98.ただのお客さんだよ!
何とか午前中に書類を処理出来た。
台車に箱を載せて廊下に運んでおく。
碧さんから連絡がいっているのですぐに持っていって貰えるはずだ。
「今日の仕事はこれだけ?」
『書類は。
午後からはお見合……会見があります』
わざと間違えやがったな。
碧さんはシステムだから人間みたいな言い間違えは絶対にしない。
何を言うにも計算づくだ。
つまり冗談。
でも碧さんの冗談は笑えないんだよなあ(泣)。
『不思議です。
なぜウケないのでしょうか』
サトリの碧さんが口出ししてくるけど無視。
居間の時計を見たらお昼過ぎていたので信楽さんに電話してみた。
『はいですぅ』
「僕だけど。
お昼どうする?」
『済みませんがぁ手が離せないですぅ。
私ぃはルームサービスで済ませますぅ』
忙しいらしい。
信楽さんの仕事って僕みたいに書類にサインして判子押してればいいわけじゃないからね。
いや何やっているのかよく知らないけど。
でもそんなに大変なのか。
午後からお客さんが来るのに。
「大丈夫なの?」
『何とかしますぅ。
それからぁ会見は午後3時からですぅ。
場所はぁ会議室ですのでぇ』
何それ。
会議室でお見合い?
応接室とか和室とかじゃなくて?
いやお見合いじゃないし矢代グループからも4、5人出るからか。
まあいいや。
「判った。
無理しないでね」
『はいですぅ。
ではぁ会議室でぇ』
電話が切れる。
スマホに向かって言ってみた。
「碧さん、会議室ってどこにあるの?」
『どこと言われても。
案内しますか?』
「いや、いいよ」
愚問だった。
どっちにしても午後3時前には行かなきゃならないんだし。
『ちなみに指定されているお部屋は特別会議室です。
収容人数は30人で豪華な部屋ですよ』
碧さんが付け加えた。
それはそうか。
折りたたみテーブルにパイプ椅子の会議室なんかに案内したらお客さんに失礼だよね。
相手がどこの誰かは知らないけど。
「パティちゃんや静村さんは?」
『外出中です。
会見に間に合うようには戻られる予定です』
碧さんってみんなを呼ぶ時には丁寧語なんだよね。
僕にはタメ口だけど(泣)。
『そんなことはありません!
碧は大地さんの忠実なる配下です。
これは親愛の情を表すために』
はいはい。
サトリの碧さんに言われてもね。
「じゃあ僕は何か食べてからお風呂にでも入るか」
さりげなく言っておく。
これで自動的に食堂や温泉の準備が整うんだよ。
貴族じゃないのに!
僕、もう一般社会では生活出来ないかもしれない(泣)。
その後、僕は食堂で「シェフのお勧めランチ」を食べてから温泉に行った。
相変わらず美味しかったけどちょっと重い。
昼からフルコースだよ。
それを一人で黙々と食べるんだもんね。
たまにはカツカレーとか注文してみようか。
「男」の暖簾をくぐって相変わらず誰もいない脱衣場で服を脱ぎ、タオルを持って浴場に入る。
洗い場でざっと身体を流してから露天風呂へ。
空は晴れていた。
もう4月だから春といっていいと思う。
そういえばそろそろ宝神の新学期が始まるんだよね。
心理歴史学講座にも新しい受講生が入ってくる。
最初からみたら人数が結構増えていて去年は30人くらいいた。
実を言えばそのほとんどが高校を卒業したばかりの現役の新入生じゃなかった。
心理歴史学講座は宝神の最高峰ということになっていて所属学生は超エリートだ。
つまり高校出てすぐに入れるような講座じゃなくなっているんだよ。
それまでの講座生が凄すぎた。
矢代興業役員の比和さんや水泳自由形世界記録保持者の静村さんを初めとして物凄い学生? が揃っていたからね。
演習の課題が「年度内に会社を2桁立ち上げる」というような凄まじい内容になってしまっている。
もちろん高巣さんや晶さんみたいに淡々と身の丈に合った課題をこなして卒業していった人もいるけど、そんなの後輩たちには判らない。
高校出たばかりの学生はビビッて近寄れない。
というよりは志望しても断られる。
講座の所属生は信楽さんが決めているらしいんだけど、去年辺りから露骨に凄い人が増えた。
宝神総合大学は専門職大学ではあるんだけど、正規学生は基本的に矢代グループやその関連企業の正社員だ。
そして矢代グループの正社員になるのは大変で高校や大学を出たばかりの人ってまず無理なんだよ。
東大出の納屋くんは如月高校卒業でバイリンガルのイケメンなんだけど、それでも正社員になるのには苦労していた。
僕の口利きがあった上で、ずっと矢代芸能だか何だかでバイトしていた実績があったから採用されたと聞いている。
つまり成績や出身校だけでは受からない。
そもそも宝神は完全なAO入試だもんね。
よって受かるためには基本的に矢代興業が認める実社会での経験や実績が必要になる。
どっかの企業でバリバリやっていたり既に博士号持っている研究者だったり。
あるいは厨二病患者(笑)。
で、そんな凄い学生の中から更に選ばれた人が心理歴史学講座に配属されるわけで、従ってみんなそれなりに歳食っていたり既に企業の役職経験者だったりするんだよ。
そんな凄い人たちを教授として指導する僕って(泣)。
まあ、指導なんかしてないけど。
僕がやってることと言えば受講生が上げてくる目標管理票を添削することだけだ。
それも大抵の場合はスルーする。
だって何書いてあるのかよく判らないんだよ!
いや日本語以外で書かれているという理由じゃない。
実は半分くらいはそうなんだけど内容自体が専門的過ぎて理解出来ない。
碧さんに翻訳をお願いして、更に信楽さんに説明して貰っているから何とかなっているけど。
ちょっと湯立ってきたので露天風呂から出て水シャワーを浴びる。
その後は定番のサウナだ。
実を言うとこの温泉には毎日のように通っていてパターンが出来てしまった。
だって自宅に温泉があるんだよ?
入らずにおられようか。
サウナでしばらくぼーっとしてから早めに出る。
倒れでもしたらヤバいからね。
もちろん碧さんのチェックが入っているから命の危険はないだろうけど今日はお客さんが来るわけで。
(呑気なもんだな。
ひょっとしたらお見合いだぞ?)
ただのお客さんだよ!




