95.それ、ヤバくね?
それはそうだよ。
サトリの信楽さんという以前に支配者で総司令官なんだよ。
ありとあらゆる情報が集まってくるはずだ。
僕と比和さんが何していたかなんて当然。
「疲れた」
だから正直に答えた。
隠したり誤魔化したりする必要ってないし。
「ダンスって全身運動だよね。
乙女ゲームの貴族令嬢ってひょっとしたらみんなアスリートなのかも」
「私ぃもよく知りませんがぁ有り得ますぅ。
病弱なぁ貴族令嬢はぁ舞踏会なんかには参加出来ないと思いますぅ」
「むしろ『参加しない』のかもしれません」
パティちゃんが割り込んできた。
「どうせ踊れないのでしたら壁の花になるだけですし、そんな所に行っても面白くないでしょうから」
「ああ、そういうことか。
だから出会いがなくて両親が持ってきた政略結婚に従うと」
つい調子に乗って言ったら冷たい目を向けられた。
「小説やぁゲームの話ですぅ。
そもそもぉ矢代先輩もぉ私もそういう世界とは無縁ですぅ。
憶測で言っても無意味ですぅ」
何か気に障ったみたい。
危ない危ない。
それはいいとしてもパティちゃんもゲームとかやるんだ。
聞いてみたら種明かししてくれた。
「ゲームはやりません。
それに私はまだ日本語の読み書きが苦手です。
小説は無理です。
なので漫画を読んでいます」
「あー、なるほど。
少女漫画?」
「はい。
少女漫画には何でもあります。
ホラーでもSFでも純愛でもラブコメでも」
さいですか。
僕、少女漫画ってほとんど読んだ事ないからなあ。
母さんが高校時代にガールズバンドのゴスロリ化だか何だかの参考にしたとかいう学園物で八頭身蜘蛛男が出て来るコミックを読んだくらいか。
あれってラブコメというよりはむしろホラーとかSFに近かった気がするけど。
だって見せ場ではバックに花が。
(妄想で突っ走るな)
はい(泣)。
「少女漫画でぇ日本語の勉強してるんですかぁ?」
信楽さんが意外そうに聞いた。
「違います。
そもそも少女漫画は日本語の勉強に役に立ちません。
まだアニメの方がマシです」
パティちゃんがなぜか顔を顰めた。
「なんで?
台詞は日本語でしょ」
「何といいますか。
普通の日常会話では使わないような単語の羅列が出て来るだけで。
論理的にも無茶苦茶でそもそも台詞の意味がとれません」
あ、そういうことね。
女子高生の会話文って真面目に読んだらそうなるかも。
増して少女漫画。
少なくとも論理的な台詞じゃないだろうね。
よく知らないけど。
「それでも読むのですかぁ」
「日本の少女漫画、面白いです。
会話が判らなくてもストーリーは何となく理解出来るし画面が綺麗で」
どうもパティちゃんは少女漫画を絵本かイラスト集だと思っている臭い。
別にどうでもいいけど。
話を変えようとしたらパティちゃんが続けてしまった。
「それにとても不思議な世界です。
日常なのにSFみたいで」
「そうなの?
例えば?」
少女漫画って日常系でもSFなのか。
まあ確かにそういう話も多いよね。
何気に超常現象が頻発したり。
得体の知れない人間かどうかも判らないのが普通に社会に溶け込んでいたり。
美男子のお稲荷さんや吸血鬼は定番か。
でもあれって日常系じゃないような。
「とても不思議な少女漫画を読みました」
パティちゃんは心底理解不能な物を語る表情で言った。
「その少女漫画は小さな女の子が主人公なのですが、始まった頃は家庭でアナログ電話が普通に使われていました。
ですが数年たつとポケベルが当たり前になって、その1年後くらいにはみんな携帯電話を当たり前に持っていました」
あ、その話はどっかで読んだ事があるような。
「女の子は最初小学生高学年だったと思います。
でも中学生の頃にはポケベルで高校生では携帯を使ってました。
そして高校を出て働き始めるとスマホを」
「あー、パティちゃん」
聞いてられなくて遮ってしまった。
「何でしょうか矢代先輩」
こてん、という感じで頭を傾けるパティちゃん。
可愛いじゃない。
じゃなくて。
「その話って演劇少女の物語でしょ?」
「あ、はい。
天女とか紫の薔薇とかよく判らないキーワードが出て来て」
「それ、ホラーとかSFじゃなくて普通の漫画だから。
現代物なんだよ。
つまり雑誌に連載されている時期の風物を漫画にも載せているだけで」
「でも変です。
女の子が小学生から高校を出るまで十年もかかりません。
留年している様子もありませんでした。
でも通信機器の発達が異常に早いです」
うーん。
少年漫画ではあまり出ない状況だと思う。
僕もどっかで読んだ話だけど少女漫画特有の現象みたい。
「えーと。
少女漫画って実は物凄く長期に渡って雑誌に連載する事があるんだよ。
特に老舗というか大御所の漫画家の場合。
ずっと連載しているわけじゃなくて、何年か続いたらしばらく休んでまた再開とか」
「はい」
「パティちゃんが読んだ漫画は極端な例だと思うけど、その漫画家さんが連載を始めた時には黒電話が当たり前だった。
というよりは電話と言えばそれしかなかった。
で、途中で休載しているうちにポケベルが出て電話がデジタル化してしまった。
その辺で連載を再開した漫画家さんは世の中に当たり前に普及している携帯を漫画に出す」
「なるほどですぅ」
信楽さんがボソッと呟いた。
この人も少女漫画なんか読みそうにないからなあ。
本物の少女なのに(泣)。
「で、また休載して世の中がどんどん進んでスマホが出て来る。
そこで再開すると漫画の登場人物たちは当然スマホを使っているわけ」
「……ですがお話は繋がっていました。
主人公やその他の人たちもそのままで。
別に途中で何年も過ぎているわけでは」
そこの所は難しいよね(笑)。
「作品の中では時間がたってないんだよ。
社会だけが違って来ているわけで。
パティちゃんは単行本で読んだんでしょ?
だったら混乱するのも無理はないけど」
「……よく判りません」
黙ってしまうパティちゃん。
まあ、漫画と現実の時間が合わないのは当たり前だよね。
昔の野球漫画って週刊連載なのにボールを一球投げるだけで一週間過ぎることも珍しくなかったらしいし。
「ア○トロ球団」とかいう漫画は一試合終わるのに1年かかったと聞いたことがある。
すると信楽さんが言った。
「漫画ですかぁ。
パトリシアさんはぁどこで買ってるんですかぁ?」
「漫画サイトです。
定額制でいくらでも読めるんですよ。
会議の前後や仕事の合間に読んでいます」
平然と応えるパティちゃん。
それ、ヤバくね?




