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白猫・サザンクロスのゴロゴロな日々  作者: 紅葉
第一章 繋ぐ手紙と浄化の聖女
2/12

02.サザンクロスと少女

(わぁ……)


 瞬きも忘れ、サザンクロスは目の前のグリーンの瞳を見つめた。

 急に現れた瞬間は何事かと驚いたが、見つめて来る瞳に思考が奪われ、身動き出来ずにただただ見つめ返す。


(めっちゃキレイ)


 自分を見つめて来るグリーンの瞳に、数秒前までの危機を忘れ、サザンクロスは感嘆した。

 主であるクロードの瞳は、夜空が白み始めた頃の深い青色だ。クロードの瞳も落ち着く綺麗な色だとサザンクロスは思っていたが、目の前の女の瞳も、クロードとは違う魅力を持っていた。

 猫仲間にはグリーンの瞳の者が多い。だがこんなにも淀みのないキラキラと輝く瞳を見掛けるのは、猫でも人間でも初めてであった。

 人間の基準など、猫のサザンクロスにはわからない。けれど、大きく柔らかな目付きも可愛らしいと、彼女には思えた。


「猫ちゃん……怪我、してる?」


 心配の色を含む声の後に、茨の中に、徐に手が差し込まれた。

 瞳にばかりに気を取られていたサザンクロスは、急に伸ばされた手に全身の毛を逆立てる。


(うわ!! なに!?)


 シャーッ! と声を上げると同時に、その手を思いっきり引っ掻いた。引っ掻いてしまった。

 瞬時に引っ込まれた白魚の手に溢れた鮮血を見て、混乱していた感情が落ち着くとともに、己の過ちに血の気が引く。


(…………あ)


 目を見開いて唖然とした女の表情に、サザンクロスは再び落ち込んだ。


(や……やっちゃった)


 そんなつもりはなかった。ただ驚いただけで、引っ掻いてやろうと悪意を持って手を上げた訳ではなかった。


(助けてくれたのに)


 猫だって受けた恩は感じる。勿論、やらかしてしまった後悔も。

 色んな思いが入り混じる罪悪感が、浸水してくる水の様に胸を占める。


(どうしよ……)


 困り果てて、耳と尾を垂れ下げながら、「ニ~……」と鳴く。何をどうしようとしても、怪我をさせてしまった事実は覆らない。

 どうしたら良いのかわからず、そのまま数秒見つめ合っていた二人だったが、先に動いたのは人間の女だった。


「……ふふ、かわいいっ」


(……は?)


 耳に飛び込んで来た言葉に、サザンクロスは首を傾げた。

 聞き間違いだろうか……いや、絶対そうだ。

 飛んで来た女の言葉にそう納得したサザンクロスだったが、そんな解釈も、つぎの瞬間に粉々にされるのであった。


「可愛いね、猫ちゃん。小さくて、ふわふわしてて!」


 引っ掻かれた手など気にも留めず、心底愛しいといった笑みを浮かべてる女に、サザンクロスは今度こそ溢れた感情ををぶちまけた。


(いやおかしいでしょ!? アンタ、アタシに引っ掻かれたんだよ!? 怒るなり泣くなりするならまだしも……か、かかっ……可愛いって!!)


 女の突拍子もない誉め殺しに思わず突っ込みをかましてしまう。

 サザンクロスがした事と言えば、助けてくれた相手に対して、ビビって思わず引っ掻いただけだ。それを可愛いと言われれば、嬉しいよりも「こいつ何言ってんだ?」と、驚愕に圧倒されてしまう。


「ごめんね、ビックリしたよね?」


 ホントだよ! という言葉は飲み込んだ。引っ掻かれても可愛いと言ってくる人間は初めてであった。

 相手のペースに乱されて騒ぐサザンクロスを他所に、女はにっこりと微笑むと、少し距離を取って、傷付いた手を彼女にかざした。


「じゃあ……そのまま! そのままでいてね?」

(今度はなに!?)


 女の予測不可能な行動に、サザンクロスは困惑する。

 そよそよと風が吹き、薄汚れた栗色の髪が靡いて頬を撫でても、グリーンの瞳を瞼の裏に隠した女は微動だにしない。


(あ……こ、これ)


 女をじっと見ていたサザンクロスだったが、以前身に起きた事件を思い出して、思わず身を丸めて耳を下げ、尻尾をクルリと丸め込んだ。


(もしかして魔法撃とうとしてる!?)


 女の不可解な行動に、彼女は知っている限りの知識をかき集めて予想を立てた。

 この世界には魔法が存在する。己の命と密接した力を魔力と言い、その力を持ってる者は多かれ少なかれ魔法を扱える。

 火のない場所に火を熾し、水のない場所に水を生み、風のない場所で風を巻き起こす。そんな魔法は生活面では勿論、戦いの場面でもその力を重宝していた。

 そして魔法は人間だけでなく、モンスターや精霊以外でも使えるものが存在する。それは植物だったりサザンクロスのような猫や犬といった獣だったりするが、魔力を扱えるものであれば誰でも使うことが出来た。

 そういった者たちは魔術師や精霊使い等と契約を結んで主を得て己の身を守ったりするのだが、中には自由気ままに単独で居続け、時に悪戯を繰り返したりしている。


(あん時とメッチャ似てるし~)


 サザンクロスはそんな悪戯の被害に遭った一匹だった。

 脳裏に浮かぶのは『ねぇ』と声をかけてきた一見何処にでもいそうな普通の犬が、突如として水をかけて来たとある日に起きた事件。

 サザンクロスは水は苦手ではないが、それでも急にぶっかけられたら堪ったもんではない。

 その時の犬と目の前の女が妙に被って見えて、逃げ場なく攻撃される恐怖に、彼女は今度こそ最期を悟った。


(アンタさっきアタシのこと可愛いって言ったばっかりじゃんかぁ~!!)


