77.サトリの信楽さん、勘弁して(泣)。
適当に珈琲のお代わりを頼んだりしながら話しているとテレビのニュース番組が始まった。
トップニュースはやはり相沢さんだった。
「次は北欧に行くんだ」
「あの辺りは移民問題が拗れていますから。
解決とはいかないまでも騒動を緩和出来ればと」
何か相沢さん、国際救助隊みたいになってない?
問題が起きそうな所とか、危機一髪な場所に送り込まれて平定するという。
「本人がぁやる気なのでぇ。
おかげでぇ矢代財団はぁウハウハですぅ」
信楽さんが黒い所を覗かせた。
そう、相沢さんは一応矢代芸能に所属している歌手という建前なんだけど実際には矢代財団の直轄だ。
矢代芸能からはほぼ独立の状態で、窓口は矢代芸能だけどマネジメントは矢代財団がやっているんだよ。
専任の支援部隊がついている。
信者とも言うけど。
要員の所属はカムフラージュのためにあちこちに散らばっていてチームに出向している形だ。
もちろん秘密らしい。
そして矢代財団のトップは信楽さんだ。
いや理事長は僕だけど。
案山子だし(泣)。
「つまり信楽さんが相沢さんを利用していると」
「違いますぅ。
私ぃはあくまで相沢先輩のご希望をぉ」
白々しい(笑)。
まあ、それも嘘じゃないだろうけどね。
信楽さんは相沢さんを悪く言えば誘導して仕事させているんだろうな。
相沢さんはお金じゃ動かないし、本人の性質は露骨に「善」だから困った人がいれば助けずにはいられない。
だから相沢さんにそれとなく世界の窮状を教えてあげればいいだけ。
やっぱ信楽さんが悪の組織の大首領、いやもう魔王なんじゃないの?
魔王みたいな紛いもんじゃなくて。
まあいいけど。
「相沢さんを北欧とかに行かせて大丈夫なの?
ええと霊的防衛力の面で」
聞いてみた。
そもそもこの矢代邸を構築してみんなを集めたのは決戦に備えて戦力を集中するためじゃなかったっけ。
「そうですね。
相沢殿は最終兵器とも言える方です。
逆にあの方がいれば他には何もいらないかと。
もちろん」
比和さんは決然とした目を僕に向けてきた。
「私はダイチ様の近衛として常にお側に侍らせて頂きますが」
それは嬉しいけど、どうして戦支度的な表現になるのかな。
でも言ってる事は間違ってない。
相沢さんが海外ツアーに出掛けたら何かあっても数日でとんぼ返りなんか出来ないでしょう。
「大丈夫ですぅ」
信楽さんはのほほんとした表情でお茶を啜った。
こういう時の信楽さんは日本茶だ。
僕は珈琲だけど。
「今回の件ではぁ多分ですがぁ相沢先輩の出番はないですぅ。
というよりはぁいたらむしろ邪魔になりかねないですぅ。
実を言えば矢代先輩がぁ矢代邸にいる必要もぉないくらいですぅ」
爆弾宣言!
相沢さんが必要ないどころかむしろいない方がいいと。
決戦の場所も気にしなくていい。
ということは信楽さん、もう「敵」の正体に気づいていると?
「だったらなぜ僕たちは矢代邸にいるの?」
聞いてしまった。
信楽さんは座り直してから指を立てた。
「ひとつはぁタイミングですぅ。
矢代先輩やぁ他の人たちが宝神を卒業してぇ、どっちにしても生活環境をぉ変える必要がありましたぁ。
矢代邸の整備がぁ終わったことでぇ思い切って引っ越ししただけですぅ」
「それは確かに言われていたけど」
あんまり急だったもんね。
僕なんか新居訪問のつもりで来たらそのまま引っ越しさせられてしまった。
まあそれは比和さんや信楽さんも一緒だけど。
「タイミングという事は判ります。
逆に言えば、今を外すと踏ん切りがつかなくなりそうです」
比和さんが頷いた。
そうか。
比和さんなんか宝神の学部長な上に矢代興業の役員だもんなあ。
宝神の新年度が始まってしまったらみんな忙しくなって引っ越しどころじゃなくなるかも。
僕はともかく(泣)。
「もうひとつぅ。
実はぁ矢代警備より連絡がありましたぁ」
信楽さんがもう一本の指を立てた。
「先方との接触がぁあったそうですぅ。
八里先輩経由でぇこっちに回ってきましたぁ」
「いつの間に」
知らなかった。
ていうか僕は情報遮断されているから当然なんだけど八里くんは早速動いていたわけね。
「すると今回は断らなかったと」
「はいですぅ。
内容を聞いてぇ、相手の事も大体判ったのでぇ矢代邸で会談しますぅ」
さらに特大の爆弾!
来るの?
ここに?
その正体不明の僕のお見合い相手が?
ていうかその黒幕かもしれないけど。
「さっき連絡がありましたぁ。
まだ調整中ですがぁ近いうちにぃ来ますぅ」
何てことだ。
いつの間にか問題が解決に向かっている?
「だったら別に矢代邸に来てもらう必要もないんじゃ」
今までの話だと、どうも決戦とかそういう状況じゃないよね。
穏やかに話し合って終わりという気がする。
ああ、それで相沢さんが邪魔なのか。
聖女様が光臨したら話し合いどころか礼拝が始まってしまうかもしれない。
「駄目ですぅ」
信楽さんがきっぱりと言った。
「舐められたら負けですぅ。
矢代邸はぁ矢代先輩の『力』をぉ見せるための舞台ですぅ」
「確かに。
ダイチ様のお力を示威するためにはこのくらいの道具は当然ですね」
比和さんが冷静に肯定する。
つまりハッタリか。
誰か知らないけど僕に面会しに来る人に矢代グループの経済力を見せつけるわけね。
突然こんな豪邸に招かれたら僕ならビビッて相手の言いなりになってしまうだろうなあ。
(それもそうだが、相手はとっくに知ってると思うぞ。
何せ何度も矢代グループに接触してきているわけだからな。
矢代大地がその首魁だということも判っているはずだ)
それもそうか。
ということは今の信楽さんの話は。
「はいですぅ」
信楽さんがのほほんと言った。
「今ぁ矢代先輩がぁ思った通りですぅ。
何事にもぉ用心はぁ必要ですぅ。
万一の場合はぁ矢代先輩がぁ脱出した後ぉ、矢代邸ごと自爆しますぅ」
サトリの信楽さん、勘弁して(泣)。




