揺れる木々の隙間から覗く月に見惚れているが、純粋に月の美しさに心酔している訳ではない。

 彼の頭にあるのは、満月にも似た金色の瞳を持つ白猫の姿……。シリウスの原動力であり生きる全てである彼女の存在は、彼の心を癒し、高揚させる。そんな彼女──サザンクロスを想って、シリウスは頬を緩ませていた。


「可愛かったけど、俺にとっての収穫はなし、か……」


 友人、というより悪友と認識ているクロードの邸で夕食をご馳走になりつつ、愛しい“人”に何とはなしに色々と話を聞いてみたものの、シリウスにとって重要なものは何一つとして得られず、真っ白な毛玉を愛でて来ただけであった。


(まぁ、“彼”にとって有益な情報は手に入ったけど)


 これから会う男を想像して、シリウスはげんなりとしながら頭を軽く振った。

 脳内に浮かんだ男の作り物の笑顔に、どうにも慣れることが出来ずにいる。彼がシリウスにとって今後親戚になる相手というも拍車をかけている。


(『君に言われたくないよ?』って言われそうだけど……比べられないほど場数を踏んだ相手に言われてもな)


 男の返しが容易に想像出来てしまう。少し長く付き合い過ぎたと思わなくもないが、将来の事を考えると関わらない事も出来ない。むしろ避ける事は不可能だ。


(まぁ、味方限定で頼りになる人なのは確かだけど)


 落ちたフードを再び被って、シリウスは黒々とした木々の間を進んで行った。

 悪友と“今は預けている”愛しい白猫と別れたシリウスが今いるのは、普段の持ち場である魔導師団の棟ではなく、同じ王宮の敷地内にある深い森。

 仕事中にクロードに呼び出されたシリウスは、本来であればそのまま仕事に戻るものを、持ち場である魔導師団の自室には戻らず、森にポツンと存在する、真っ白で小ぢんまりとした建物に訪れていた。

 深い森の色に馴染む事のない、窓も小さく少ないそれは森の中では異質で、妙に不気味だ。


(弱者と声高らかに訴えている割にはエグい事は平然とするのか……)


 人間の国というだけあり、シリウスたちが生きる世界には、人間以外に竜人や獣人、エルフといった様々な人種が存在している。

 その中でも、人間は知恵はあるものの全体的に外の人種より弱く、もし戦争など起きれば真っ先に滅びると言われていた。人間自身も自分たちを弱者と言っている。何故か胸を張っているように見えるのは気のせいだろうか……。

 そんな弱者だと訴える者が、尋問という名の拷問や人体実験といった悪趣味な施設を作り活用している事に、獣人の国・マクロテューミア出身のシリウスはなんとも滑稽に思えた。

 どの国にもそういう施設は存在するが、力の弱さを強調している国が何を言っているのかと鼻で笑う。

 そして同時に、落ち合う場所をここに指定した男に溜め息を吐いた。何せ虫も殺せなさそうな顔をしながら指定してきたのだ。溜め息の一つぐらい吐きたくなる。


(拷問施設に呼ぶぐらいだから、何かあるんでしょうが……)


 シリウスは重厚な扉を開けて中に入ると、地下に向かう階段を下りて行った。

 カツン カツン と、靴音を響かせながら下り切り、ランプが灯る廊下の先を真っ直ぐ見据える。

 ランプが灯っているのは既に相手が待っているという事。

 シリウスはフードを取って頭を掻くと、ふぅ~ と一つ、息を吐いた。

 本当は幸せな気分のまま仕事に戻りたかったが、シリウスがこれから会う男と結んだ契約上、そういう訳にもいかなかった。自分も無関係でないので余計にだ。


(愛しい人のためだと思えば……か)


 気を取り直して、シリウスは少し進んだ場所にある、所々錆び付いた小さな扉を押し開けた。


「……お待たせしてしまいましたね、シュレイバー宰相」


石造りの室内に、シリウスの申し訳なさそうな声が響く。ギィ と耳を塞ぎたくなるように軋むドアを閉めれば、ランプの明かりが魔法で一つ、二つと灯った。

 若干明るくなった部屋には、鎖に針、鞭や棘のある拘束具と、数々の拷問具が置かれている。

 今回のターゲットか。部屋の隅には黒い袋に入った人間が横たわっていた。気を失っているのか、今はピクリとも動かず大人しい。

 この後地獄が待っている部屋の奥に、人間の国・アルモニア王国の宰相──グラシア・シュレイバーが、古びた木製の椅子に座って、やって来たシリウスに穏やかな笑みを浮かべていた。


「いや、さっき来たところだよ。君も遅くまでご苦労だねぇ」


 そう言うと、懐から何かを取り出して、シリウスに向かって放り投げた。

 受け取ったシリウスの手には、紙に包まれた二種類のマドレーヌ。バターとチョコレートの甘い香りが、室内の異臭を瞬間的に忘れさせてくれる。


「ありがとうございます。頂きます」


 そう礼を述べるシリウスだが、人畜無害な笑みを浮かべるグラシアに思わず苦笑した。

 菓子作りが趣味だったグラシアの妻、フィオナ・シュレイバーから受け継いだ様に己も作るようになったグラシアだが、そんな温厚なだけの人物ではない。その証拠に、菓子を放った反対の手では、錆び付いたナイフを弄って遊んでいた。

