1.世の中平和……なの?
「ダイチ様」
比和さんがリビングに入ってきて一礼した。
昨日は矢代家に泊まった(違)んだっけ。
比和さんも宝神を卒業するし、今日の卒業式には出るからね。
いや自分の卒業はともかく比和さんは総合生活管理学部だったかの学部長だ。
名誉教授でもあるし、むしろ大学側職員として出席させられる。
それは僕や信楽さんも一緒なんだけど。
「比和さんお早う、という時間でもないよね」
「そうですね。
もう昼前ですので」
表情を緩める比和さん。
今日の比和さんは高級そうな女性用スーツにタイトスカートだった。
益々貫禄というか落ち着きと威厳が出てきているような。
ここ1、2年で世界に通用する経営者として有名になったからなあ。
去年はアメリカのタイムズ誌の表紙も飾ってしまった。
それだけじゃなしにヴォーグの表紙にもなっているんだから凄い。
感心しながら比和さんを見ていると顔を赤らめてもじもじし始めた。
「あの……ダイチ様。
何か?」
「いや比和さん凄いと思って」
その瞬間、比和さんの表情が切り替わる。
「そんなことはありません!
私などダイチ様に比べたら」
「あ、ご免。
ただ綺麗だなと思っただけだから」
絶句する比和さん。
対比和さん用の必殺技はまだ健在だ。
いや、こんな台詞を言うなんて僕には相応しくないとは思うけど、比和さんが暴走したら止まらないんだよ。
だから走り出す前に止めるしかない。
でも綺麗なのは本当だ。
「比和さん、珈琲煎れて貰っていい?」
「あ、はい!
ただいま」
そして比和さんに用を言いつける。
これで暴走は治まるんだけど。
(ゲスだな)
判ってるけどしょうがないでしょう!(泣)
他に比和さんの暴走を止める方法があったら是非教えてほしいものだ。
密かに溜息をついているとドアが開いて信楽さんが入って来た。
「お早うですぅ」
「もう昼前だよ?」
自分で言っといてなんだけど(笑)。
「ほとんど徹夜だったですぅ。
今起きた所ですぅ」
「それはご苦労様」
崩れる様に僕の隣に座る信楽さん。
そういえば服が普段着というか適当だ。
それでもアイドル並には可愛いんだけどね。
信楽さんは今年で成人なんだけど、まだ女子高生くらいに見える。
年齢の割には幼いというか。
でも信楽さんの存在も世間にバレていて、やっぱり何度か経済誌に出ていたりして。
本人が絶対にインタビューとか受けないから記事としてだけど。
十代の女の子が矢代興業のトップやってるということもあって、何か言ったり動いたりしただけで記事になるんだよ。
そんな信楽さんは今、末長教授の経営学講座所属で2年生だ。
末長教授からは会う度に特例で卒業させて博士号やるから教授になれと勧誘されているらしい。
矢代興業の最高執行責任者だもんね。
ちなみに宝神の事務局長はさすがに投げ出した。
心理歴史学講座の助教は続けているけど。
忙しいなんてもんじゃないのでは?
「信楽さんも珈琲にしますか?
それともジュースなどはいかがでしょうか」
キッチンから比和さんが呼びかけてきた。
「オレンジジュースでぇお願いしますぅ」
ボソボソ応える信楽さん。
胃が荒れているのかも。
気の毒だけど僕には何も出来ないからなあ。
せめて一言。
「信楽さん、無理しないでね」
「はいですぅ。
無理しないために頑張ってるですぅ」
本末転倒なのでは(笑)。
僕は座り直してリモコンを取るとテレビを点けた。
画面に物凄い群衆というかファンの群れが映し出される。
ニュース番組らしい。
外国だな。
『……ワールドチャリティコンサートの掉尾を飾るミス・アイザワの聖歌が流れると熱狂的なファンが総立ちになり、例によって数百人が失神。
他の出演者全員が聖女様のファンだということもあり……』
相沢さんの露出度も凄い。
テレビで相沢さんの顔を見ない日はないほどで全世界に何億人もファンがいるらしい。
ここまで来たのは相沢さんの努力の成果だ。
あ、歌手としての鍛錬や成長じゃないよ。
だって最初の頃って相沢さん、歌う度に超常現象起こしていたもんなあ。
ていうか歌う以前にそこにいるだけで周囲が変になっていた。
今でこそ力を抑えてコンサートでも失神者を数百人レベルに抑えられるようになっているけど。
それって相沢さんの血の滲むような手抜き努力の成果だもんね。
極力感情を込めないで平坦に歌う事がコツだそうだ。
そうしないと奇跡が(泣)。
チャンネルを変えると特撮ドラマをやっていた。
ヒーローと怪人が戦っているのはいいけど仕掛けが凄い。
「これ、矢代芸能のだったっけ」
信楽さんは興味無さそうにチラ見してから言った。
「はいですぅ。
シャーロット先輩のぉ趣味ですぅ」
「趣味はないんじゃないの?
一応儲かってるみたいだし」
「それはたまたまですぅ。
商売として見たらぁ非効率極まりないですぅ」
そういうもんですか。
確かに特撮とは思えない出来なんだよね。
CGじゃなくて実際にその場でギミックが炸裂している。
普通だったらどう考えてもお金を掛けすぎだもんなあ。
「でも採算取れてるんならいいじゃない」
「あそこはぁ矢代コンツェルンの中でもぉシャーロット先輩のぉ牙城ですぅ。
他の人はぁ口出し出来ないですぅ」
予算も別立てですぅ、と信楽さん。
もっともシャルさんは未だに矢代興業の最高経営責任者だからなあ。
その辺りの切り分けは上手くやっているんだろう。
「オレンジジュースをどうぞ」
比和さんからグラスを受け取る信楽さん。
絞り立てか。
メイドさんに抜かりはないな。
「比和さんも座ってよ」
「はいダイチ様」
僕の隣に綺麗に腰を降ろす比和さん。
タイトスカートなので長い足が斜めになっている。
「比和先輩ぃ。
カッコいいですぅ」
「信楽さんも可愛いですが、そろそろお着替えなさった方が」
ちらと時計を見て溜息をつく信楽さん。
「はいですぅ。
でももうちょっとですぅ」
世の中平和……なの?