38.そんな可能性があるの?
配膳が済むと僕の斜め後ろに立とうとする比和さんを無理矢理座らせる。
本人は不服そうだけどしょうがない。
僕付きのメイドをやりたいのは判るけど、そうもいかないでしょう。
みんなが何か期待しているような表情で僕を見てるのでしょうがなくて言った。
「それでは食べようか」
「「「「頂きます」」」」
なぜか揃ってしまった。
僕も目の前の料理に集中する。
ビーフシチューか。
後はスープにサラダにご飯。
気になってパティちゃんを見たけど平気で食べていた。
アメリカ人ならパンなんじゃない?
僕の視線に気づいたパティちゃんが言った。
「もう慣れました。
それに焼きたてでないパンよりは比和さんの炊いたご飯の方が美味しいので」
そうなの。
まあパティちゃんも日本が長いからね。
前世が精神生命体だし。
人種には拘らないのかも。
でもその「焼きたてのパン」って自家製のこと?
「お代わりはあるのか?」
静村さんじゃなくて静姫様が聞いてきた。
口調で判る。
水泳選手としてデビューしてからよく食べるようになったんだよね。
泳ぐとやっぱりエネルギーを消耗するみたい。
相沢さんも健啖ぶりを発揮していた。
この聖女様の場合は極端で、普通の生活をしている間は小食なんだけど聖歌を歌ったりすると途端に大食いになる。
昔、相沢さんと一緒に沖縄の島に泳ぎに行ったことがあって僕は日焼けと筋肉痛で悲惨だったんだけど。
相沢さんはオイルも塗ってないし半日泳いでいたにも関わらず平常通りだった。
日焼けも筋肉痛もないのはおかしい。
でもその後、大量に食べたんだよね。
多分自分自身に回復魔法か何かをかけてHPやMPを消費したせいじゃないかと疑っている。
それを補うためのエネルギー補給で大食いになると。
今日も卒業式で聖歌を歌ったからMPを消費したのかもしれない。
「あります」と言って立とうとする比和さんを止めて言ってあげる。
「自分でお代わりしてね。
比和さんもメイドじゃなくて矢代家の一員なんだからここは我慢して」
「はい。
ダイチ様」
比和さんはむしろ嬉しそうだった。
僕が「命令」したからかも。
助かったけどちょっと困る。
何か僕、比和さんに何でも命令しそうで。
楽すぎて駄目になりそう。
今でも似たようなものだけど(泣)。
すると炎さんが無言で立ち上がってキッチンに引っ込んだ。
すぐにワゴンを押して戻ってくる。
炊飯器と鍋とポットが載っていた。
「ご飯とスープとシチューです。
ご自由にお代わりして下さい」
何て気がつく魔王様なんだ!
小間使いとして完璧じゃないか。
魔王の副官とか似合いそう。
魔王としては駄目だけど(泣)。
「それでは」
まず静村さんが立ち上がり、続いてパティちゃん。
相沢さんも少し遅れて続く。
みんなよく喰うなあ。
気を取り直して食事にかかる。
やっぱり美味しい。
いやレストラン的な美味しさじゃなくて矢代家の味というか。
特に比和さんが作る場合、問答無用で僕の好みに合わせてくるからね。
メニューはもちろん味付けなんかもどストライク。
僕、もともとあまり好き嫌いはない方なんだけどそれでも好みはある。
比和さんはどこで知ったのかズバリ的を突いてくるんだよ。
他の人は何も言わないのでどう思っているのか不明だけど、少なくとも不味くはないからね。
味の好みが多少違っても文句を言う人はいなかった。
これまでは。
「いやー、やっぱり比和殿の料理は美味い」
「美味の本質を突いている気がします。
私の作るお食事のような何だかよく判らない味と違って」
「美味しいです。
私の好みです」
好評のようで良かった。
僕も忘れないうちに言っておかなくちゃ。
「比和さん、美味しいよ。
矢代家の味だね」
「はい、ダイチ様」
短く言って微笑む妖精。
いや人間なんだけど(笑)。
その後は和やかな歓談になった。
話の合間にお代わりする人が続き、僕も珍しくシチューをお代わりしてしまった。
二度目は売り切れになっていて残念。
ご飯もスープもなくなってしまって、これが女子会の真の姿かも。
いや僕は男だけど。
でも僕、この中では小食の方なんだよね。
比和さんが断固とした態度でみんなのお皿を片付ける。
そこは譲れないみたい。
デザートの珈琲やジュースが出ると信楽さんが言った。
「お疲れ様でしたですぅ。
ですがぁこれからが本番ですぅ。
作戦会議を始めますぅ」
何と。
懇親会じゃなかったのか。
いやそれはそうだけど、やっぱりこのメンバーを集めた目的は別にあったわけだ。
卒業式の後の矢代財団臨時理事会と違ってこっちは「矢代家」の問題なんだろうな。
「メモとっていいですか?」
炎さんが聞いた。
そんなに不安なのか魔王様(泣)。
「止めてほいですぅ。
それに今日はぁ詳細説明はないですぅ。
大雑把な報告みたいなものですぅ」
信楽さんはそれから矢代財団臨時理事会の報告を手際良く行った。
僕や比和さんは知っている内容だけど、他のメンバーは初耳だもんね。
話が僕のお見合いだか何だかの所ではざわめきが起こったけど比和さんが一言で制した。
「有り得ません。
それを阻止するための作戦会議です」
いや違うと思うけど(泣)。
信楽さんはそれに構わず現状をまとめると言った。
「というわけでぇ、本日ただいまを持ってぇ矢代家は警戒体制に入りますぅ。
皆さんはぁ矢代先輩とぉ親しい間柄ですぅ。
何らかのアプローチがある可能性が高いですぅ。
気をつけて欲しいですぅ」
「と言われましても」
相沢さんが困ったように頬に手を当てた。
それだけで悩殺ポーズなんだよね。
CGの聖女様そのものだったりして。
僕は慣れてるから大丈夫だけど信者が見たら卒倒するレベル。
「何をすればよろしいのでしょうか」
「そうだな。
何かあったらとりあえず保留にして矢代警備に報告かな」
静姫様がまとめると信楽さんが追加した。
「私ぃに一報入れてくれればいいですぅ。
それからぁこれまでとはぁ違うアプローチになるかもですぅ。
スルー出来ない場合はぁ逃げて欲しいですぅ」
え?
それって。
「……つまり信楽殿はこう言いたいわけか?
我々に危害が加えられる可能性がある、と」
「はいですぅ。
あくまで万一ですがぁ思いも寄らない方法で接触してくるかもしれないですぅ。
強引な方法もぉ考えられますぅ」
そんな可能性があるの?




