44.それただの歌詞だから(泣)
「良かったよ」
比和さんの気を逸らせたい事もあって手をとって僕の隣に座らせる。
「喉渇いてない?
ミネラルウォーターとか」
「ありがとうございます。
ダイチ様」
並んでいるペットボトルを適当に渡すと比和さんは嬉しそうに微笑んだ。
「失礼して」と言いながらペットボトルの蓋を開けてぐい飲みする。
額や頬に浮かぶ汗がキラキラしていたりして。
何か美しい若武者が杯を空けているみたいでぼーっと眺めてしまった。
「あの……ダイチ様」
「あ、うん。
何?」
「そのように見つめられると」
比和さんが真っ赤になっている!
失敗った。
「比和先輩がぁ綺麗なのでしょうがないですぅ」
信楽さんが助けてくれた。
「そうそう。
上手く言えないけど感動的だった」
敢えて違う方向に誘導する。
いや、直前まで歌っていたあの歌とのギャップが凄いんだよ。
今の比和さんはあの歌の歌詞に出てきた性格破綻男なんかぶった切ってしまいそうで。
間違っても駄目男に尽くすとか有り得ない。
比和さんも引き出しが多いなあ。
(当たり前だ。
外見は20代でも前世では王宮メイド長まで上り詰めた女傑で王女の代役までやっていた上に妖精だぞ。
人生経験が矢代大地なんぞとは比べものにならん)
悔しいけど無聊椰東湖の言う通りだ。
比和さんだけじゃない。
信楽さんだって生きてきた年数で言えば後期高齢者(笑)だし、他のみんなも前世の人生は波瀾万丈。
まあ炎さんは違うと思うけど。
相沢さんと静村さんは年齢通りではあるけど依代だからね。
僕なんか足元にも寄れない。
「矢代先輩はぁ特別ですぅ」
「そうです!
ダイチ様が全てです!」
ワケが判らない励まし方をされてもね。
まあいいや。
ソファーに寄りかかって舞台を見ると炎さんが熱唱していた。
今度は沢田研二かよ!
いや確かに合ってはいるけど。
気障ったらしい所なんかぴったり。
炎さんが歌い終わって拍手と共に舞台を降りると静村さんが立ち上がった。
二曲目は何だろうと思っていたら普通の歌謡曲? だった。
「これもアニソンですぅ」
「そうなの?」
知らない曲だけどアニソンってOPやEDだけでも年に何百曲も出てるからね。
マイナーアニメの主題歌なんか知らない方が圧倒的に多い。
挿入歌や最近はキャラソンもあるし。
「何のアニメ?」
「水泳選手のですぅ」
そんなのあったっけ。
もっともアニメの歴史は古いし僕の知らないアニメも無数にあるか。
それにしても静村さん、やっぱり水泳に拘るみたい。
静村さんが歌い終わると次はパティちゃんだ。
その順番だっけ。
パティちゃんが楽しそうに歌っているのを見ていると相沢さんが寄ってきた。
「大地さん。
お願いがあるのですが」
ちょっと思い詰めた表情だったりして。
「何でもきくけど」
相沢さんのお願いを断れる奴なんか地球上にいないでしょう。
比和さんと信楽さんは黙っていた。
僕に任せてくれるらしい。
ならばいいか。
さあこい!
「その……次の曲をデュエットして貰えませんか」
済まなそうに言う相沢さん。
そう来ましたか。
なるほど。
ただ歌っているだけだといつものコンサートと一緒だもんね。
ならば変化をつけてストレスを解消したいと。
もちろんです。
「いいよ。
僕も試してみたいことがあるから」
そう、転んでもただでは起きないのが僕だ。
パティちゃんに言われた事が気になっていた。
相沢さんの聖歌に影響される僕が、どうしてデュエットなら平気なのか。
僕ならいつか時間停止を遮断出来るようになる、とパティちゃんが言っていたもんね。
「相沢さんには迷惑をかけてしまうかもしれないけど」
「それはいいんです。
私の我が儘なので。
大地さんが何をするのか興味がありますし」
相沢さんが快諾してくれた。
よし。
「いい?」
二人に聞いてみる。
「矢代先輩のぉ思う通りにするですぅ」
「ダイチ様なら大丈夫です!」
何か思っていたのと方向が違う激励を受けてしまった。
つまりいいって事だよね?
パティちゃんが歌い終わる。
では。
僕は相沢さんと一緒に舞台に上がった。
マイクを手に歌詞表示用の画面を見る。
デュエット曲じゃない。
アニソンだ。
しかも当然だけど女性歌手!
更に言えばラブソング!
超有名曲だよ!
相沢さん、こんな歌を!
「どういう風にデュエットする?」
内心の動揺を抑えて聞くと相沢さんは無邪気に微笑んだ。
「大地さんのご自由に。
私が合わせますので」
いや。
それはきついよ!
こんな有名曲を男の僕が自由に歌えと言われても。
(しょうがないだろう。
ガンバレ)
無聊椰東湖の投げやりな激励が痛い。
ならば覚悟を決めるか。
イントロが始まって僕はマイクを構えた。
さあ!
「♪今あ○たの声が聴こえる『ここにおいで』と 淋し○に負けそうなわたしに……」
裏声を振り絞った(泣)。
僕、高音は割とイケるんだよ。
かなり高い声が出せる。
コントロールが難しいので普段はあまりやらないけど。
相沢さんが被せてきた。
「「♪今あなたの姿が○える 歩いてくる 目○閉じて待っているわたしに……」」
何とか合った。
うん、時間停止はしていないみたいだ。
別に身体の力が抜けるわけでもない。
眠くもならない。
つまり僕、相沢さんの歌に抵抗出来ているわけね。
相沢さんを横目で見たら嬉しそうに歌っているのはともかく身体から露骨に光の粒が湧き出ている(ように見える)んだけど。
これも聖歌化したな。
ならば。
もう数フレーズ歌ってから間奏の間に僕は動いた。
相沢さんに頷いてから舞台を降りる。
数歩離れて相沢さんに向き合って再開してみた。
「「♪おぼえて○ますか 目と目が会っ○時を おぼえていますか 手○手が触れ合った時……」」
よし。
時間も止まらないし気絶もしない。
歌いながら一歩一歩後退する。
相沢さんも僕の意図が判ったのか歌いながら頷いてくれた。
もうソファーのそばだ。
「「♪……それは○じめての愛の旅立ちでした I love you, so……」」
いきなり後ろから抱き留められる僕。
背中に巨大な質量が。
耳元で囁かれる。
「I love you, so.」
比和さん。
それただの歌詞だから(泣)。




