58.今度はメイドなの?
起き抜けに直接電話するのもアレなので碧さんを通じて信楽さんの予定を聞いて貰った。
いやもちろん信楽さん本人にじゃないよ?
信楽さん専用の秘書システムがあるそうだ。
これは碧さんたちと違って純粋な秘書ソフトウェアでスケジュール管理からメール対応までやっているとか。
それだけじゃなくてある程度の会話機能もあるらしい。
それって既にAI?
『違います。
汎用型のガイドシステムですね。
我々の指令機でもあります』
碧さんも淡々と言うよね。
感情の無いシステムが上司って何か怖くない?
『大地さんは私の正体を忘れています。
碧はただのガイドシステムですよ?
命じられる通り任務を遂行するだけです』
その口調がガイドじゃないっての!
まあいいや。
「で?
どうなの?」
『推定ですが信楽様は身支度の後、朝食を摂られる予定です。
今から1時間後くらいには用意が整うと』
何の用意、とかは聞かない。
つまり姫君の謁見までそれくらいはかかるということね。
だったらどっかで時間を潰さないと。
(何でそんなにお嬢ちゃんに拘るんだ。
好き勝手したらいいじゃないか)
無聊椰東湖は判ってない。
信楽さんがいないと僕は何していいのか判らないんだよ。
変な事して信楽さんの計画を邪魔したら拙いでしょ。
(完全に尻に敷かれているな。
いや調教か)
ラノベやエロ小説的な言い方は止めて(泣)。
でもまあ、それに近いものはあるかもしれない。
さすがの僕にでも判る。
もう好き勝手に動ける状況じゃない。
いや動こうと思えば動けはするけど。
そして信楽さんは僕の行動を完璧にサポートしてくれるはずだ。
でもそれ、単に騒動の種を撒いてみんなに迷惑をかけるだけだよね。
そんなのは嫌だ。
それに僕、何かもうやりたいことって無くなってきているような。
アニメやラノベにも興味無くなったし。
だって現実の方が凄いんだよ。
既にそこらのハーレムアニメでも無理なほど美少女や美女が集まってしまってる。
現実がラノベだったら現時点でももう話が破綻しているというか、大風呂敷を広げすぎてどうにもならなくなっている状況だ。
エピローグに到達する前に打ち切りなんじゃないかな。
(だがここは現実だ。
現実にはエピローグも打ち切りもないぞ。
矢代大地が死にでもしない限りは)
ひょっとして僕、死んで終わり?
ていうか僕は主人公じゃないし。
それはモブとは言えないかもしれないけど、配役で言えば狂言回しなんじゃないかな。
妖精とか聖女様とか依代とか精神生命体とか魔王とかの物語を語る役割の。
(自虐はその辺にしておけ)
へい。
僕はいつの間にか碧さんが映っているスマホに言った。
「1時間くらいゆったり出来る所、ない?」
『娯楽室でしょうか』
「あそこは広すぎて落ち着かないからパス。
他は?」
『映写室があります』
おおっそんな設備が。
「それいいな!
映画とか見られるの?」
『オンデマンドで大抵の記録は見られます。
映画でもアニメでもドキュメンタリーでも』
「ならそこで」
『こっちです』
スマホの矢印に導かれて到達した映写室は地下にあった。
スクリーンは大きいけど部屋はあまり広くない。
というよりは席数が少ない。
全部で20席くらいしかないんじゃない?
その分、椅子が豪華で旅客機のビジネスシートみたいだ。
『あまり大勢で使う設備じゃないので』
それはそうか。
忘れていたけど矢代邸って公共施設じゃないんだよね。
使うのは基本、住んだり働いたりしている人たちだけだ。
一度に20人でも多すぎるかも。
「どうやって使うの?」
『好きな席に着いて下さい。
後はスマホで操作出来ます』
僕が適当な席に座ると碧さんが言った。
『おつまみは必要ですか?』
「欲しい」
『ポップコーンとコーラでよろしいでしょうか』
「それで」
至れり尽くせりだなあ。
ブツが届くのにしばらくかかるというのでコンテンツを選ぶことにする。
アニメや映画でもいいけど1時間くらいで出る予定だから短い方がいいかも。
「オンデマンドって何でもあるの?」
『大手の主要な配信業者は全部契約していますので。
映画はもちろん海外ドラマでもスポーツでもヒストリーでもニュースでも何でもありますよ』
うーん。
選択肢が多すぎると迷うよね。
まあいいか。
どうせ時間潰しだ。
「じゃあ1時間くらいのコンテンツで。
フィクションじゃないのがいい」
碧さんが珍しく沈黙したかと思うと言った。
『……再現ドラマというかセミドキュメンタリーはどうでしょうか。
歴史上の出来事を役者とセットでストーリー化したものですが』
時間がかかったのは答え探しのためか。
それはそうだよ。
僕の人格シミュレーションからは出てこない提案だもんね。
単なる受け答えとは次元が違う。
ていうかよくそこまで対応出来るな碧さん。
やっぱもうAI化してるんじゃないの?
「それでいいよ。
適当にお願い」
面倒くさいのでお任せする。
再現ドラマってテレビで時々やっている奴だな。
猟奇殺人事件とかミステリ的な犯罪とかをストーリー仕立てでやる奴。
日本でも立て籠もり事件や火災の解説なんかで時々やっているような。
「失礼します」
突然後ろのドアが開いて誰かが入って来た。
メイドさんだ。
いや比和さんじゃないよ。
小柄で華奢。
信楽さんのお付きの人か。
「ご注文のポップコーンとコークでございます」
そのメイドさんは僕のそばに来ると流れるような動きでサイドテーブルにトレイを置いた。
ポップコーンの大盛りというか、でかい容器に山盛りだ。
コークの紙コップは片手で掴めないくらい大きい。
「ありがとう」
「他にご注文はございませんか?」
「とりあえずないので」
「では失礼します」
ビジネスライクに言って去るメイドさん。
ていうか胡堂くん。
今度はメイドなの?




