【第二章】第七部分
ひと騒ぎがあって、梅子は落ち着いたのか、久里朱をリビングに案内した。桜子は栄知を介抱しつつ、栄知の部屋に連れていった。
梅子は久里朱をソファーに座らせて、お茶を出した。
「毒なんか入ってないから安心していいよぉ。いちおう、オバチャマの使者なんだろうから、ここでは手荒な扱いはしないよぉ。」
「そう。それならこちらも当面はおとなしくしておくわ。でもあたしの目的は栄知を拉致から解放して連れて帰ることなんだから、栄知を引き渡してくれる?」
「お兄ちゃんズは梅子のお兄ちゃんなんだから、はいどうぞ、とはいかないよぉ。」
普段の猥雑なニヤケ顔とはほど遠い梅子の厳しい表情に、久里朱は寒気がした。
「そちらがそういう気ならまたさっきのようなことになるわよ。」
「それは困るよぉ。ウチのローンが残ってるのに、修理代がかかったんじゃ、たまらないからねぇ。だからこうしよう。お兄ちゃんを解放するぅ。でもウチには引続き置いておくぅ。学校には通わせるので、拘束していないことをそれで確認してもらう。」
「半歩は前進してるけど、連れて帰るという条件は果たせてないわね。」
「交渉というのは、満額回答にこだわらないのが鉄則だよぉ。いかに自分たちの命令に妥協できるのかが大事。そして妥協で管理者を納得させることが、ネゴシエーターの最大のミッションだよぉ。」
「妹なのに、ずいぶんベテラン風をふかしてるわね。でも交渉というならば、敢えて要求するわ。栄知を引き渡しなさい。」
「永遠の妹・梅子の説得に納得しないなら、こちらからも条件を出すよぉ。どうしてもお兄ちゃんズを連れていきたいなら、梅子たちの目の前で、お兄ちゃんに枕営業してよぉ。」
「えええ~?栄知に枕営業、しかも公衆の面前で?」
「公衆ってわけじゃないけど。そう理解するのは勝手だよぉ。」
「ムムム。」
沈黙したまま、重い足取りで久里朱は栄知家を退去した。




