70.しょうがないでしょ!
湯豆腐は美味しかった。
よく知らないけどたれ? が絶妙だ。
お漬け物もなかなか。
「満腹するまで食べたら拙いかな」
「そうですぅ。
ポップコーンが食べられなくなりますぅ」
信楽さん、拘るね(笑)。
どっちかといえば小食の僕たちと違って比和さんは健啖ぶりを発揮していた。
どんどん食べる。
見ていて気持ちがいいくらいだ。
「メイドはいくらでも食べます。
食べられるときに」
さいですか。
野生動物かよ。
「太らないの?」
「摂取したエネルギーは消費すればいいだけです。
仕事はいくらでもありますから」
凄いブラック労働だった!
役員がこういう考えだと部下はたまったもんじゃないけど壁際に並んでいるメイドさんたちは微動だにしない。
脳筋か(泣)。
まあいいや。
豆腐がなくなっところで終わりにする。
腹七分目くらいだけど丁度いいか。
食後の珈琲を飲んでいたらメイドさんが来て信楽さんに何か耳打ちした。
「劇場のぉ用意が出来たですぅ。
ポップコーンもぉ」
さいですか。
もう何が目的なのか判らなくなってきた。
「比和さんもいい?」
「はい、ダイチ様」
柔らかく微笑む比和さん。
じゃなくて今はご主人様側か。
比和さんはメイドというよりは家政婦長、じゃなくてもっと上の立場だもんね。
屋敷の女主人に近い。
だから自分でメイドをやりたい気持ちを抑えてご主人様役をやっていると。
凄いなあ。
僕なんか立場も環境も関係なくいつも「僕」だもんね。
(それが矢代大地の最強な所なんだが)
無聊椰東湖の意味不明な呟きは無視。
「ご馳走様。
美味しかったとみんなに伝えて下さい」
今回は鍋だったから料理人がいないような気がするのでメイドさんに伝言しておく。
こういう気配りが大切だと信楽さんに叩き込まれたからね。
そういえば小説で読んだけど、大量の使用人を家庭で使うような場合はむしろご主人様側が大変なのだそうだ。
使用人も人間だから感情がある。
乙女ゲーム小説なんかに出てくるみたいに使用人を家畜扱いしたり人権を無視したりするとあっという間に崩壊する。
使用人は「使用人」という集団なんだよ。
従って雇用側が誰か一人を虐めたり贔屓したりすればその他の連中が黙ってない。
いつ自分に降りかかってくるか判らないからね。
人がどんどん辞めて、新しく雇おうとしても有能な人が来なくなる。
来るのは無能とか他の屋敷から叩き出されたようなのばっかりになって、最終的には崩壊してしまうのだそうだ。
(それは判るが大変というのは?)
小説の登場人物が言っていた台詞がきつかった。
「使用人が尽くしてくれるのと同じ分だけ雇用側も使用人に尽くさなければならないからな」と。
大変でしょ?
(大変というよりは無理だろうそれ)
無聊椰東湖、呆れてるけどこれは本当だと思うよ。
まあ、僕の考えだとそれほどでもない。
報酬を払うことで大部分は既に充当されている。
だからちょっとした機会ごとに心遣いを示せばいいということで。
(お前、本当に矢代大地か?)
と、信楽さんに教わりました(笑)。
だから今のはその「ちょっとした心遣い」でしかないんだよ。
料理人さんにお礼を言うとか。
メイドさんにも。
そんなの習慣にしてしまえば努力したり苦労したりせずに出来るからね。
(やっぱかよ!
それでこそ矢代大地だが)
いいでしょ!
脳内で軽蔑合戦を繰り広げつつ僕たちは映画室に向かった。
本当言うと映画観るだけだったら居間の壁掛け液晶大画面テレビでもいいような気がするんだけど、何か二人とも張り切ってるんだよね。
これも「一緒に映画室で映画を観る」というデート紛いの状況になるんだろうか。
(それはそうだろう。
ただポップコーンを食いたいだけじゃあるまい)
それでか!
まあ二人にはいつもお世話になっているし仕事も大変だから、そのくらいのサービスはするけど。
でも昨日の映画室でちょっとトラウマ負わされたからな。
碧さん、恨むよ?
映画室の準備は整っていた。
何と席にポップコーンの大カップとコークが用意されている。
やっぱ貴族か(泣)。
僕の両側に比和さんと信楽さんが座り、室内が暗くなって初めて気がついた。
何観るの?
「何か観みたいものある?」
聞いてみた。
「私ぃは何でもいいですぅ」
「ダイチ様のご覧になりたいものが私の望みです」
駄目だった。
二人ともこういう時に積極的に自己主張する性格じゃないもんね。
そもそも二人は映画が観たいんじゃなくて映画室でポップコーンを食べてコークを飲みたいだけで。
(馬鹿か矢代大地は)
すみません(泣)。
しょうがない。
「だったら僕が決めていい?
アニメになっちゃうけど」
「もちろんですぅ。
私ぃもアニメがいいですぅ」
「ダイチ様のお望みのままに」
まあ反対なんかされないよね。
ところでなぜアニメなのかというと僕が実写の俳優さんに関心がないからだ。
俳優である以上、それは物語のキャラを演じているだけだからね。
当たり前だけど。
映画ファンの人たちは生身の人間が演技でキャラになり切る事を評価するらしいけど、僕は駄目だ。
どうしても空々しさを感じてしまう。
その点、アニメなら最初から非実在人物なわけでキャラそのものと言える。
声優さんは、まあ妥協かな。
ちなみに声優のファンとかじゃないよ。
上手く演じたらそのキャラになるというだけで、声優は表に出てこないからね。
むしろ出てきたら興醒めだったりして。
だから僕、アイドル声優とかもよく知らないし知りたくもない。
いやそれはイケメンや美少女な事は判っているけど。
でも僕の周りに美形が多すぎて、正直テレビのアイドル程度では雑魚に見えてしまうんだよ。
よってテレビや映画のイケメンはもちろん美女にも興味がない!
(贅沢だろうそれは)
しょうがないでしょ!