 その掌は固くなった豆の跡だらけだろう。ナイフで遊ぶ手付きは俊敏で太刀筋も良く、長年手にしてきたのを物語っている。


「研がなくて良いのですか」


 その方がスパッと殺れますよ、と進言すれば、グラシアは「だからこっちの方が良いんだよ」と、ナイフの刃を見つめながら肩を揺らして笑った。

 普通なら、ここは「物騒な」と呆れるところなのだろう。しかしこの場所には同じ意志を持つ者しかおらず、たとえ立場が逆であろうとも、まともな思考でもの申す事はない。


「切れない刃の方がね、切れた時に痛いんだよ。刺す場合でも力が必要になるしね。これだけ錆びてると、馬乗りになって体重をかけて刺さないと駄目だねぇ。フィオナ……妻も、苦しかっただろうに」


 今は亡き夫人の名を口にしたグラシアは笑みを消した。表情からは喜楽の感情の全てが削ぎ落とされた。睫毛の影に見えるグリーンの瞳には、十五年間燃え続ける憤怒の炎が揺らめいている。

 落ち着いたのか、やっとナイフを仕舞い始めたグラシアを眺めながら、シリウスは宰相に復讐の炎を点した犯人に合掌した。きっと今頃ビクビクと怯えて過ごしているのだろう。自業自得なので同情も理解もしていないが……。


(宰相の気持ちはわかるからね……犯人には痛い思いをしてもらうよ)


 きっと近くで生きているのであろう犯人に、シリウスも胸中で呪った。



*****



 十九年前、人間の国・アルモニア王国の宰相──グラシア・シュレイバーの下に、獣人の国・マクロテューミアから猫の獣人が嫁いで来た。


 彼女の名は、フィオナ・スターリン

 獣人の国の伯爵であるスターリン家の長女で、父は獣人、母は人間という、灰色の髪に青色の瞳を持つ半獣だ。

 趣味は菓子作りに特技は密偵という、グラシアにとって色んな意味で新鮮な女性であった。


 二人が出会ったのは、当時まだ一貴族という地位しかなかったグラシアが、マクロテューミアに特産品の買い付けに行った時の事。

 領地経営に勤しんでいたグラシアは、この頃は己の領地の特産品と各国の商品の流通に着目していた。

 出会ったこの日も、彼は領地のために商品を求め獣人の国に訪れていた。対するフィオナは普通に買い物である。

 そんな市場に偶然居合わせた二人だったが、その反応もまちまちだった。

 先にグラシアを目に留めたフィオナは、青色の瞳に彼を写した瞬間『私の運命の人だわ!!』と歓喜の声を上げ、従者が止める間もなく商店で品物を見定めていたグラシアに突撃しに行ったのだ。

 対するグラシアは淑女の皮を被るフィオナに驚きつつ、『可愛いけど、これは関わったら面倒なパターンだ』と一定の距離を置いていた。

 グラシアに一目惚れしたフィオナは彼の考えを知りつつ、自分のペースを崩さずに接し続けた。それはグラシアの滞在期間中続いたという。

 しかし帰国日に続きその後もフィオナは大人しく、連絡先を聞いてきたにも関わらず何の音沙汰もなかった。

 毎日の様に引っ付いて来ていたのに、急にいなくなった事に次第に居心地の悪さを覚え始める。


(……今頃、何をしているのやら)


 ふとした時にフィオナの事を想う様になった彼の下に、突如としてフィオナが訪れた時にグラシア

は白旗を揚げた。彼はまんまとフィオナの罠に嵌まり、のめり込んでしまっていた。


『これから宜しくお願い致しますわ、旦那様っ』

『君のお菓子が食べられるなら大歓迎だよ』


 滞在期間中、フィオナはグラシアの胃袋もちゃっかり掴んでいた。その時点で逃げ道は塞がれていたのだった。

 そうして押し掛け女房となったフィオナと結婚したグラシアは、その三年後……今から十六年前、フィオナとの間に女児を授かる。


 娘の名は、ティエラ

 グラシアに似た栗色の髪にグリーンの瞳を持つ、フィオナに似てマイペースな女の子である。



読んで下さりありがとうございます。


*ちょっと小話*

※グラシア・シュレイバー →ちょっと癖のある栗色の髪にグリーンの瞳を持つ、人間の国『アルモニア』の宰相。もともとそんな地位は眼中になく、ただただ自分の領地をよくしようと奮闘していた一貴族だったのに、国王に気に入られてしまったため平穏な生活が出来なくなった不憫な人。亡き妻・フィオナが好きだった菓子作りは彼女が亡くなってから始めた。シリウスとは今は同士の状態。


※フィオナ・スターリン →灰色の髪に青色の瞳を持つ猫の半獣人。獣人の国『マクロテューミア』でグラシアに一目惚れして押しかけ女房となる。獣人の特徴で貴族云々はさほど気にしていない。スターリン家は暗部の家系な事もあり、影で動く仕事はお手の物。そんな血生臭い特技に反して、趣味はお菓子作りで、グラシアの胃袋をがっつり掴んだ。父が獣人、母が人間で、実は両親もフィオナとグラシアの様な出会いで結婚したので周囲から反対の声は少なかった。


※人間国『アルモニア王国』 →人間が住む国。力が弱いため他国との契約により侵略をされないようになっている。力も魔力量も少ないが知恵は豊かで、人間国が生み出す魔道具は他国でも使用されている。そのため他国からの種族が多く訪れているが、契約の一つである『人間を害さないために他種族は人間と同等の存在になる』という契約で入国した瞬間ほぼ人間となってしまうため、街を歩いても人間しかいないように見えている。


※獣人国『マクロテューミア』 →獣人が住むシリウスの出身国。人間より力があり、聖獣、もしくは超獣化する事が出来る。普段は人間の姿に獣の耳や尾、翼がついたりしているが、それらを隠す事も可能。魔力も豊富だが力があるため生活の面で活用する以上の必要性を感じていない。そのため魔法を学びたい者は他国(魔法そのものならエルフの国、魔道具なら人間の国)に留学する事が多い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