92.やっぱ次があるんだ(泣)。
ダンスのレッスンなんか生まれて初めてだったけど比和さんが誘導してくれたので何とかなった。
比和さんも前世で王女の代役を務めるために、社交ダンス自体はともかくそういう身体の動きはマスターしていたらしい。
つまり技術はある。
もちろん現世ではダンスの練習なんかはやってないけど身体のバランスをとったり体重移動のコツなんかはメイドの修行と共通点があるそうだ。
「比和さん、踊れるじゃない」
「見よう見まねです。
見本がよろしいので」
僕たちは向かい合って立っていた。
両手を取り合っているのはビデオ映像の真似だ。
だから僕たちは身体は正対しているのに顔は横を向いている。
同じ方向に。
スクリーンを見ながらだと、どうしてもそんな姿勢になるんだよ。
「やりにくいね」
「ステップだけですからまだマシなのではないかと」
亜里砂ちゃんが選んだダンス教習用のビデオは実演主体だった。
つまり講師の人たちが実際に踊っている所を色々な方角から撮影して見せてくれている。
ダンスはまず足の動きだということで、今は比和さんと一緒にステップを踏んでいるわけ。
「結構きついね」
「歩きと違って絶えず方向転換したり足の動きが不規則ですから。
慣れてくれば自然に出来るようになるかと」
そういうもんですかね。
まあ、確かにダンスなんていちいち考えて動かないよね。
身体で覚えるという奴だ。
僕が最も不得意とする分野だったりして(泣)。
「ご免。
ちょっと休ませて」
30分もたたない内に僕はギブアップした。
単調な動きなのはまだ我慢出来るけど体力の消耗がハンパじゃない。
疲れた。
「申し訳ありません!
楽しくてつい」
比和さんは慌てて僕を並んでいる椅子の所に連れていってくれた。
ちょっとお待ち下さい、と言い残して駆け去る。
僕はぐったりと椅子の背に寄りかかった。
ハードだ。
(矢代大地に比べてメイドさんは大したものだな。
汗すら掻いてなかったぞ)
そりゃメイドさんだからね。
肉体労働職なんだよ。
比和さんはもう現場には出てないけど鍛錬はしていると見た。
さっきのダーツ技が証拠だ。
(矢代大地が軟弱なのは仕方がないとして、どうするんだ?
まだ続けるのか?)
無聊椰東湖に心配されてしまったけど、無理。
少なくとも今日の所はもう体力がない。
下手すると明日は足が筋肉痛だ。
何とか許して貰わないと。
そう思った時、いきなりポケットが震えた。
スマホ入れてたんだっけ。
取り出して見ると碧さんが映っていた。
「何?」
『陰謀が進行していますけど興味あります?』
いきなり聞いてくる碧さん。
「陰謀って物騒な」
『可愛い悪戯みたいなものですが。
知りたいですよね?』
碧さんは僕の人格情報データベースの情報を元に話しかけてくるからね。
つまり僕が興味を持たないと計算したらこんな謎かけはしてこない。
「興味はある」
『ではご覧下さい』
スマホの画面が切り替わった。
監視カメラの映像らしい。
比和さんらしい人影が忙しく動きながら誰かと話している。
(ワゴンに……ああ、ドリンクやタオルなどを用意しているのか。
矢代大地用だな)
メイドさんだからそういう事はするのは判るけど。
でも誰と話しているのか。
『音量上げます』
すると比和さんの声がはっきり聞こえてきた。
『……上手く撮れたんでしょうね?』
『三方向からと俯瞰で撮れました。
画質は4Kです』
『よくやりました。
保存はしっかりとお願いします』
『処理済みです。
バックアップもクラウドを含めて4つ』
何これ?
比和さんの陰謀?
すると映像が消えて碧さんが現れた。
『亜里砂がコソコソ何かやっていたのでインターセプトしました。
もちろん盗聴には気づかれていません』
ドヤ顔の碧さん。
その無意味な表現は何?
本当にAIなの?
「亜里砂ちゃんって妹なんだ」
『我々は全員兄弟姉妹ですよ。
碧が長姉で』
さいですか。
システムにも血縁関係とか家族とかあるらしい。
本当にただのシステムなのか益々怪しくなってきているけど、今はそんなことを問題にしているわけじゃない。
姉妹で盗聴や盗撮合戦をやっている事も黙認しよう。
「比和さんと亜里砂ちゃんは何やってたの?」
『映像記録です。
比和様の強いご希望でダイチさんとのダンスシーンを最大限記録していました。
この部屋の監視カメラとマイクを総動員して』
そうなの。
知りたくなかったような。
しかも亜里砂ちゃん、データを保存したとか言っていたし。
『どうします?』
碧さんが聞いてくる。
「どうするって何を?」
『ダイチさんの権限なら亜里砂がやった事を全部抹消出来ますよ。
セキュリティレベルが最強ですから』
それって姉妹喧嘩にならない?
ていうかそんなことをしたら露骨に比和さんのご機嫌が損なわれそう。
「別にいいよ。
実害はないし」
『ダイチさんがそう言うのでしたら』
あっさり引き下がる碧さん。
その途端、ドアが開いてワゴンを押した比和さんが戻って来た。
「ダイチ様!
タオルと飲み物です!
とりあえず水分の補給を」
「ありがとう比和さん」
碧さんの介入には気づいてないみたいだから僕も知らないふりをしておく。
大体、僕が無様な格好で美女とヨタヨタ踊ろうとしている映像なんか誰が見たがる?
比和さんの考えはよく判らないけど、あの様子だと別に他の人と共有したいわけじゃなさそうだからほっといていいか。
さりげなくスマホをポケットに仕舞ってから比和さんが渡してくれたタオルで顔を拭く。
それからペットボトルの水を飲んでみたら。
美味すぎる!
体力以外にも水分を消耗していたみたい。
思わずラッパ飲みしてしまったらいきなり謝られた。
「申し訳ございません!
ダイチ様をご迷惑を」
「いや僕も楽しかったからいいよ。
でもダンスの練習って一度に長時間は出来ないよね」
「はい!
次からは無理のないスケジュールで!」
やっぱ次があるんだ(泣)。




