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5話 発症

 「君たちには本当に感謝しているよ。改めて礼を言わせてくれ」


 すると、男性は僕らに向かって深々と一礼をした。


 「当たり前のことをしたまでですよ!ハハハっ」


と満足げに僕が話すと、篠原さんが後ろから彼らに見えないようにスケッチブックで背中をバンバンと叩いてきた。はい、調子に乗ってすみません。


 「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は澤山健二(さわやまけんじ)。よろしくな。そして、彼女は澤山恵(さわやまめぐみ)。俺の嫁さんだ」


 「ふふふっ、でも正式なお嫁さんじゃないけどね」


と、恵さんはベットで横になりながら、弱弱しい声で笑いながら話した。彼女は長身の健二さんとは対照的に低身長で性格は物静かでショートヘアーが似合う女性だった。


 「仕方ないだろ。もう役所なんてとっくに機能してないんだから。自分たちで勝手に名乗っていくしかない」


 「もう、いつも健ちゃんは形から入るんだから」


 「中身なんてあとから加えていけばいいんだよ」


 僕はそんな二人をどこか微笑ましく眺めていた。言葉と言葉が飛び交うこの感じは若干羨ましく思えた。


 「おっと、いけない。そちらの紹介がまだだったな」


 気付いた健二さんが二人の世界から戻ってきたので、僕は話し始めることにした。


 「はい、僕の名前は小野寺大地。で、こちらが……」


 僕は篠原さんの方を向くと、篠原さんは『篠原リセです。よろしく』とスケッチブックを出していた。


 「えっと、彼女は声が出なくなってしまったそうで、いつも筆談で会話しているんです」


と僕は補足を加えた。


 「そうなのか……お気の毒に。さぞ辛いことがあったんだろうな」


 健二さんは神妙な面持ちで理解してくれた後、彼は話を続けた。


 「で、お二人はもうヤッてるのか?」


 話の流れを全く考えていない会話の振り方だった。僕はすぐに理解できなかったものの理解すると、顔と耳が火のように赤くなっていった。


 「ぼ、僕と篠原さんはそういう関係じゃないですよ!!違います、違いますから!!」


と、僕は慌てて弁解しつつ、篠原さんを横からチラッと覗いてみると、眉間にしわを寄せて仁王立ちでまるで獲物を狙うオオカミのような眼で健二さんを睨んでいた。ここまで拒絶する反応をされると流石の僕も傷つきそうだ。


 「あっ、そうなのか!?こんな状況でも男女でいるからてっきり出来てるのかと」


 驚いた顔で一理ある見解を健二さんは述べる。


 「健ちゃん~~、ちょっとこっち」


 すると、笑顔な表情を浮かばせる恵さんが手招いて健二さんを呼びつけた。


 「あっ、はい」


 素直に従い、恵さんに耳を貸す健二さん。


 「ねえ?貴方は何でいつも相手の方に失礼なことを言う駄目駄目人間なのかな??」


 「すみません……。どうも昔の仲間同士のノリが出てしまって」


 その後も恵さんは健二さんの耳元で何かを呟いているように見えたが、僕らにはそれを聞き取れることはできなかった。健二さんは何度も何度もハイっハイと頷き、たまに泣き喜んでいるような声を漏らした。きっと僕は大人の世界を目の当たりにしているのだろう。

 僕はそんな二人をどこか微笑ましく眺めていた。






 恵さんの数分間の呟きタイムから健二さんが戻ってきた。


 「いや~~、待たせてすまない。日も落ちたし、そろそろ俺たちも食事にしよう。この家に保存食が残っていたから、元の持ち主に感謝しつつ頂くとしよう」


と、先ほどより顔に潤いが増しているように見える健二さんが言った。

 体が弱っている恵さんは余り動かさない方がいいという判断で、このまま寝室でご飯を食べることにした。窓ガラスの外はすっかり暗闇に包まれていて、他の人間が細々と生きている感じが全くなかった。まるで僕ら4人しか生きていないのではないのかとすら感じられた。部屋の中央で僕らを包む蝋燭の火が力強く、たまに弱弱しく僕らを照らし続けてくれた。袋を開ける音、缶詰を開ける音、咀嚼音。生きる音を僕らは生み出しながら、胃袋を満足させていった。

