決戦
街の外れにある屋敷の外は騒然としていた。まだ金属がぶつかり合う音が聞こえ、怒声が響いている。
「外がこれだけ騒々しいのに中が大人しすぎますね」
ケイン隊長の言葉にウィルヘムは頷く。
厚いカーテンの隙間から明かりが漏れている窓。誰かが外の様子を覗いていても可笑しくないのにどの窓もカーテンが全く揺れていない。主催側の者たちもいるはずなのに。
「ケイン隊長! 外にいた者たちは大方捕らえました」
その報告にウィルヘムとケイン隊長は屋敷の玄関に向かった。
縄で捕らえられている者たちを見て、ウィルヘムはギョッと目を見張った。
「何故、お前たちが…」
縄で体の自由を奪われた者たちは、王宮に仕える兵たちであった。主に王后や聖女の警護をしている者たちだ。
「嫁や子供を盾に取られたんでしょ。
贄にしたくなければ従え、と」
ビクリと体を震わせて、一人の兵が叫んだ。
「陛下が、陛下が、王后様が生きておられることを望まれたから」
ウィルヘムは鳩尾が冷たくなるのを感じた。
私が母上の生を望んだから? いや、あれはアイリンの奇跡だ。母上は関係ない、関係ないんだ!
「自分の家族が無事ならいいか…。他人の家族はどうなってもいいと…」
ケイン隊長の言葉がウィルヘムの胸に刺さる。
母上が生きられるなら? いや、私は人の命を奪ってまで母上に生きて欲しいとは思っていない。
「ケイン隊長! 裏口から侵入されました」
その声にウィルヘムたちは、屋敷の中に急いだ。
立ち塞がる者たちを問答無用で切り捨てていく。が、ほとんどの者はウィルヘムの姿を見るとホッとした表情になり剣を下ろしていた。
屋敷の大広間では沢山の人が倒れていた。全員若い娘だ。
近くにいた娘に触れるとまだ息をしている。間に合ったようだ。
「眠っているだけだ。手の空いている者は早く外に運び出せ!」
ケイン隊長の声に兵士たちが動く。
ウィルヘムたちは、娘たちを踏まないように避けながら、奥の扉から入ってきた者たちの元へと急いだ。
その者たちは、神殿の中に入って行った者たちと同じ黒のローブを着ていた。
その姿にウィルヘムは胸が苦しくなる。
黒のローブを着た者の一人が近くに倒れている娘に触れていた。
娘の白い肌はみるみるうちに細く茶色になっていく。
「止めろ!」
ウィルヘムは叫んだ。ただ触れただけで、そんなことが起こるはずがない。このローブの者が娘の生気を吸い取ったのだ。決して許されることではない!
「…、ウィルヘム?」
聞きたくない声だった。
ウィルヘムは嘘だと頭を振った。
「何故、私の生を望んだの?」
ローブの者は深く被ったフードを脱いだ。
そこには、青白い顔を苦痛に歪ませたウィルヘムの母、王后の姿があった。
「王后様、あと百二十五人ですわ」
同じようにフードを脱いだ聖女アイリンが違う娘を指差す。
その足元にはブカブカのドレスを着た茶色く細くなった娘が転がっていた。
「いや、もうやめて。たいせつな、たみ、いのち、うばう、いや、やりたく、ない」
そう言いながらも王后の体は新しい娘に手を伸ばしていく。
「止めろ。王后様が嫌がってる」
茫然と王后を見ているウィルヘムの横にいたはずのケイン隊長がアイリンの喉元に剣を突き立てていた。
「何故、止めなければいけませんの? 王后様が生きておられることを陛下はお望みですわ。陛下のお望みを叶えようとしているだけですわ」
コテンと首を傾げて、アイリンは不思議そうにしている。けっして間違ったことはしていない、と。
「わ、私は民の命を奪ってまで母上に生き延びてほしいなどと思っておらぬ」
「おかしいですわ。私は最初に聞きましたわ」
『どんな結果になろうとも王后様の生を望まれますか?』
ウィルヘムはたしかに『是』と答えた。だが、誰かの命を犠牲にするとは思っていなかった。
「ですから、禁忌に手を染めましたのに」
喉元に剣を突き付けられていても、アイリンは平然と笑う。
「心配なさらずとも体が安定いたしましたら、贄の数は少なくなりますわ。選り好みはされるかもしれませんが」
そして、こともなげに恐ろしいことを口にする。
「百日、今夜が終わりましたら、贄も一年に十人ほどですみますわ」
ウィルヘムは揺れた。
今回だけ我慢したら…、母上は…。
「一人でも何人でも関係ねぇ。犠牲者は出るんだ。それに王后様も苦しんでいる」
ウィルヘムはハッとした。
イヤだ、と言っている母の意思を無視していいのか。
「それも直に無くなりますわ。それに王后様が欲しかった健康な体になるのですもの」
「擬物だろうが! それに犠牲になった者たちにも生きていて欲しかったと望む者たちがいるんだ!」
ウィルヘムは倒れている娘たちを見た。
この者たちにも家族がいて、幸せな未来を望まれている。
「下賎の者たちの思いなど関係ありませんわ」
ケイン隊長の剣先がアイリンの喉元にめり込む。白い肌に赤い血が滲みだしていた。
「下賎の者ねぇ。そういうあんたが一番下賎だよ。食べ物、着る物、あんたが下賎と蔑む者たちが作った物で生活しているだろうが!」
ケイン隊長は最後のほうを慌ただしく言いながら、その場を飛び退いた。
熊のような魔物が音も無くケイン隊長のいた場所に長い爪を立てていた。
「やはり魔物と契約していたか」
ケイン隊長は危ねぇと剣を構えているが、床には娘たちが倒れている。魔物は命さえ奪わなければ平気で娘たちにもその尖った爪を突き立てるだろう。ケイン隊長は娘たちを守りつつ戦わなければならない。
「アイリン、なぜ?」
「そうでもしなければ、王后様をお助けできなかったから」
力なく問いかけるウィルヘムにアイリンは妖艶に微笑んだ。
熊の魔物はアイリンの側に立ち唸り声をあげ、周りをを威嚇している。
ウィルヘムが王后に近付こうとしても、魔物がさっとその進路を塞ぐ。その間にも娘が犠牲になっていく。
あの魔物をどうにかしなければならない。だが、床に倒れている娘たちの数は多く、中々戦う場を作れないでいた。
「陛下、決められた数を食べさせないと狂ってしまいますわよ」
アイリンが楽しそうに声をかけてくる。
「狂ってしまわれたら、誰彼構わず昼夜問わず、人を襲うことになりますわよ」
「それは困る。で、計算が合わないんだが?」
ケイン隊長の言葉にアイリンが笑みを深めた。
「お前は百日、今夜が最後と言った。いつからが百日なんだ? 王后様が元気になられてから既に百日以上経っている」
ウィルヘムもやっと気がついた。アイリンが王后を診てから四ヶ月ほど経っている。百日はとうに過ぎていた。何故、最初から贄が必要ではなかったのか。いつから贄が必要になったのか。
「それに、一人、二人、四人、八人と増えていったはずだ。一人目は誰を喰わせた?」
ケインの問い掛けにウィルヘムは嫌な予感がした。
クリスタはなんと言っていた? 精霊様が消えてしまう前にと言っていなかったか?
「最初の贄は、母上の精霊様か?」
ウィルヘムの言葉に幼子を誉めるようにアイリンは嗤う。
「半分正解ですわ。王后様の精霊は苗床でしたの」
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