81.悪夢だ
矢代警備は既に国際化しているそうだ。
正確に言うと外国の有力な民間傭兵会社に資本参加して配下に収めたり業務提携したりしているらしい。
もちろん、そういう会社はそれぞれ国や企業と繋がっているので、そこら辺を考慮して表向きは関係ないことになっている。
でも矢代警備の意向で無理な仕事を断ったり侵攻ではなく防衛の仕事に重点を置いたりして、だんだん変わってきているとか。
「暗黒街的な仕事もあるんでしょ?
そんなのやって大丈夫なの?」
『大抵の場合はお金で解決出来ます。
解決出来ない仕事には近寄らないのが基本方針です』
碧さんはそういうけど、そんなに簡単な事じゃないと思う。
多分、信楽さんは全部判ってやってるんだろうな。
色々しがらみもあるだろうし。
死の商人とか。
もうサスペンスドラマや謀略小説を越えていたりして。
知りたくないけど、いずれは僕も関わらないといけないだろうね。
だって逃げられないでしょ?
(矢代大地にしてはいい覚悟だと思ったがそういう事か)
無聊椰東湖が呆れていた。
そうだよ!
僕は避けられないことからは逃げないことにしている。
だって逃げられないから(泣)。
その代わり逃げられる事なら全力で逃げ切ってみせる!
(矢代大地の凄い所はそこだな。
自分の限界を知っている。
俺に言わせれば限界が低すぎるが)
無聊椰東湖の意見は聞いてないから!
というわけで僕は自分の部屋に戻った。
珈琲やおつまみの用意をして仕事部屋に籠もる。
いや仕事するわけじゃないよ?
さっきの話を聞いてさすがに不安になったからね。
ここらでひとつ、僕も矢代興業について知っておこうと。
「というわけでよろしく碧さん」
『貴方の秘書の碧にお任せ下さい!
ところで何が知りたいですか?』
相変わらず調子のいい秘書さんに、とりあえず現在の矢代財団や矢代興業について概略レクチャーして貰った。
碧さんが言うにはセキュリティの都合上、僕にも話せない事があるそうだ。
最初からそう正直に言ってくれれば僕も納得出来る。
この辺は僕の人格情報データベースを握っている碧さんならではの判断だよね。
僕がどの辺まで我慢するかよく知っていたりして(笑)。
『実際には矢代財団の主たるダイチさんが命令すれば隠せる事はありません。
ただ、それによって戦略的に難しくなる局面もあるので』
「信楽さんの計画を邪魔するつもりはないから。
それに詳しく知りたいわけでもない。
適当に教えてよ」
だって詳細に説明されても僕には多分判らないし(泣)。
それから碧さんはグラフや地図なんかも交えながら説明してくれた。
30分くらい聞いているとだんだん判ってきた。
まず、矢代興業は僕が想像していたより遙かに大きくなっていた。
動かせる資本や人間の数の桁が違っていたりして。
僕、矢代興業が無謀な資金計画を立てて溝にじゃんじゃんお金を注ぎ込んでいるとばかり思っていたんだけど、驚いた事に大抵の事業では採算が取れているらしい。
もちろんメインの稼ぎは未だに相場だ。
最近は証券市場より為替相場で儲けているそうだ。
説明されかけたけどよく判らないからパス。
とにかく矢代興業の金融部門は今でも異様に利益率が高い取引を繰り返していて世界の金融市場では既にメジャープレイヤーとして認識されているらしい。
「大丈夫なの?」
『攻撃やスパイ行為は日常茶飯事です。
あと引き抜きも横行していますが、矢代グループの金融部門はセキュリティの塊ですから』
これについては宇宙人が大いに貢献しているとかで、ハッカーやクラッカーにも歯が立たないと評判ということだった。
しかもうかつに手を出すとひどいしっぺ返しを食らうとか。
更に言えば外部からでは成功の秘訣がさっぱり判らない。
それはそうかもしれない。
分析班って未来人の二人の事だもんね。
矢代興行の組織上は一応金融部門や証券取引部門もあるんだけど、実際の指令は複雑怪奇な経路でどこからか降りてくる。
誰が何をやっているのか判らない。
だから金融や証券の要員をいくら引き抜かれてもノーダメージ。
産業スパイもお手上げらしい。
未来人の二人は表向きは矢代興業のどっかの部門で事務とかやっている風を装って好き勝手に仕事している。
ていうか相変わらずテレビ見ながらポッキー食べて、適当に会社を選んだり値上がり/値下がりする通貨を指定したりするだけ。
後の事は知らないし判らない。
「あの二人はそれでいいんだろうか」
『【身の程を知る】という姿勢を体現していると評判です。
特に贅沢するわけでも無理難題を言うわけでもなく。
たまに海外に行ったり国内の観光地を回ったりしているだけで』
十分やってるじゃん!
まあ、確かにあの二人が上げている業績に比べたら細やかな見返りだけど。
そういう意味では優秀なのかもしれない。
(というよりは未来人だからじゃないか)
無聊椰東湖が変な事を言った。
どういうこと?
(前に未来人が言っていただろう。
前世の二人が暮らしていた世界は物凄いエコだったと。
エネルギーや資源が枯渇して贅沢は敵だみたいな思想で統一されていたんじゃないか)
なるほど。
あの二人は未来の世界では庶民だったみたいだからね。
多分、その世界でも特権階級や大金持ちはいたはずだけど、そういう階層とは無縁だったんだろうな。
まあ未来人の事はいいや。
「それにしても矢代興業がそんなことになっていたなんて」
『というよりは矢代グループですね。
矢代興業は既に完全持株会社化しています。
直卒子会社は矢代警備や矢代ホームサービスなど主要な十数社で、後は全部孫会社やその下、および提携企業です』
「すると比和さんって物凄く偉いとか?」
『偉いというよりは立場ですが、矢代興業の役員と言えばグループ内では最上位ですよ。
普通の社員なら顔を拝む事も難しいでしょう』
だからヴォーグやタイムの表紙に載ったのか。
凄いなあ。
(矢代大地も矢代興業の役員なんだが)
せっかく忘れているのに思い出させないでよ!
それに僕は担当事業を持ってないから名ばかり役員だし。
(でも役員だ。
それだけじゃなしに矢代財団と宝神総合大学の理事長だぞ)
忘れたい(泣)。
何が悲しくて大学出たての若造がそんな立場にいなきゃならないんだろう。
しかもまともに仕事すらしてないのに。
(所有者だからだ)
悪夢だ。




