53.何か周りが暗くなってきたから止めて(泣)
静村さんとパティちゃんが食べ始めてすぐ、慌てた様子の相沢さんが現れた。
起き抜けみたいだけど相変わらず壮絶に綺麗だ。
僕はもう慣れたけど普通の人だったらVRと間違えるかも。
「すみません!
寝坊しました」
いや別に遅刻したわけじゃないと思うけど。
「お早うございます。
朝食になさいますか?」
比和さん、ブレないね。
キッチンメイドになりきっているみたい。
「あ、はい。
食べます」
流される相沢さん。
「和風と洋風がございますが」
「では和風でお願いします」
僕が言うのも何だけどみんな日本式がいいのか。
相沢さんが座りかけて慌てて頭を下げてきた。
「すみません!
お早うございます」
「お早う相沢さん」
「先に頂いています」
「なかなかじゃぞ。
やはり妖精の力は依代に匹敵するの」
いや静姫様、ご飯が美味しいのは比和さんが妖精というより優秀なメイドさんだからだと思います。
同じ事か(泣)。
その間に比和さんはキッチンに引っ込んだかと思うとほとんどすぐにワゴンを押して戻って来た。
速すぎるから何か仕掛けがあるのかも。
「相沢様。
ご注文の朝食でございます」
「あ、はい。
ありがとうございます」
相沢さんは素直に箸を取ってから慌てて言った。
「あの!
だったら皿洗いは私が」
「本日のキッチンメイドは私が担当しております。
相沢様には気に病まれることございませんよう」
つまり引っ込んでろと。
相沢さんはしゅんとして腰を降ろすとモソモソと食べ始めた。
本日の勝負、比和さんの勝ち?
ていうか相沢さん、聖女様が皿洗いはちょっと。
「相変わらずじゃのう」
静姫様がお茶を飲みながら囁いてきた。
「何が?」
「家事争いよ。
どっちも忙しくて滅多に出来ないから焦っておる」
そうなのか。
妖精と依代がご飯を作ったり後片付けしたくて競争していると?
「静村さんはいいの?」
聞いてみた。
「私は別にそれほど家事がしたいわけではないので。
というよりはむしろ苦手です。
面倒くさいというか」
さいですか。
これは静村さんだから本音なんだろうな。
この人、依代だけあって食事を作ったら壮絶に美味しいものが出来上るんだけど、そういえば料理にあまり手を掛けている風でもなかった。
最初に会った時だってランチをご馳走してくれるというから何が出るのかと思ったら、確かスーパーで買ってきた食パンに野菜、ハムなんかを挟んだだけのサンドイッチだったもんね。
物凄く美味しかったけど。
その後、炎さんが欠伸しながら現れて初めて洋風の朝食を希望したりしたんだけど、いつまでたっても信楽さんが現れない。
碧さんに聞いたらまだ寝ているということだった。
健康上の問題じゃなくて単に疲れて寝坊しているだけみたい。
「信楽も卒業式と矢代邸の手配を終えて気が緩んだんじゃろう。
最近忙しかったからな。
寝かせておいてやれ」
静姫様の断定で信楽さんには休んで貰う事にして全員で居間に移動する。
ちなみに相沢さんは嬉々としておつまみや飲み物を用意していた。
下僕体質の聖女様って(泣)。
ほっといたらパーティの荷物持ちとかになりそう。
一同がソファーに落ち着いた所で聞いてみた。
「ところでこれからどうするの?
何も聞いてないんだけど」
「予定はどうなっている?」
静姫様がなぜか比和さんに聞いた。
うーん。
確かにこの中では一番実務系の仕事をしているからね。
いや僕だってやってるけど(汗)。
「私は休暇……のはずです。
それに信楽殿がいない場合の指揮はパトリシアさんが執るので」
比和さんが平然と振った。
パティちゃん?
まだ中学生なのに?
ああ、そういえばパティちゃんって「副司令官」だったっけ。
信楽さんの副官だもんね。
副官は司令官がいない時は代理で部隊の指揮を執るんだった。
「待機です」
パティちゃんも平然と応える。
「今回は攻勢防御策ということです。
種は撒いたので芽が出るまで待つということで」
「なるほど。
だから矢代邸に籠もるわけか」
「そうですね。
もちろん全員で籠城は出来ませんが、少なくとも矢代先輩は外出禁止です」
パティちゃんが酷い事を言った。
外出禁止って僕、門限破りとかしたの?
「そうですね。
私も一度は本社に出なければ」
「明日からツアーです……」
「我も一度は寮に戻らんとならぬの。
それにここの温水プールでは満足に泳げん」
「魔王軍の引き継ぎがあるので」
みんな冷たい(泣)。
ていうか僕、宝神にも行けないのか。
仕事は……そういえばなかった。
考えてみたら僕が大学を卒業したって事は年度末だ。
新年度新学期が始まるまでかなり余裕があるし、その間は心理歴史学講座も休業状態。
そもそも教授の仕事って学生に目標管理票を書かせて難癖つけて(違)書き直しさせる事だもんね。
それくらいだったら矢代邸でも出来る。
あれ?
僕、どっかに出勤する必要ってなくない?
「矢代殿もここらで骨休めしたら良かろう。
本当なら卒業祝いに旅行でもするところじゃが、その代わりに矢代邸で遊ぶんじゃな」
「それはいいですね。
私も貯まっている休暇を取りたいと」
比和さんが嬉しそうに言うと炎さんが続ける。
「当分はここから出勤すればいいですよね。
私も夜は出来るだけ帰ってきます」
「私も転校の手続きが終わったので。
矢代先輩につきます」
炎さんとパティちゃんは自由か。
「私はツアーです……」
相沢さん。
何か周りが暗くなってきたから止めて(泣)。




