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5.勘弁して(泣)。

 卒業式はやる必要があったのか疑ってしまうほどあっけなく終わった。

 無理もないよ。

 何せ卒業する学生は百人くらいしかいないし、その学生の親なんかは参加をお断りしている。

 宝神は徹底した合理主義の大学だ。

 従って何の意味があるのか判らない来賓挨拶とか偉い人の訓示なんかはゼロ。

 あくまで儀式なんだよ。

 信楽さんに聞いたけど今現在の宝神総合大学学生は全世界にいるそうだ。

 去年の正規入学生は数千人。

 矢代興業やその関連会社の正規社員だけでそのくらいになる。

 それ以外の契約社員やバイトから成る聴講生はその数倍に達しているらしい。

 新入学生は毎年増えている。

 僕たち第一期生は百人を越えた辺りだったけど、次の年には一桁上がった。

 その次はさらに数倍。

 物凄い速度で発展し続ける矢代興業とその配下の企業グループが人を採用し続けていて、宝神は既に日本どころか世界でも独自の教育方針で知られる堂々たる一流大学と思われているということだった。

 僕は知らないけど。

 いや、未だに矢代興業の取締役会の隅に在籍はしているけど何もしてないから。

 比和さんみたいに事業部門を任せられているわけでもない。

 ただいるだけ(笑)。

 そんな僕だけど今年で宝神を卒業する。

 でも何も変わらないんだよなあ。

 心理歴史学講座の特任教授職はそのままだし、矢代財団理事長職も継続だ。

 あ、ちなみに宝神総合大学の理事長職もまだ続けている。

 辞任させて貰えなかったんだよ。

 名前だけだけど。

 実務は末長さんが理事長代理として学長兼任のままやってくれている。

 何でも人事上の理由だそうだ。

 信楽さんによれば宝神の理事長は利権の塊で、なまじの人にやらせると勢力バランスが崩れるとか。

 末長さんにやって貰えばいいんだろうけど既に学長だしね。

 この学長職も難しい立場で、変な人にやらせたら宝神が混乱する。

 かといって学長と理事長を兼任させたら末長さんの権限が強力になりすぎるとか。

 面倒くさいけどそんな理由で僕が理事長をやらされているわけ。

 僕は何も言わないし誰にも影響を及ぼさないから案山子もしくは神輿として最適なんだろうね。

 まあいいけど。

 最後に末長学長から訓示というか「皆さんおめでとう。卒業しても何も変わらないけど楽しくやって下さい」とかいうふざけた激励があって卒業式が終わった。

 茶番だよね。

 なぜか会場の雰囲気が盛り上がる。

 本番はこれからだ。

 そして壇上に上がったのは矢代芸能が誇る聖女様だった。

 相沢さんは聖騎士隊(違)に(かしず)かれた後、なぜか僕の前に来て言った。

「お久しぶりです。

 大地さん」

 いや、一昨日(おととい)一緒に夕食食べたよね?

 まあ社交辞令か。

 立ち上がって礼をする。

「ご苦労様です。

 相沢さん」

「ありがとうございます。

 それから卒業おめでとうございます」

 相沢さんが微笑むと周囲の空気中に光の粒が舞う(ような気がする)。

 僕の周りの人たちが圧倒されてるけど、信楽さんが無表情だから別にいいか。

「ありがとう」

「それではまた」

 意味深な微笑みを残して相沢さんは踵を返した。

 そのまま舞台中央で悠然と立つ。

 これも演出なんだろうね。

 だって会場中のテレビカメラが相沢さんを追っているんだよ。

 ネットでライブ中継されているはずで、信楽さんかシャルさんが何か企んでいるとみた。

 別にいいけど。

 相沢さんはちょっと俯いてから顔を上げて言った。

「皆様。

 ご卒業おめでとうございます。

 僭越ながらお祝いに歌わせて頂きます」

 それから相沢さんはいきなりアカペラで歌い出した。

 聖歌だ。

 相沢さんが前世で聖女として活躍? していたオンラインゲームでの持ち歌らしいけど曲と歌詞自体は何てことはないアイドルソングみたいなものだ。

 でも相沢さんは去年、これでグラミー賞を受賞した。

 シャルさんは結局、相沢さんを歌手として売り出したんだよね。

 女優やアイドル、モデルなんかは無理だった。

 本人の演技はともかく共演者が使えなくなってしまうんだよ。

 俳優だけじゃなくて上は監督から下はプロンプターとかの下っ端まで半分くらいは信者になってしまうらしい。

 映画製作は頓挫するし舞台に出せば相沢さん以外の役者が存在ごと忘れられてしまう。

 結局はソロで歌うことくらいしか出来なかったと。

 その歌も酷い話で相沢さんが本気で歌うとABCの歌だろうがヘビメタだろうが聖歌になってしまったりして。

 だから相沢さんは全力で手抜きする。

 それでも会場を聖なる輝きが満たしていく。

 僕には雰囲気的にその場が聖堂化するように思えるだけなんだけど、信者に言わせると天上の楽園が降りてきたように感じられるそうだ。

 一部では聖人に列しようという動きもあるらしくて、相沢さん自身が全力で抵抗している。

 いくら前世が聖女だったからと言ってそんなの嫌だよね。

 そもそも相沢さん、キリスト教徒じゃないし。

 本人はごく普通の生活を望んでいるんだけど無理だろうなあ。

 聖歌が終わって相沢さんが一礼しても会場は静まりかえったままだった、

 しばらくして満場の拍手が沸き起こる。

 前列のかなりの人達が跪いたり祈ったりしているけど気にしない。

 倒れている人もいて失神したんだろうな。

 いつものことだ。

 これでも随分マシになった方なんだよ。

 最初の頃は歌う度に周囲の時間を止めていたもんね。

 全力で歌うと今でもそうなるらしい。

 だから相沢さんは「本気で」手抜きしている。

 グラミー賞の授賞式で歌わされた時は緊張したと言っていたな。

 死ぬほど平坦(フラット)に歌ったけど拍手が鳴り止まなくて何度もアンコールさせられて参ったそうだ。

 以来、相沢さんは絶対にアンコールに応じないようにしているらしい。

 切りがないから。

 相沢さんが舞台の袖に引っ込んでからも十分くらいは拍手が鳴り止まなかったけど、とうとうアナウンスが「これで終わりです」とか言ってようやく収まった。

 やれやれ。

 僕と信楽さんは袖で見ていたけど相沢さんが信者じゃなくてスタッフに囲まれていた。

「どうでした?

 亡くなったりした方はいませんでしたか?」

 相沢さんが心配そうに尋ねているけど歌っただけで人が死ぬ心配って何だよ(笑)。

 でも前には本気で呼吸や心臓が止まった人もいて、回復した後に滂沱の涙と共に「私は天の国を見た」と証言したとか。

 勘弁して(泣)。

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