63.五月蠅いよ!
十分ほどで出てきたランチは美味しかった。
ファミレスみたいな「定食」じゃなくてちゃんとした料理だった。
ハンバーグなんか挽肉を叩く所から始まっているようでグルメ番組みたい。
ポタージュスープや海藻サラダなんかもついていて一流料理店並だ。
いや美味しいんだけどね。
「何か落ち着かないね」
「はいですぅ。
私ぃも庶民なのでぇ」
信楽さんによれば、この矢代邸の維持管理は矢代ホームサービスに丸投げしているそうで、その業務内容については信楽さんでも口を出せないとか。
キッチンにシェフを配置するなんて僕たちだったら絶対にやらないんだけど。
「じゃあメイドさんたちも?」
「はいですぅ。
比和先輩がぁ精鋭を集めたみたいですぅ。
いざとなったらぁ盾になって戦えるとぉ」
止めて(泣)。
ラノベのメイド部隊じゃないんだから。
信楽さんにつきまとっているメイドさんたちは比和さんの優秀な配下なんだろうな。
時給がどれくらいになるか考えたくない。
「悩んでもぉどうにもならないですぅ」
「そうだよね。
判った」
ホテルの従業員だと思えばいいのだ。
益々僕の家というかんじじゃなくなってくるけどしょうがない。
そもそも矢代興業自体、僕の会社とか絶対に思えないんだし。
食後に珈琲はもちろんアイスクリームのデザートまで出てしまった。
もう諦めるしかないか。
「これからどうすればいいと思う?」
珈琲のお代わりを飲みながら聞いてみた。
「仕事する気が失せましたぁ」
「確かに。
すぐにやらなくてもいいことはやりたくないよね」
「緊急なものはぁ片付けたのでぇ。
午後はぁ遊びたいですぅ」
「そうだよ。
僕たち休暇中じゃないか」
忘れていた。
だったら。
「プールとか入ってみる?」
「いいですがぁ。
準備に時間がかかるですぅ」
「じゃあそれまで待つとして。
信楽さんは何かしたいことある?」
すると信楽さんはちょっと顔を赤らめた。
下目遣いでこっちを見たりして。
可愛いじゃないの!
「実はぁ。
映画観たいですぅ」
何と。
信楽さんは僕が劇場に行った事を聞いたらしい。
まあポップコーン食べたしね。
「それもいいけど食事したばかりだから。
プールの後にしない?」
「はいですぅ。
楽しみですぅ」
(何というか普通の遊びだな。
アベックで映画か)
無聊椰東湖の青春時代の思い出?
(違う。
俺はそんなことしたことがない)
寂しい青春だったらしい。
まあ、そんなことを言い出したら僕も女の子と映画観に行ったことなんかないけど。
(女の子たちと一緒に行ったことならあるだろう)
高校時代の事?
あれはアベックどころか集団で観に行っただけで。
まあ美少女が大量にいたけど黒岩くんたちとか護衛兵もいたからパス。
(リア充めが)
僕が無聊椰東湖と脳内闘争を繰り広げている間に信楽さんがスマホを操作していた。
「プールの予約出来たですぅ。
2時間に使えますぅ」
「ありがとう。
だったらそれまで玉突きでもやろうか」
ふと思いついて言ってしまった。
娯楽室にビリヤード台があったのを思い出したんだよ。
「やったことないですぅ」
「教えるから」
信楽さんは嬉しそうに頷いてくれた。
いつもお世話になっているんだからサービスしないとね。
食堂を出て碧さんの案内で娯楽室に向かう。
どこからともなく現れたメイドさんたちがいつの間にか僕たちの前後を固めているけど気にしない。
貴族じゃないんだけどなあ(泣)。
でもこういう場合、召使いはいないものとして扱うのが礼儀だそうだ。
気を遣うとかえって失礼になるらしい。
そういうのってこれから練習させられそうだな。
(それにしても矢代大地ってビリヤードが出来るのか)
感心したような口調で聞いてくる無聊椰東湖。
無聊椰東湖はどうなの?
(おお。
俺はナインボール専門だけどな。
四つ玉は性に合わん)
無聊椰東湖も結構詳しいよね。
でも四つ玉なんかやってる人、ほとんど見たことないけど。
(で、出来るのか。
どこで覚えた?)
しつこいので答えてあげる。
実は親父がビリヤード好きで。
母さんがまったく興味を示さないから僕に相手役が回ってきたりして。
本当にたまにだけど日曜日とかに親父が暇になることがあって、小学生の頃から玉突き場に連れて行かれたんだよ。
親父がナインボールしかやらないから僕もそれしか出来ない。
小さい頃はブレイクショットするのも大変だった。
背が低くてキューを真っ直ぐ突けなかったりして(泣)。
そもそもラックを組むことが出来なくて親父にやってもらったっけ。
そんな子供にビリヤードやらせるなよ親父!
中学生くらいまでは時々やっていたけど、そのうちに親父がメチャクチャ忙しくなって自然消滅したんだよね。
(結構ブランクあるな。
大丈夫か?)
ああいうのは自転車と一緒で一度覚えたら忘れないものだ。
それに漫画読んだりしたからね。
「キング・オブ・ザ・ハスラー」は面白かった。
作者急病とかで連載打ち切りになったらしくてコミックも途中で終わっていたけど。
(漫画は関係ないだろう)
あるよ!
あれ読んで一時ブレイクショットに凝ったりしたし。
娯楽室に着いたので虚しい脳内討論を終える。
ビリヤード台の準備は出来ていた。
メイドさんたちが先回りしてやってくれたらしい。
僕は玉やチョークやなんかが揃っているのを確認してから信楽さんにキューを選んで貰った。
まあ僕たちレベルならそんなのどうでもいいんだけど(笑)。
「何も判らないですぅ」
「細かい所はいいから。
まずは玉をついてみるね」
ラックなんか組まずに適当に手玉と的玉を置いてみせる。
下手すると8年ぶりくらいだったけどまだ身体が覚えていた。
最低でも片足を床に着けた状態でビリヤード台に覆い被さるようにして打つ!
スカッ。
(ナイスショット!)
五月蠅いよ!




