94.バレてる!
着替えながら考える。
僕があのラノベの主人公と違う所は2つ。
まず既に大学を卒業している事。
仕事もしている。
更に給料に頼らなくてもいいくらいの金持ち。
全然自覚はないけど(泣)。
もう一つは比和さんが僕個人に雇われているんじゃない事だ。
「僕の」メイドさんというわけじゃないんだよね。
ついでに言えば比和さんは既に職業としてのメイドじゃない。
趣味でメイドをやっている者です、という状況なんだよ。
本業は経営者だ。
よって無聊椰東湖の言うことは的外れ以外の何物でもない。
スマホをポケットに入れて廊下に出ると無聊椰東湖が言ってきた。
(そういう事を言ってるんじゃない)
じゃあどういうことを言ってるの?
(別に。
矢代大地は今更何かをする必要がないってことだ。
あのメイドさんは絶対に矢代大地から離れないからな。
従って迎えに行く必要もなければ雇用も不要だ)
さいですか。
それ、むしろ僕が背負う十字架なんじゃない?
(やっと気づいたか。
祝福、いや呪いだな)
うーん。
いや、別に嫌というわけじゃないんだよね。
でも面倒事が増えるだけという気もする。
だって比和さんだけじゃないから。
似たような人たちが僕の周囲にはたくさんいいるんだよ。
僕がハーレム主人公を嫌い、というよりは苦手な理由がそれ。
ヒロインが複数いる主人公は道徳的にどうかという以前に物凄く大変な気がする。
例えばイスラム教だけど男は最大限4人まで妻を持っていいことになっているらしい。
わあハーレムだ、という短絡的な認識は間違いだ。
この場合の「持つ」は「扶養する」という意味なんだよね。
前にどっかで読んだけどイスラム教は荒れた地で争いが絶えない状況で発展した宗教だそうだ。
砂漠とかね。
そういう場所では人が死にやすい。
狩りや戦争では基本的に男が戦うから、死んだり傷ついたりする確率は男の方が高い。
例えば家族がいる男が何かの理由で死んだとする。
残された家族は収入がなくなって困窮するわけだけど今と違って生活保護やボランティア団体があるわけじゃないからね。
誰かが助けないと野垂れ死にだ。
なので部族とか村とかの比較的裕福な人が寡婦とその子供たちを引き取って養う事になる。
ただ引き取るだけでは名目が立たないから結婚して妻ということにする。
子供たちは養子だ。
そういう女性を合計4人まで抱えて良い、というのがイスラム教の教えらしい。
人数制限があるのは多分、そのくらいが限界だからだろう。
王様や貴族だったらそれこそ後宮に何百人も囲えるかもしれないけど、ちょっと裕福な男程度では無理だ。
だから妻は4人まで。
それはいいんだけど、イスラム教の怖い所は別にある。
何と、その男は妻たち全員を「平等に」扱わなければならないんだよ。
ラノベに出て来る王様みたいに正妃と側妃がいてその他にも妾妃がいたりじゃない。
古代中国の皇帝の奥さんは階級があって、段階事に人数まで決まっていたらしいけどそういうのとも違う。
序列とかつけたら駄目らしいのだ。
だから奥さんが複数いる人って不公平にならないように順番に一緒に寝たり、贈り物は全員に同じものをあげたりしないといけない。
いや僕も何かで読んだだけだから本当かどうは知らないけど。
少なくとも僕は奥さんが複数いる人と会ったこともないからなあ。
僕は庶民でイスラム教徒でもないから別に奥さんを4人娶れるわけじゃないし、日本の法律では重婚で犯罪になってしまう。
奥さんは一人だけだ。
だけど状況的にはイスラム教徒と似たようなものかもしれない。
比和さんだけとか、信楽さんだけとかならまだ何とかなると思うんだよ。
でも全員って無理(泣)。
(羨ましいというか馬鹿馬鹿しいというか、とにかく俺みたいな常人には理解不能な悩みだな)
無聊椰東湖に軽蔑されてしまった。
しょうがないでしょ!
いくら僕が馬鹿でもあれだけアピールされ続けていたら理解するよ!
(同情せんでもないが身から出た錆だ。
早いとこ誰かに決めておくべきだった。
あのメイドさんとか)
いや、そうは言われてもね。
比和さんみたいに凄い女性と僕が釣り合うわけないでしょ!
それに僕、信楽さんに頼りっきりになっていたから。
切り捨てなんか無理。
(確かにな。
お嬢ちゃんに見捨てられたら矢代大地は一瞬で詰みそうだ)
そうなんだよ。
僕、もはや信楽さんに完全に依存してしまっているんだよね。
何も知らない貴族のぼんぼんが超有能な執事に頼っているみたいなもので、その執事が消えたらあっという間にボロを出して没落間違いなし。
矢代財団も宝神の心理歴史学講座も信楽さんなしでは機能しない。
いやもちろんそれだけじゃないよ。
信楽さんは能力とか信頼とか以前に大事な人だ。
それこそ比和さんと同じくらい。
(認めたな)
笑いを含んだ無聊椰東湖の声。
僕は廊下で棒立ちになった。
僕、今何を思ったっけ。
そう「大事な人」だ。
愛とか恋じゃない。
ああ、なるほど。
僕ってそういう奴だったと。
気を取り直して歩く。
スマホの案内なしでもやっと自分の位置が判るようになってきたりして。
そうかあ。
恋愛じゃなかったのか。
(矢代大地がまだ子供だということだ。
色恋沙汰には十年早い)
いやさすがに十年は長すぎるでしょ(笑)。
だって僕、もう22歳だよ?
十年たったら魔法使いになってしまう。
(今でも魔法使いみたいなもんだろう。
莫大な魔力や強大な使い魔たちを従えて、やろうと思えば何でも出来る立場だぞ)
無聊椰東湖、冗談は止めて(泣)。
それは魔法じゃない。
ただの横暴だよ!
(俺はただ矢代大地が危なっかしい立場にいると言いたいだけだ。
気をつけろよ)
居間に入ると無聊椰東湖の気配が消えた。
何をどうやっているのか知らないけど無聊椰東湖って僕から完全に隠れる事が出来るんだよね。
消えたわけじゃないと思う。
僕の周りには厨二病患者が溢れているけど無聊椰東湖が一番の謎だったりして。
「お早うございますぅ」
「寝坊しました」
信楽さんとパティちゃんが迎えてくれた。
比和さんはまだ来ていないようだ。
「よく眠れた?」
聞いてみた。
「はいですぅ。
でもまだぁ身体中が痛いですぅ」
「私はまだ頭がボケています。
もうちょっと眠った方が良かったのかもしれません」
二人の向かいに座るとメイドさんが来た。
珈琲を頼んで一息ついていると信楽さんがいきなり言った。
「ダンスの練習、どうでしたかぁ?」
バレてる!




