【第一章】第十二部分
「ふたりがいなくて静かでいいや。あれは久里朱ではない、あれは久里朱ではない、あれは久里朱ではない、ブクブク。」
熱い浴槽に頭を沈めながら自己暗示をかける栄知。
小坊主のように千回唱えて、自分を完全に洗脳できた。
「よし、これでオレは大丈夫だ。」
そんなところに、『ガタン』という豪快な音が栄知の鼓膜を痛く震わせた。
「この揺れはなんだ。地震か?」
慌てて、浴槽から飛び出した栄知。
「「じーっ。ふむふむ、お兄ちゃんズ、あんまり元気がないね。」」
梅子桜子が帰ってきて、腰を落としてお兄ちゃんズを観察していた。
「紛らわしい帰宅の仕方をするな!地震かと間違っただろう。」
「「こうなったら、お兄ちゃんズを元気にしてやるよ。」」
梅子桜子はふたりで栄知を持ち上げた。小柄ながら、意外にも力があるようだ。
「オレをどこに連れて行くんだ?何をしようと言うんだ?」
「お兄ちゃんズ、そんなこと、決まってるじゃない。お兄ちゃんズと言えば、枕営業だよ。」
「枕営業だと⁉やっぱり久里朱はしてるのか?」
『久里朱』という言葉を聞いて動きが止まるふたり。
「「なんか、お兄ちゃんズが萎えたみたい。用無しになっちゃったから、仕方ないので夕食にしようね。」」
「助かった。自己暗示を思い出さないとな。あれは久里朱だ、あれは久里朱だ、あれは久里朱だ。」
こうして栄知のパニック状態脳内では、久里朱が枕営業していることとして認定された。
枕営業されそうになったショックというよりは、栄知が深層心理で、久里朱のことを疑っていることが真の原因である。




