36.僕の部屋ってそんなに広いの?
比和さんに言ってみた。
「それじゃみんなの部屋の準備をお願い……じゃなくて手配して」
「はい!
ダイチ様!」
なぜか敬礼してから去る比和さん。
スキップしてたりして。
カウンターの所でスマホを取りだして何か話している。
「これで安心ですぅ」
信楽さんが笑って言った。
「安心って?」
「比和先輩はぁ妖精としても凄いですがぁ実務ではピカイチですぅ。
矢代ホームサービスのぉ精鋭部隊を指揮下に置いてますぅ」
「ああ、なるほど。
この屋敷にも常駐するんだ」
「はいですぅ。
この調子ならぁ十分くらいでぇお部屋の用意が出来るはずですぅ」
では私ぃは休みますのでぇと言って去る信楽さん。
居間を出て廊下を遠ざかって行く信楽さんの前後にいつの間にかメイドさんたちが付き添っていた。
どこから現れたんだろう?
これが信楽さんの言う「矢代ホームサービスの精鋭メイド部隊」か!
まあいいや。
さて。
僕も部屋で休むとするか。
僕はみんなに声を掛けてから居間を出た。
廊下を歩きながらスマホを取り出す。
「碧さん」
『このまま直進して突き当たりを右です』
案内して貰わないとさっきの僕の部屋には辿り着けそうにもないからね。
それにしても廊下には僕しかいない。
僕にはメイドさんがついてないのか。
『大地さんの護衛は不要です。
少なくともこの屋敷では』
碧さんが言った。
まあこれくらいなら心を読まれてもいいか。
でも相変わらず量子コンピュータみたいだ。
質問する前に答えが来る。
「なんで?
僕、弱いのに」
『碧にもよく判らないのですが。
静姫様がそうおっしゃってました』
静村さんか。
というよりは依代だな。
「それって結界とかそういう?」
『碧には判りかねます。
ですが信楽様がその通りだと』
ふーん。
信楽さんは合理主義者だけど、それって別に科学しか認めないとか超常現象は有り得ないとかいう「合理主義」を意味しない。
あるものは何でも使うというか、超能力や神様がいたら存在を疑うんじゃなくて利用しようとする。
そもそも静姫様を一番先に認めたのが信楽さんだしね。
その信楽さんが「大丈夫」と言っているんだから本当なんだろう。
まあ確かにこの矢代邸は僕から見ても要塞だ。
中で誰かが危害を加えようとすることはほとんど考えられないからね。
でも信楽さんには護衛がついていた。
何で?
「さっき信楽さんの周りにいたメイドさんって護衛なの?」
聞いてみた。
『護衛というよりはお付きです。
信楽様の生活全般をサポートします。
万一の場合は護衛も担当しますが』
何かラノベっぽくなってきた(泣)。
貴族のご令嬢かよ!
「信楽さんはどう思っているんだろう」
『やむを得ないと考えていらっしゃるみたいです。
これらのお付きは黒岩様や神薙様がどうしてもということでつけられたはずです。
矢代興業としては信楽様を失うことは断じて容認出来ませんから。
それに護衛は万一のためです。
本質はお世話係です。
信楽様はよく無理をされるので』
ああ、やっぱり。
つまりあのメイドさんたちは信楽さんの生活サポーターなわけか。
ほっとくと倒れるまで仕事しかねないからなあ信楽さん。
僕も気をつけよう。
『着きました』
碧さんに言われて見るとドアがあった。
僕の部屋か。
何もしないうちにカチャッと音がして鍵が開く。
スマート何とかどころじゃないよね。
「ありがとう。
もういいよ」
スマホを仕舞いながら部屋に入った僕は棒立ちになった。
ここ、本当に僕の部屋?
ソファーは見覚えあるけど、その他にも色々家具が増えている。
でかい食器棚や大画面テレビなんか凄い高級品みたいだ。
慌てて寝室に入ってみるとがらりと様子が変わっていた。
貴族用の天蓋付きベッドの代わりに高級そうだけど普通のベッドがある。
クローゼットも増えているような。
カーテンも明るい色になっているし。
僕がこの部屋を出てからまだそんなにたってないのに!
一度居間に戻ってからもう一つのドアを開けてみたらそこは僕の部屋だった。
ていうか矢代家の僕の部屋が移動してきたみたい。
家で使っていた机にデスクトップPCの大型ディスプレイが載っていて、その他の調度も揃っていた。
凄い。
試しに電源を入れてみたら問題無く起動した。
このまま使えそうだ。
矢代ホームサービス恐るべし。
もうこれ、ほとんどホラーやミステリーの世界だよね。
何かどっと疲れた僕は寝室に引き返してベッドに横になった。
空調が効いているらしくて暖かい。
このまま横になっていても大丈夫そうだな。
スマホをベッドのサイドテーブルに置いて「よろしく」と言うと碧さんの声がした。
『判りました』
そういえば最初の頃の碧さんは僕のお声がけ係だったっけとか思いながら目を瞑るとあっという間に闇が降りてきた。
『大地さん。
起きて下さい』
ほとんど同時に思えたけど碧さんの声に反応してしまった。
「起きてる」
『もうすぐ夕食の用意が調います。
どうされますか?』
もう?
カーテンを開いて見たら外が暗かった。
結構眠ったらしい。
「ええと、すぐに行かないと駄目?」
『いえ。
まだ余裕があります。
碧としてはまずシャワーを浴びて着替える事をお勧めします』
そうだった!
僕、卒業式の為の背広のままじゃないか!
これで一日中歩き回って寝てしまったとは。
「シャワーもいいけど着替えは?」
『用意してあります。
バスルームには居間から行けますので。
他に納戸と衣装部屋があります』
僕の部屋ってそんなに広いの?




