31.まだ数時間たってないのでは?
サロンでは何と相沢さん自らが飲み物を作ってくれた。
まあ珈琲煎れたりジュース作ったりするだけなんだけどね。
忘れていたけどこの聖女様、家事が割と得意なんだよ。
しかも食べ物に神力(違)が宿るかどうかするらしくて何を作っても抜群に美味くなる。
早速煎れてくれた珈琲も美味しい。
いい豆を使ったからかもしれないけど。
「それにしてもここにはお摘まみから飲み物まで全部揃っていますね。
しかも封を切っていないものばかり」
相沢さんがキッチンカウンターで手を拭きながら言った。
「実はぁこの屋敷は矢代先輩のぉ宝神卒業に会わせてぇ整備していたですぅ。
新築ではないのですがぁ、それに近いくらい手を入れてますぅ。
それに合わせてぇ備品も揃えて貰いましたぁ」
信楽さんによれば去年から計画していたそうで、単なる僕の家というよりは矢代財団の拠点と呼べるような設備を備えた屋敷なんだそうだ。
何よその「拠点」って。
益々悪の組織じみてきているぞ。
「それで私たちのお部屋もあるのですか」
「はいですぅ。
矢代先輩がぁここから世界に向けてぇ号令を発する予定ですぅ。
私ぃたちも側で支援しますぅ」
「それはいいですね!
私も精一杯協力します!」
「よろしくですぅ」
信楽さんと相沢さんが何かよく判らない話で盛り上がっている間、僕は知らないふりをしてひたすら珈琲を啜っていた。
いや聞こえているけど厨二病の戯れ言だよね?
世界に号令かけてどうするんだろう。
でも信楽さんと相沢さんならやろうと思えばそのくらい出来てしまいそうだ。
僕?
関係ないです(泣)。
「あ、いたいた」
「迷ってしまったぞ」
次に現れたのは僕が良く知っている人たちだった。
魔王こと炎さんと自称龍神の静村さん。
二人とも僕と一緒に宝神を卒業したし、さっきの卒業式や懇親会にも出ていた。
いつの間にか消えていたけど?
「いやあ。
末長家の柵から逃れられなくて」
「後援会が卒業を祝ってくれたのでな。
バックレるわけにもいかず」
二人は言い訳しながらソファーに座った。
それぞれ勝手に飲み物を注文している。
相沢さんがまた嬉しそうにそれを受けるんだよ。
聖女様って(泣)。
「後は比和とパトリシアか」
「パティちゃんはおっつけ来るはずです。
魔王軍が送ってくれるので」
何?
いや比和さんは判るけど。
「パティちゃんも来るの?
あまり関係なくない?」
聞いたら信楽さんに即答された。
「パトリシアさんはぁ得がたい戦力ですぅ。
精神生命体はぁ今のところ矢代興業に一人しかいないですぅ」
いやそんな厨二病がゾロゾロいたら困るけど(泣)。
「パティちゃんって戦闘向きじゃないと思うけど」
「あやつは世界記録にアクセス出来るのでな。
我にも判らんこともあやつに聞けば解決することもある」
「パティちゃん自身は無力ですからね。
むしろ総長のそばにいた方が安全です」
総長じゃない、とかもういいけど。
でもみんななんでこれから戦争するような雰囲気なんだろう。
(戦争するんだろう)
無聊椰東湖が怖い事を言った。
いやいや!
矢代興業は企業であって国じゃないよ!
(企業や個人でも戦争は出来るぞ。
規模が違うだけだ)
言われて気がついた。
大ヒットしたあのシリーズ。
魔術で過去の英雄を召喚して戦わせるという阿漕な設定だったけど、魔術師たちが聖○をめぐって戦う事を「戦争」と言っていたんだよね。
その時に「そんな小規模な戦争があるはずがないじゃん」と思って調べて見たらありました。
「戦争」って別に国と国とだけがやるものじゃないらしいんだよ。
ていうか言葉の定義としては個人間の諍いや企業、自治体なんかでも戦争と言うらしい。
まあ、受験戦争とか交通戦争とかも言うけどね(笑)。
でもああいう比喩的なのじゃなくても「戦争」は起こる。
だから矢代興業が戦争する事がないとは言えないと。
(お嬢ちゃんたちは具体的な相手まで想定しているみたいだけどな)
無聊椰東湖が皮肉げに言った。
そうなのか。
確かにこんな要塞作ってみんなを集めたわけだからある程度は敵が見えているみたいだけど。
ぼやっとしている間にみんなの間で話が進んでいるみたいだった。
「静姫様はぁどうですぅ?
スケジュールはぁ空けられますかぁ?」
「何とかします。
幸いあと数ヶ月は大規模な国際大会がありませんので」
言葉が丁寧だから静村さんか。
相変わらずシームレスに入れ替わっているようだ。
「つまり国内にはいるとぉ」
「はい。
大会があっても声を掛けていただければ体調不良ということで休めますし」
いいのか静村さん。
既に記録では世界一の女子自由形水泳選手なんでしょう?
「そんなことして大丈夫なの?
水泳協会から反感買ったりしない?」
聞いてみたらあっさり言われた。
「スポーツ選手が体調不良で大会を欠席するのはよくあることですよ。
それに私はもう、次のオリンピック出場が確定してますから」
さいですか。
そういえば今の静村さんって矢代スポーツとかいう企業の所属なんだよね。
つまりスポンサー丸抱えだ。
コーチとかトレーナーとかも全部揃えてあるので日本水泳連盟なんかも手を出せないと。
もちろん裏では晶さんが仕切っていたりして。
「晶さんは何と?」
「私の自由にしていいそうだ。
どっちみち奴には私を縛ることなどできん」
また入れ替わった静村さん、じゃなくて静姫様が偉丈高に言った。
わざとやってる?
まあいいや。
「炎さんは?
末長家を放り出せないでしょ」
「それはそうですが、私が常駐する必要もありませんので。
総長の命令だと言えば通ります」
こっちもアレだ。
炎さんはこの辺り一帯を裏から支配する末長家の棟梁だもんね。
これは正規の役職じゃないんだけど、大昔の漫画に出て来た学校の「番長」みたいなものなのだそうだ。
つまり末長家の裏の支配者。
この辺の裏の支配者である末長家の裏の支配者って2回裏返って表とか?
でも、繰り返すようだけどみんな集まって何をする気なんだろうか。
信楽さんに聞こうと思った途端、ドアが開いて誰かがまっしぐらに駆け寄ってきた。
「ダイチ様!
おなつかしゅうございます!」
いや比和さん。
まだ数時間たってないのでは?