 健二さんは横たわる恵さんの横で優しくスプーンを口に運び食べさせていた。そして、交代で恵さんが健二さんの口にスプーンを運ばせたりもした。二人とも笑顔で食事を楽しんでいるようにみえた。

 すると、僕は背中に何かの感触を覚えた。篠原さんが僕を指で突っついていたのだ。

 振り向くとそこには彼女の笑顔とスプーンに乗った例の激マズ缶詰の中身があった。普通なら男子が憧れる『食べさせてあげる。あーん』の状況であるが、僕はスプーンに乗ったそれを見て、引きつった笑顔を浮かばせながらもなんとかして言い訳を考えた。


 「篠原さん、今日はもうこの家にあった保存食でお腹いっぱいだからさ。また後日に食べるよ!お腹すいている時の方がもっとおいしいしさ、さ!!」


 僕の言葉に少し残念がりながらも納得した様子で篠原さんは例のアレを自分で食していった。そして、僕はお腹がすいている時にあれをまた食べるのかと想像すると今から胃がもたれそうだ。






 食事を済ませると、健二さんが篠原さんに話しかけた。


 「リセちゃん。この家を調べたんだけど、なんとお風呂が使えるみたいなんだ。しかもお湯だぞ、お湯!!」


 『お湯!?』


 篠原さんは喜びと驚きに満ちていた。無理もない。ゾンビとのサバイバル生活が始まって数か月、ほとんどの生存者はお風呂に入れず仕舞いだろう。大半は雨水を貯めてそれを布に湿らせて体を拭くぐらいだろう。


 「ただね、使えそうな水が二人分ぐらいしかなくてね。そこで俺が使う予定だった分を君に譲るから、代わりに恵の入浴を手伝ってくれないか?」


 『分かりました』


 ペンを走らせて、篠原さんは即答した。


 「それは良かった。水はもう湯沸かし器にセットしてあるから、後は起動させるだけで出てくるから。じゃあ、恵を頼むよ」


 篠原さんはウキウキしながら準備を行い、恵さんを軽々と持ち上げて浴室へ向かった。恵さんははわわっと驚いた様子で篠原さんに連れていかれてしまった。


 「恵は小さいからね。女の子でも運べそうでよかった。ま、あいつ身長低いことを気にしてるみたいだけど」


 恵さんの体格のおかげで篠原さんの怪力に気付かれなくてよかったと僕は内心ほっとした。


 「恵さんの入浴の手伝い、篠原さんじゃなくて僕がしてもよかったんですよ?」


 僕は篠原さんのことで安心して軽口を漏らす。


 「大地君、殴られたい?」


 「冗談っす」


 笑っていない笑顔の健二さんの顔を見て、今後は恵さんがらみの冗談は止めようと僕は誓った。


 「でも、何でわざわざ僕らにお風呂のことを話して、篠原さんに頼むようなことをしたんですか?ゾンビのお礼代わりなのか分かりませんが、健二さんが直接手伝えば問題ないはずでは?」


 「…………」


 健二さんは僕の言葉を聞いて、黙ってしまった。そして、少し言うか考えていたのか。しばらくしてからゆっくりと話し始めた。


 「実はな、大地君……。恵ほどではないが、俺も体調がここ数日よくないんだ。今は立っているのがやっとで、もう恵を担いだり背負ったりするのは無理なんだ。だから入浴の手伝いをリセちゃんに頼んだんだ。恵には綺麗になった花嫁の状態でここを脱出してほしいからね」


 「あと、すでに助けてもらったことを承知で更にお願いがある。君たちで恵を連れていくのを手伝ってくれないか?ここから検問所までもう少しだ。検問所まで着いたら、俺が持っている荷物は全てあげる。俺にはもうそのくらいしかできることはないが、どうだ?頼めないだろうか??」