 裏切り者~! と、叫んだのと同時に、女の手から、眩い光が溢れだした。

 可愛い顔をしてなんて事をするんだと、言葉が通じたら訴えてやりたい。

 しかしそんな事を思っている間にも、女の手から溢れる光は穏やかなうねりを生み、少しずつサザンクロスに向かって伸びてくる。


(いやぁぁぁぁ!!……って、え?)


 慌ててどうにか逃げ出そうとしたものの、そのうねる光の渦の遅すぎる速度に、サザンクロスは唖然と目を瞬かせた。

 

(え……えぇ? なんか、思ってたのと違う?)


 思っていた威力もない、冷たくも痛そうでもない光のうねりと、真剣な面持ちで魔法を発動させている女を交互に見る。

 恐怖はあるもののどうも切羽詰まった状況には思えない。


(だけど……でもこれ、ホントーに大丈夫なの?)


 信じても良いのか。思い切って飛び出して逃げた方が良いのか……既にいっぱいいっぱいになっているサザンクロスには判断しかねた。


(う、うううううっ!!……もうやけくそだぁ!!)


 意を決して目を強く瞑り、サザンクロスはその場に留まった。身体はブルブルと震えているが気付かない振りをする。


 人間に殺されそうになった。実際野良猫仲間は命を落とした。けれど同じくらい人間に救われた事も、サザンクロスは覚えている。クロードがその良い例だ。

 主である空ロードと同じように、変な魔法を繰り出す女は、今しがた自分を助けてくれた。なら今度は信じてみても良いのではないかと、不思議とそう思えた──が、恐いものは恐いのだ。


(死んだら化けて出てやるんだからなぁー!!)


 身を固くして、その瞬間を受け入れる。

 到達した光は、ゆっくりとサザンクロスを包み込んでいった。


「……大丈夫よ、猫ちゃん」


 緊張のあまりどのぐらいの時間が経ったのかわからないが、耳に届いた女の柔らかい声音に、サザンクロスはうっすらと瞼を上げた。


「もうちょっとだから、頑張ってね」


(……あ)


 額にうっすらと汗をかく女の顔と、今も耳に残る「頑張れ」という言葉に、辛くも大切な記憶が蘇る。


(アンタ……クロードと同じなんだ)


 主であるクロードがどんな表情をして言っていたのかは覚えていない。しかし何度も聞こえた「頑張れ」の言葉の優しさと力強さは、今でもしっかり覚えている。

 女が言った「頑張ってね」の言葉は、当時何度も聞いたクロードのものととても似ていた。


(クロードと同じで、本気で助けてくれてるんだ……)


 落ち着いたら、色々な事が見え始めた。

 女は未だに自身の手当てをせず、引っ掻いて来た相手を助けようとしている。

 身体を包み込んだ光は温かく、一番痛みを訴えていた背中に、じんわりとした熱が集中していた。


(ごめん……疑って)


 引いていく痛みと軽くなっていく身体を感じながら、謝罪を込めて「ニャア」と鳴いた。

 この短い期間で、大分人間を信用しなくなっていた事を自覚する。

 それが悪い事だとは思わない。現に信じられなくなるには充分な出来事を経験している。だが助けようとしてくれている相手を、頭ごなしに否定するつもりもなかった。


(……ちょっと、アンタッ)


 意を決して、彼女は女に向かって近付き始めた。背中の痛みは既にない。

 サザンクロスは義理堅い猫である。同じ猫の仲間が餌を貰っても食い逃げの如く逃げて行く中で、彼女だけは「ありがとう」と礼を言っていた。

 猫が人間に対してできる事は少ない。しかし、いつかクロードにも何かを返せたら……と思っているぐらいに、彼女は恩を返そうとする風変わりな猫であった。


(何にも返さないのは性に合わないんだよねぇ)


 花壇から抜け出して、魔法を止めた女の足元にすり寄る。

 相手はクロードと似ている。ならきっと、これからする事も気に入るだろうと、サザンクロスには確信していた。尚、その自信はどこから来るのかは不明である。


「猫ちゃん?」


 見上げた先にある女は、不思議そうに小首を傾げている。

 そんな女の顔を見つめながら、サザンクロスはその場で横になり、ゴロン、と腹を見せた。


(アンタ、絶対これ好きでしょ)


 クロードは、人前では澄ましているのに、二人きりになるとデレデレとして、腹に顔を埋めて来る。

 だからクロードに似ているこの女も好きだろうと考えて、サザンクロスはゴロゴロと喉を鳴らして、触れても良いよと暗に告げた。


「い、良いの?」


 どうやら意味が通じたらしい。

 案の定、女はグリーンの瞳を輝かせながら、光を発していた手を震わせている。


(お礼だよ、お礼)

「猫ちゃん!!」


 感動の声を上げて、腹に触れる女に息を吐く。

 これで満足してくれるなら、お安いご用だった。


「私、アイナ。宜しくね、猫ちゃん!」


 この出会いが今後大きく運命を動かすなど、二人は知る由もなかった。

読んで下さりありがとうございます。



*ちょっと小話*

・アイナ→栗色の髪にグリーンの瞳を持つ人間の少女。カラスが大騒ぎしているのに気が付いてサザンクロスを助けた。今のところ回復魔法しか使えない。サザンクロスが逃げ込んだ花壇の薔薇はアイナが育てている。外で仕事をしているので髪も傷みがち。サザンクロス同様今後色々判明する。

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