35.ここでいきなりメイドさんにならないでよ!
信楽さんは渋々認めた。
碧さんたちは信楽さんの指揮で動いているそうだ。
情報は全部信楽さんの元に集まってくる。
「それって大変過ぎない?
碧さんの妹とか作ってデータを整理して貰った方がいいのでは」
だってそれ、矢代グループの情報が全部押し寄せてくるわけでしょう。
信楽さんにガイドは必要ないとしても秘書というか助手は絶対にいると思う。
ああ、そうか。
だからパティちゃんを。
『パトリシア様は補佐ですね』
碧さんが言った。
露骨にこっちの思考をトレースしているな。
もうほとんどテレパシーなんじゃない?
まあいいけど。
『碧たちは万一の場合、パトリシア様の指揮下で動くことになっています。
その場合はパトリシア様のガイドシステムが指令機になります』
「パトリシアさんは優秀ですぅ。
天才ですぅ」
いやそれは判ってるけど。
でもパティちゃんもAI持ちなのか。
それどころか副司令官?
まだ中学生なのに(泣)。
もうラノベどころじゃない。
大昔のジュブナイルSFのようだ。
あれ?
「パティちゃんにもAIが憑いているんだよね?」
「そうですがぁ字が違いますぅ」
「それはいいとして何で信楽さんはガイド持ってないの?
ないよりはあった方がいいと思うけど」
沈黙する信楽さん。
代わりに碧さんが教えてくれた。
『開発計画はあったのですが。
加原が言うには信楽様の思考パターンが複雑過ぎてデータベースの構築が難しかったとのことです。
例え出来たとしても既存のサーバでは演算能力的に満足に稼働するかどうか。
なのでガイドシステムではなく単なる情報統合秘書機能になりました』
そういうことか。
つまり信楽さんが天才過ぎて加原くんたちの技術力を持ってしても人格情報データベースが作れなかったわけね。
だから碧さんみたいなガイドシステムが存在しないと。
信楽さんが複数の思考回路を持っているって設定は本当かもしれない。
それ、今までの例では厨二病の妄想だと言い切れない部分があるからなあ。
静村さんの潜水能力や自由形世界新とか。
相沢さんの聖歌とか。
まあ、あれは静村さんたちが依代だからだろうけど。
ていうことは信楽さんも神様並のスペック持ち?
まあいいや。
僕には関係ないし。
神様クラスの保護者がいてくれると思えば気が楽だ。
(そのせいで矢代大地の人生は波瀾万丈だがな)
無聊椰東湖が横やりをいれてきた。
どういうこと?
(簡単だ。
お嬢ちゃんがいなければ矢代興業はここまででかくなっていなかったし矢代大地が要塞に籠もるような羽目にもなってなかったということだ)
うーん。
それはどうかな。
多分、信楽さんがいなかったら僕、もっと前に詰んでいた気がする。
だって黒岩くんたちが止まるとは思えないもんね。
まあ確かに超能力者や龍神様は信楽さんが身元保証したようなものだけど、だからと言って信楽さんがいなければ現れなかったとは限らない。
山城くんは晶さん経由でいずれ出てきただろうし。
矢代興業に参加しなければもっと変な方に行った気がする。
結論。
これでいいのだ。
少なくとも現時点で信楽さんがいなくなったら僕は即詰むから。
(まあ、判ってればいい。
大事にするんだな。
あとメイドさんも)
無聊椰東湖に言われるまでもないよ!
脳内で罵りあっていると比和さんが話しかけてきた。
「ダイチ様。
本日はどうなさいますか」
「え?
ここで夕食食べるんじゃないの?」
「はい。
その後なのですが、ダイチ様が矢代家にお帰りになられるのなら手配を」
あー、そうか。
僕、この矢代邸に見学に来ただけだもんね。
もう住めるみたいだけど。
信楽さんを振り向くとのほほんと言われた。
「矢代理事長のぉご希望通りに出来ますぅ。
こっちで宿泊を推奨しますぅ」
「だってまだ部屋の用意が出来てないんじゃ」
「すぐに用意しますぅ」
何と。
比和さんがにっこり笑った。
「精鋭メイド部隊にお任せ下さい。
ダイチ様の周辺には塵一つ残しません」
いや、その言い方だと何か僕の周辺を殲滅するみたいだから止めて(泣)。
「あ。
それいいですね!
私もここに泊まりたいです!
自分の部屋があるんですよね?」
「楽しみです」
「夜中に寮に帰るのは面倒だな。
私も泊まるぞ」
みんなが次々に声を上げたせいで、なし崩し的に決まってしまった。
「それじゃあ泊まろうか」
しょうがなくて言うと歓声が上がった。
「やった!
今日は時間を気にせず飲める」
「枕を取り寄せないと」
「温水プールってもう使えるのか?」
「手配しますのでそれも含めてご要望をお願いします」
比和さんが張り切って仕切っていた。
やれやれ。
信楽さんがちょっと草臥れているみたいなので言ってあげる。
「それじゃあみんな自分の部屋に行ってみたら?
夕食の時に集まるということで」
「はいですぅ。
私ぃもちょっとやることがあるですぅ」
信楽さん、疲れているのにまだ仕事があるのか。
考えてみたら信楽さん、矢代家を出る前から疲れていた気がする。
「気づかなくてご免」
「大丈夫ですぅ。
私ぃは自分で体調管理出来ますぅ」
「そんなこと言って無理するから。
命令だ。
夕食まで休むこと」
ちょっと強く言ってあげる。
びっくりしたみたいに目を見張ってから嬉しそうに微笑む信楽さん。
「はいですぅ。
矢代先輩のぉ命令ならしょうがないですぅ」
良かった。
信楽さんの正体が明らかになった今、何はともあれ信楽さんを守ることが先決だ。
信楽さん自身からも。
そのためなら僕は暴君にでもなるぞ!
すべては僕が詰まない為に!
「ダイチ様!」
比和さんがいきなり腕に縋り付いてきた。
「な、何?」
「私にも!
私にもご命令を!」
ここでいきなり使用人にならないでよ!




