51.それだけは止めて(泣)
朝からイラついてしまったけど矢代興業にいたらこのくらいは日常茶飯事だ。
僕は気にしないことにして、とりあえず寝室からスマホを持ってきてテレビを観ながら珈琲を飲んだ。
朝の海外ニュースでやっぱり相沢さんのチャリティコンサートの話題が出ていた。
地球規模でコンサートをして回っているみたい。
スポンサーには世界的に有名な企業が大量に参加していて、集まった莫大な資金は難民キャンプの支援に使われるそうだ。
コンサートが終わった後、相沢さんが乗った飛行機が飛び立って国外に出るまで内戦中なのに政府軍と反乱軍が休戦していたらしい。
双方ともすべての航空機を着陸させた上で対空ミサイルの発射装置の電源を落として封印するほど誤射を警戒していたとか。
うっかり聖女様を打ち落としでもしたら政府軍も反乱軍も関係なく世界中が敵に回るからね。
下手すると国ごと消滅させられてしまうかもしれない。
恐るべし相沢さん。
まだ宗教団体が立ち上がってないのが不思議なくらいだ。
(あるだろう。
矢代興業内に)
無聊椰東湖の言う通りかもしれない。
少なくとも前世NPCの人たちは信者だし矢代警備の一部は既に聖騎士隊化しているもんね。
関わり合いになりたくないけど無理だろうなあ。
また一緒に住むみたいだし(泣)。
まあ、相沢さんは仕事で忙しくてあまり日本にいないみたいだから大丈夫か。
(あれほどの戦力だぞ。
今後の矢代大地には必要じゃないのか?)
相沢さんは戦力なんかじゃないし、例えそうだったとしたって威力がありすぎて使えないでしょ。
核兵器みたいなものだ。
相沢さんが矢代興業にいる、という事実だけで正直言って無敵という気がする。
珈琲を飲み終わると腹が減っているのに気がついた。
冷蔵庫や戸棚を探してみたけど食べ物が何もない。
飲み物だけか。
「碧さん」
空中に向かって呼びかけるとすぐに返事があった。
『はい大地さん。
朝食の用意は出来ています。
食堂で食べますか?』
ちょっとサトリの化物が入っているけど無視。
「ここでも食べられるの?」
『ご希望ならルームサービスも出来ますが』
ホテルかよ!
「いや食べに行くよ。
案内お願い」
『判りました。
まず着替えて下さい』
ありゃ。
確かに寝間着代わりのトレーナーのままだった。
そんな所までチェックしてくれるのか僕の秘書さんは。
助かるようなウザいような。
碧さんの指示に従って納戸に服を取りに行く。
新品の衣類が下着からズボンなシャツ、靴下まで揃っていた。
もちろん僕にぴったり。
誰が揃えたんだろう。
気にしない気にしない。
ポケットにスマホを入れて出発。
自動で開閉こそしないものの部屋を出て、自分で鍵をかけるドアを後に廊下を進む。
しばらく歩くともう自分がどこにいるのか判らなくなったけど案内があるから大丈夫だ。
食堂というよりはレストランな内装の部屋に入ると比和さんが輝くような笑みをくれた。
「お早うございます!
ダイチ様」
「お早う比和さん。
今日はメイドなの?」
比和さんは秋葉原式じゃない伝統的なメイド服だった。
エプロンと長いスカート。
もっともゴテゴテとした飾りがないシンプルなものだ。
動きやすさを優先しているんだろうな。
「はい。
矢代興業からは休暇を頂きました。
もっともちょくちょく出なければならないのですが」
大変だなあ。
「卒業休みだね」
「そういうわけでもないのですが。
邪魔されずにダイチ様のお世話が出来る機会は逃せません」
なるほど。
実は僕も一応は休暇中だ。
宝神を卒業したからね。
本当は卒業旅行とかしたかったんだけどそれは無理なので、しばらくのんびりしようかと思っていたんだよ。
温泉旅館でダラダラするとか。
晶さんに頼めば矢代リゾートの旅館かリゾートホテルにお忍びで滞在くらい出来るのではないかと期待していたんだけど。
まさか新居で引きこもりとは(泣)。
「朝食はどうなさいますか?」
比和さんが聞いてくるので適当に座りながら応える。
「じゃあ和風で」
「かしこまりました」
このやり取りも久しぶりだ。
比和さんは暇が出来ると、というよりは時々無理にでも暇を作って矢代家でメイドをやっていた。
仕事でストレスが溜まって精神状態が悪化するらしい。
僕たちのメイドをやることで憂さを晴らして何とかやる気を取り戻すのだと言っていたっけ。
そんなにメイドをやりたいんだったらやらせてあげたいんだけど駄目だそうだ。
まず比和さんをメイドとして雇えるほどのお客さんが存在しない。
世界的な経営者をウェイターとして使うようなものだ。
それにもう比和さんがいないと回らない、とまではいかないけど効率が落ちたり統制が崩れたりする部門や組織が多いらしい。
比和さんの「顔」で受けている事業なんかもあるので引退は許されない。
まだ22歳なのに(泣)。
まあそんなことを言い出したら黒岩くんや八里くん、神薙さんを初めとした矢代興業の幹部は全員似たようなものだけどね。
すぐに引退出来るのは僕くらいだろう。
(確かにな。
矢代大地がいきなり消えても何の支障もない)
別にいいでしょ!
比和さんがキッチンに引っ込んだかと思うとすぐにワゴンを押して戻って来た。
早すぎるから準備はしてあったんだろうな。
多分洋風のも。
最高のメイドと言われる所以だよね。
ていうか比和さん、僕がいつ来るか判らないのに早朝からキッチンで朝食作って待っていたのか。
いいんだろうかこんなんで。
(いいんじゃないの。
本人は幸せそうだし)
無聊椰東湖の投げやりな台詞の通り比和さんはニコニコしていた。
ストレスが緩和されてそう。
ならいいか。
「どうぞ。
ダイチ様」
「ありがとう比和さん。
一緒に食べない?」
言ってみたら一瞬迷ってから頭を下げる比和さん。
「喜んで」
メイドを貫くとしたら僕が食べる間、後ろに立っていそうだからね。
それだけは止めて(泣)。




