59.食後だというのによく入るね?
神出鬼没な超能力者が去るとほとんど同時に劇場が暗くなった。
いや映写室とかのレベルじゃないよここ。
立派な劇場だ。
さて。
僕はポップコーンを頬張りながらスクリーンを眺めた。
何が出るんだろう。
画面が明るくなる。
これは?
「碧さん、何これ」
『再現ドラマです。
【カマロンの戦い】は1863年にメキシコで起きたフランス人外人部隊の悲劇的な戦いで』
「いやそれはいいんだけど、何でいきなり壊滅してるの?」
『立て籠もり側のフランス外人部隊が65名に対してメキシコ陸軍は騎兵と歩兵合わせて二千人だったので当然の結果です。
それに皆殺しにはなってませんよ。
20人くらいは生き残って降伏しました』
そんなことを言ってるんじゃない!
画面には血まみれで死屍累々と横たわる兵隊さんたちの姿が。
派手な軍服と古くさい銃や剣が散らばっている。
昔の戦争か。
ちょっと興味が湧いたのでポップコーンを食べながら見てみた。
再現ドラマらしく随所で説明が入るので大体判ってきた。
当時メキシコとフランスは戦争していた。
フランス正規軍の輸送部隊を護衛していたフランス外人部隊が囮となってメキシコ軍を惹き付けて輸送隊を逃がそうとしたらしい。
民家に立て籠もって30倍の敵と11時間に渡って戦って壊滅。
その間に輸送隊は無事に目的地に着いたと。
フランス外人部隊ではこの勇壮なる自己犠牲を記念して記念日まで作ったみたい。
ちなみにフランス外人部隊の話は聞いたことがある。
要するに傭兵なんだけど歴史と伝統の名誉ある部隊なのだそうだ。
ドラマが終わって劇場が明るくなる。
感動的な話だった。
「でも壊滅してるよね?」
『していません。
生存者が』
いや、隊員の半分以上が死んで無傷な人がほとんどいなかったって事は全滅どころか壊滅だよ。
しかもこれ、囮として何でもない民家か何かに立て籠もって戦ったという、それ自体は無意味な戦いだし。
酷すぎる。
「あんな普通の家で籠城しても持たないじゃないか。
敵の数が多すぎるし。
せめて砦なら」
『ご要望のままに』
碧さんが言って周囲が暗くなり、またスクリーンに映像が映った。
焼け落ちる砦。
兵隊に殺されていく人たち。
格好は色々だけど戦闘員みたい。
やっぱり人数が圧倒的で、最後は砦の全員が殺されてしまった。
再び明るくなる劇場。
「何これ」
『【アラモの戦い】です。
1836年に起きたテキサス独立戦争での出来事で、アラモという土地の伝道所に独立派が立て籠もって当時のメキシコ共和国軍と戦いました。
攻撃側は1600人でしたが砦にいた300人から400人は全員死んだとされています』
またメキシコかよ!
アラモか。
聞いたことはある。
ジョン・ウエインが監督・主演した映画があったと思う。
でもよく知らないし、今の再現ドラマじゃ何も判らないんだよね。
何かクライマックスしか再現してなかったような。
そもそもテキサス革命軍って何?
「何でテキサスをメキシコが攻めるの?
ていうか独立って?」
思わず聞いてしまった。
『当時、現在のアメリカ合衆国テキサス州はメキシコの一部でした。
そこから独立しようとした住民が革命政府を立ち上げて、メキシコ共和国軍が鎮圧の為に攻めてきたわけです』
説明されてしまった。
碧さん、詳しいね。
ガイドシステムだから当然だけど。
「でも砦にはアメリカ軍がいたような」
星条旗がちらほらあった。
『義勇兵を正規軍の将校が率いていたとされています。
軍隊の記録に残っている将校などは名前が判っていますが、その他は歴史というよりは伝説ですね。
デイビー・クロケットも参加していてそこで戦死したとされてますが実は処刑されたと記録にあるようです』
「デイビー・クロケットって誰?
……いや説明しなくていいから」
僕はガックリと肩を落とした。
また立て籠もった人たちが全滅する話か。
しかもさっきのは民家だったけど今度は砦だよ!
不吉過ぎる。
「碧さんは矢代邸に何か思うところがあるわけ?」
『とんでもありません。
ですが矢代邸が壊滅しても大地さんだけは脱出出来るように準備はしてありますからご安心を』
かえって心配になったよ!
コークを自棄飲みしていたら碧さんが言った。
『信楽様のお食事が終わるようです。
どうしますか?』
だから美少女ゲームじゃないっての。
まあいいや。
「会いに行くよ。
信楽さんは食堂?」
『はい。
伝えます』
僕はコークを飲み干すとポップコーンの容器を抱えて立ち上がった。
いや、意外と言っては何だけど美味しいんだよ。
「ここはこのままでいい?」
『担当の者が片付けますので』
「ならよろしく」
スマホの案内で劇場を出る。
見せられたコンテンツはアレだったけど設備自体は凄かった。
今度ゆっくり劇場アニメでも観よう。
ポップコーンをつまみながら食堂に行くと信楽さんがメイドさんたちに給仕されながら珈琲を飲んでいた。
貴族のお嬢様?
いや信楽さんは普段着だから違和感があるんだけど周りのメイドさんたちは正統的なメイド服だし。
メイドさんたちは僕を見ると一斉にお辞儀してから無言で下がった。
何この状況?
「私ぃも困ってますぅ。
過保護過ぎますぅ」
信楽さんも肩を落としていた。
僕は信楽さんの正面に座った。
ポップコーンの容器をテーブルに置く。
「何があったの?」
「比和先輩からぁ指令が出ているみたいですぅ。
私ぃの専属お世話係がぁ何人もいてぇ」
「ああ、そういうことか」
矢代興業のメイドさんたちは全員、比和さんの配下だ。
会社組織とは別にメイド部隊と称する裏組織があるらしいんだよ。
その構成員は非常時には所属に関わらず比和さんの命令にのみ従うらしい。
やっぱ厨二病設定だった(泣)。
「まあ信楽さんの事を心配しているんだから」
「それだけじゃないですぅ。
露骨に監視されているようなものですぅ。
……ところで矢代先輩ぃ。
美味しそうなもの食べてますねぇ?」
「あ、これ?
さっき劇場で貰ってさ。
食べる?」
「頂くですぅ」
ポップコーンを美味しそうに食べる信楽さん。
食後だというのによく入るね?




