93.迎えに行く必要ってないでしょ!
しばらく座っていると身体が落ち着いてきた。
気づいてなかったけど相当無理していたみたい。
ダンスの練習くらいでバテるとは。
ラノベに出て来る貴族のお嬢様の苦労がやっと判った。
ダンスって肉体労働だったんだ(泣)。
ああいう小説では貴族のお嬢様は非力で体力がないみたいに書かれているけど違うかもしれない。
だってダンスパーティで踊るんだよ?
それも凄く重そうなドレスを纏って。
体力がないとやってられないでしょう。
そういえば昭和の時代の漫画にあったっけ。
当時、ディスコと言って踊るための社交場があったらしいんだけど、そこに通うのはチャラチャラした軟弱男や不良娘だと思われていたって。
でも何か問題があって学校で体育会系の部活やっている爽やかスポーツ少年とマラソンで勝負になった時、軟弱なもやしだと思われていたディスコ少年が勝つんだよね。
曰く「俺たちを舐めんなよ。徹夜で踊り明かせるって体力ハンパじゃやってられねえぞ」と。
夜通し遊んでいる人ってなまじのスポーツ選手より体力があるという話だった。
確かに瞬発力はともかく持久力はありそうだよね。
一晩中踊るって、そんな過酷なスポーツはないよ。
「ダイチ様」
僕が妄想に浸っていると比和さんがおずおずと話しかけてきた。
「あ、ご免。
何?」
「今確認したところ、信楽殿とパトリシア殿が食事中だということです。
合流した方が良いでしょうか」
二人とも起きたらしい。
「食事が終わってからにしようよ。
それまでは居間で休んでいるということで」
「はい、ダイチ様」
比和さんは基本的に僕に逆らわない、というよりは要求を全面的に受け入れるんだよね。
変な事を言ったらその通りになってしまうかもしれないから気をつけている。
だから僕の言う事って当たり障りのない無難な対応に終始したりして(泣)。
本当言うと汗をかいたせいでシャワーとか浴びたかった、というよりはもう温泉に入りたかったけど無理だ。
そんなことを言い出したら間違いなく実現してしまう。
水着を履くにしても今度は美少女中学生も一緒になるかも。
いやパティちゃんの外見は女子高生だけど。
するとどこからともなく声がした。
『大地さんの秘書の碧です。
矢代興業本社より大地さんに連絡があります。
出来れば自室に戻って頂きたく』
碧さんが部屋のスピーカーを使って呼びかけてきたみたい。
「ここじゃ駄目なの?」
『個人情報が含まれる内容なので』
「判った」
僕はそれらしく頷いて比和さんを見た。
「それじゃ僕は用を済ませたら居間に行くから」
「仕方がありませんね。
居間でお会いしましょう」
「ご免」
「お役目ですので」
納得して貰えたようだ。
その場で別れてそれぞれの目的地に向かう。
一人で廊下を歩きながらスマホを取りだして囁いた。
「助かった。
ありがとう」
『私は大地さんの秘書ですから』
画面にCG美少女は口調とは裏腹に得意げだった。
もう完全にAIだ。
「ところで本当に連絡が来てるの?」
『来ていますし個人情報である事も本当です。
緊急ではありませんが』
凄いな。
比和さんを騙すってどこまでチートなガイドシステムなんだよ。
(多分だがメイドさんは騙されてないぞ)
無聊椰東湖が言ってきた。
そうなの?
(アニメと同じだ。
矢代大地の前では奇行が目立つがあのメイドさんは切れ者だ。
矢代大地の浅い考えなんかお見通しだろう)
やっぱりそうだよね。
比和さんは一流の経営者だ。
それだけじゃなくてメイドの長なんだよ。
いつか言っていたけど一流のメイドは旦那様の思考を読んで動く。
僕程度の雑魚の考えなんか見え見えだろうね。
(騙されてくれるのがメイドさんの優しさだ。
本当に判ってるんだろうな?)
判ってるよ!
でも今の僕なんかじゃ比和さんに到底釣り合わないんだよなあ。
そういえばあのメイドアニメの原作でもラストで主人公が言っていたっけ。
ヒロインのメイドが「捨てないで下さい」と懇願するのに応えて主人公は「君に相応しい主人になって君を迎えに行くから待っていて」と。
確かにただの高校生がスーパーメイドのご主人様なんかになれるはずがない。
だけど僕、それを読んだ時にちょっと腹が立ったりして。
だって「待ってろ」って横暴過ぎない?
しかもその高校生が出世する確証もない。
そのスーパーメイドさんは全世界の大金持ちから是非雇いたいとオファーが殺到している程の逸材なんだよ。
ただの高校生がそんなライバルたちに匹敵するようになるまでどれくらいかかるか。
ていうか無理だよね。
つまりそのスーパーメイドさんは待っている内にいたずらに歳を重ねてしまうことになる。
年齢って大事だよ。
設定ではメイドさんは主人公より5つくらい年上だったはずで、主人公が出世した頃にはもうオバサンになっているのでは。
スマホの案内で廊下を歩いて自分の部屋に戻ると僕は早速シャワーを浴びた。
あー気持ちいい。
温泉よりこっちの方がいいよね。
陶然としているといきなり無聊椰東湖が言った。
(まあ矢代大地の言いたいことは判る)
だよね。
高校生の分際で女性に「待ってろ」とか僭越でしょう。
(ちょっと確認するが、その主人公はただの高校生なんだよな?
金持ちとか親が貴族とかじゃなくて)
そうだったと思う。
本編の方では色々設定があったと思ったけど、あの物語はスピンオフだからね。
本当は別のヒロインがいて、そっちは何か凄い魔法使いだったような。
(魔法があるのか?
ファンタジーだったのか)
いや、本編はそうだけどスピンオフではあまり重要じゃなかったような。
ていうか何?
ただの小説の話なんだけど。
すると無聊椰東湖が言った。
(条件を考えてみたんだが。
矢代大地の言う高校生は金持ちでも権力者でもないからメイドさんに相応しくない、ということだよな?)
そう言ってるでしょ。
僕はシャワーを止めてバスタオルで身体を拭きながら居間に戻った。
ちなみに自分の部屋の居間だから(笑)。
(だったら矢代大地には当てはまらんだろう。
今の矢代大地は国際的大企業の役員で一流大学の理事長兼教授だ。
資産はそこらの金持ち程度ですら比べものにならん。
更に世界的規模の大組織の首領でもある。
メイドさんを迎えに行く条件が整っていると思わないか?)
迎えに行く必要ってないでしょ!




