3.二人とも真っ赤になっちゃっているよ!
チャイムが鳴った。
比和さんが機敏に立ってインターホンと話してから振り向いて言った。
「車が来たようです」
「じゃあ行こうか」
「はいですぅ」
みんなで食器やコップなんかをキッチンに運ぶ。
いやほっといても通いのメイドさんが片付けてくれるんだけど何かだらしないような気がして。
それに放置すると比和さんが食器を運んだ上で皿洗いまで始めてしまうんだよ。
メイドの血が騒ぐらしい。
全員で玄関を出る。
鍵は僕がかけたけどみんな持ってるから問題ない。
門の前に停まっているリムジンに乗り込むとすぐに走り出した。
角を曲がると前後に護衛の車がつくのが見えた。
相変わらず大袈裟だけどパパラッチはともかく信楽さんが何度か攫われかかったことがあったんだよね。
しかもその大半は組織的臭かったらしい。
襲われそうになったこともあって、そっちの犯人は何か社会に不満がある人だったそうだ。
信楽さんが無力で抵抗しないように見えるんだろうな。
どっこい、信楽さんのセキュリティは完璧だ。
専従の護衛隊が組織されていて3交代くらいで24時間守っているとか。
おかげでこの1年くらいは問題なし。
もっとも誘拐や襲撃がなくなったわけじゃなくて発生する前に先手を打って潰しているかららしい。
担当の神薙さんは詳しい事を教えてくれなかったけど、もはや信楽さんは国際的な目標になっているそうだ。
誘拐されたら身代金が凄いだろうからね。
矢代興業はいくらでも出すぞ。
そんなサスペンスやスリラーみたいな話が本当にあるんだなあ。
実は信楽さんだけじゃなくて比和さんとかも誘拐や襲撃対象だ。
僕も(泣)。
雑魚なのに何で?
矢代興業で情報統制してくれてるから今ではほとんど露出はないんだけどね。
最初の頃は案山子として変に目立っちゃったからなあ。
失敗した。
ちなみに何で神薙さんが危機管理の担当なのかというと矢代興業の総務担当役員だから。
総務って凄いんだよ。
「総」ての職「務」を担当するわけで、日本国の総務省と概念は同じだ。
今は違うと思うけど、第二次大戦終了までは特高つまり特別高等警察が総務省の一部門だったりして。
僕もよく知らないけどつまりはスパイやテロリストなんかを摘発する役所だ。
対諜報機関といった所か。
矢代警備にそういう部署があるんだろうな。
知らないけど。
僕はリムジンの隣の席で眠そうにしている信楽さんを見た。
外見は就活中の女子大生なんだけどなあ。
下手すると女子高生にも見える。
「何ですぅ?」
「いや眠そうだなと思って。
本当に大丈夫?」
「何とかですぅ。
式典までにはぁ起きますぅ」
目を開けたまま寝ていたらしい。
そういえば信楽さん、複数の思考回路を持っていると言っていたっけ。
そういう妄想なんだろうけどスペック的には有り得たりして。
その時反対側の席の比和さんが身じろぎした。
ポケットからスマホを取り出す。
「何か」
『神薙殿からご伝言です』
チラ見するとスマホの画面には毅然とした表情の黒髪美少女が映っていた。
比和さんのAI秘書だ。
碧さんの妹の一人でキャラモデルは何と比和さん自身。
妹という設定なので少し幼いけど比和さんの美貌と巨乳も受け継いでいる。
CG美少女が巨乳って意味があるとも思えないけどAI秘書を作る時に比和さん自身が希望したんだよね。
自分をスキャンしてキャラメイクしろと。
3Dスキャンで作ってほとんど修正してないと聞いたけどまあいいや。
「ダイチ様。
失礼します」
比和さんはイヤホンをスマホに繋いで神薙さんからの伝言を聞いた。
聞き終わってイヤホンを外してからスマホに言う。
「了解した」
『伝えます』
比和さんのAI秘書は比和さんそっくりの声と口調で応えてから消えた。
うーん。
ひょっとして比和さん、自分のスキャンで秘書を作ったのはそのため?
だって今のAI秘書の声って口調まで比和さんそのままだったんだよ。
マジで代役出来るかも。
「ダイチ様。
失礼しました」
「構わないけど何か問題が?」
「はい。
既に処理済みです」
詳しくは申せませんが、と言いながら比和さんが語ってくれた所では、今日の宝神の卒業式に襲撃だか嫌がらせだかを計画していた某グループを潰したそうだ。
不意を打たれたわけではなくて情報を掴んで泳がせておいた連中らしい。
「誰が主犯で何が目的なんだろう」
「いくつか可能性が考えられますが。
どちらにしても現場は使い捨てでしょうから把握は難しいと」
マジでサスペンス物だよね。
ラノベじゃない。
ラノベやアニメだったら悪役が露骨に出てくるからなあ。
黒幕だったとしても。
「ご心配なく。
そういった輩はダイチ様のお目を汚す前に処分します」
比和さんがにっこり笑いながら言った。
怖っ!
なまじ美人なだけに迫力が凄い。
でもその微笑みは優しさに満ちているんだけど。
「僕の心配より比和さん自身を大事にしてね。
信楽さんもそうだけど気をつけて」
「ありがうございます」
「どうもですぅ。
私ぃは大丈夫ですぅ」
信楽さんはまあ心配ないだろうけど比和さんはなあ。
雰囲気からすると自分で敵と切り結びかねないような。
そういえば比和さんの前世は王宮メイドで妖精だったはずだけど、その前は狩人か何かだった。
しかも王国は帝国と戦争していたんだよね。
メイドと言えど王家に仕えている以上、万一の場合は戦闘メイドとして主君を守ることになっていたらしい。
それだけじゃなしに戦場で休戦協定を締結する場に居たというんだから凄い。
つまり荒事に慣れている。
ある意味、地球の軍人とか傭兵なんかより腹が座っているかも。
「うん。
とにかく無理はしないでね。
二人とも僕の大事な人なんだし」
少なくとも信楽さんと比和さんがいないと僕が詰む。
まあそれは矢代興業のみんなも同じだけど。
(矢代大地は鬼畜だな。
よくもまあ、そんな空々しい台詞を吐けるもんだ)
え?
何で無聊椰東湖にそんなことを言われなきゃならないの、と聞きかけて気づいた。
失敗った。
二人とも真っ赤になっちゃっているよ!