疑惑
ウィルヘムは母上、王后の様子が可笑しいのに気が付いていた。怒りっぽく始終苛ついている。そして困ったことにウィルヘムの顔を見るとクリスタに会いたがるのだ。
クリスタに会って、許しを乞いたい、助けてほしいと訴えてくる。
ウィルヘム自身、クリスタに会いたい。会って以前のようにお茶を飲みながら二人でゆったりとした時間を過ごしたい。
自分で追放をしておきながら、身勝手な思いだと分かっているが。
魔の森に追放して七十日以上経っている。いくら聖女といえど、力尽きてもう魔物に喰われているだれろう。聖女の証でもある瞳も失っているのだから。
あの時罪を認めていれば、瞳も命も失わずにすんだものを。
瞳を斬りつけた感触だけは忘れることが出来ない。
今でも体が震え、後悔の念で胸が一杯になる。
クリスタが悪いのだ。
ウィルヘムは無理矢理そう思うことにしていた。
ウィルヘムはケイン隊長の話に声を荒たげた。
「どういうことだ!」
紙には孤児院の名前と当日聖女の訪問があったことが書き加えられていた。
「昨日の火事で焼失した孤児院の生き残りですが、彼だけ聖女からの差し入れのお菓子を食べなかったそうです。食べると蕁麻疹が出る材料が入っていたらしく」
「で、では、一連の行方不明者は…」
「聖女は関わっていますが、人々を枯れ木のようにしたのは、聖女アイリン様ではないでしょう」
さらりとケイン隊長は違うと言い切った。
これには、ウィルヘムもケイン隊長の隣に立つテムも驚いた。
「アイリン様は命を必要としていない。
命を必要としているのは…」
ケイン隊長はまっすぐウィルヘムの目を見て話した。
「命が尽きかけている者か、命が尽きた者、です」
ウィルヘムは固まった。
聖女が関わっていて、命が尽きかけている者。それは…?
「母上が、母上が人の命を奪っていると申すのか!」
バン、と叩かれた振動で机の上に置かれたカップの中のお茶が激しく揺れている。
「さあ? ただ、もう百人以上の者が犠牲になっています。老齢のシスターもいますが、ほとんどがまだ命が尽きるには早すぎる者たちです」
ウィルヘムはぐっと黙りこむ。
ケイン隊長は王后とは言っていない。だだ、聖女は関係していると言っているだけだ。だが、当てはまるのは…、あの時、死にかけていたのは…。
「マナタ地区への視察はとりやめる。9日後は王后と聖女、二人の外出は禁止とし、監視をつけることにする」
それはウィルヘムのギリギリの妥協案だった。
最初の行方不明者が出てから六十日後の夜、王宮から家紋がない黒塗りされた馬車が走り出す。その後をつける騎馬兵の中にウィルヘムの姿があった。
馬車に乗り込んだのは、小柄な二つの影。黒のフードとローブをスッポリかぶり、誰なのかは分からない。
馬車は神殿の前に止まり、二つの影は神殿の中に入っていった。
ウィルヘムはホッと胸を撫で下ろした。王后と聖女に付けた影から二人が出掛ける準備をしていると聞いていたが、神殿に祈りに来ただけだった。
「陛下、行きますよ」
ケイン隊長は黒のマントを羽織り直すとウィルヘムに声をかけた。
「見ただろう。二人は神殿に祈りに来ただけだ!」
「侍女たちは捕らえるように言ってあります。裏から馬車が出たと連絡が来ました」
ウィルヘムはキッとケイン隊長を睨み付けるが、ケイン隊長はさっさと馬に跨がっている。
「街で若い娘たち対象に無料でマナー講座が開かれているそうです。参加者は百三十人。嫌な人数だと思いませんか?」
その話にウィルヘムも仕方なく馬に跨がる。
今夜は、人が集まるような催しはしないようにウィルヘムは触れを出してある。それを無視した行為を許すことは出来ない。
「部下に中止し、集まった者たちを家に帰すよう勧告させたんですが、拒否されて今は応戦中と連絡が届いています」
淡々とされる報告にウィルヘムは嫌な予感しかない。
国王の触れを無視し、勧告を拒否し、戦闘にまで発展している。今夜必ず行わなければいけないということだ。ただのマナー講座ではない。今夜に拘る理由、それは?