 健二さんは再び頭を深々と下げた。僕の答えは決まっていた。


 「僕はお手伝いしても構いません。あとは篠原さんの意見を聞く必要があるので、まだ正式にやりますとは言えませんが」


 「そっか、本当に助かるよ……」


 脱力した声で健二さんが言葉を漏らす。そして、僕はあることをすることにした。


 「健二さん、ちょっとここに座ってください」


と、僕は部屋の隅にあった椅子を運んだ。


 「なんだい?ここでいいのか?」


 「はい、ちょっと待ってください」


 健二さんを椅子に座らせてから自分の荷物を漁った。そして、見つけたそれを健二さんにかける。


 「なんだこれ!?水??」


 更に僕はかける。


 「うわっ、また。ん、これは洗剤か」


 濡れる髪を健二さんは触れる。


 「花婿さんが臭っていたら花嫁さんが可哀想ですからね。髪だけでも洗いましょう」


 僕は健二さんの頭をわしわしを洗った。洗剤は今までの汚れであまり泡立たなかったが、小さな泡のひとつひとつが健二さんの今までの苦労や疲れを浮かびあげさせているように感じた。


 「はぁ……。貴重な飲み水を男の髪洗いに使うなんて……。大地君、もしかしてバカなのかい?」


 呆れた声で健二さんは言った。


 「ええ。さっき、篠原さんにも言われました」


 「やっぱりバカじゃん。うん、ほんとバカだよ君は」


 男二人の落ち着いた雰囲気の中、一人の来客者がドカドカと足音を鳴らしながら部屋にやってきた。それは、まさかの篠原さんだった。彼女は泣き顔で裸にバスタオルで前を隠して、必死にスケッチブックを書き始めた。僕は篠原さんの半裸と半裸で何が起こったのか分からなかったが、とりあえず瞳孔を開いたまま彼女の姿を見続けていた。


 『恵さんに後ろから揉まれる!!健二さん、どうにかして!!』


 スケッチブックを見て笑い始める健二さん。


 「すまん。恵は《《小さい》》から大きいのに憧れているんだ。悪いが少しの間、耐えてくれリセちゃん」


 『そんな――』


 あっけらかんと普通のことのように話す健二さんだがそれ、女性同士でも問題ですよ。


 「リセちゃん~~どこ行ったの?戻っておいで~~」


 一階の浴室から恵さんの声が聞こえてきた。新種の妖怪のような声は男の僕でも背筋が凍るような声だった。その声を聴いた篠原さんは小動物のようにビクッと震えていた。


 『小野寺君も恵さんになんか言ってよ』


 「はははっ、男の僕が首を突っ込める話じゃないな――」


 『ううう……。この薄情者!!』


 ここまで怯える篠原さんを初めて見た僕は悪いと思いつつも今の賑やかな状況を楽しんでいた。

 ゾンビランドにいることを忘れてしまいそうな、楽しい夜は過ぎていった。






 篠原さんの入浴の後、家の別室で健二さんの状態と提案を話すと、

 『私たちの目的は検問所の様子と噂の真実を探ることだし、検問所に並ぶわけではないし、この先も物資は必要。検問所まで遠くないし、物資を貰えるならその提案を受けることにしましょう』

という反応だったので、めでたく昨晩に僕らと彼らの約束は成立した。


 「そうだね。そうしよう。ところで篠原さん?」


 『うん?』


 「なんで、僕はビンタされたのでしょうか?」


 僕は篠原さんに叩かれて赤くなっている左頬を指を差す。


 『恵さんから私を助けなかった罰です』


 「一理ある……」


 『百里あるわ、バカ寺』


 「小野寺です……」


 こうして僕らは健二さんの申し出を受けることにした。




 そして、夜が明け、朝になったので澤山夫妻を尋ねると思いがけない光景を目の当たりにした。


 「恵、本当に身体は大丈夫なのか?無理してないか?」


 「全然。朝起きたら体調が良くなってたの。昨日、リセちゃんに洗ってもらったおかげかな?」


 昨日、あんなに弱っていた恵さんの体調がよくなっていたのだ。僕は健二さんにこっそり話を聞いた。


 「どういうことなんですかコレ?」


 「俺にも分からん。朝起きたら恵のやつ、気分がいいと見ての通り健康体になっててよ。はたから見ると俺より体調良さそうだ」


 「どうしますか?昨日の約束?」


 「いや、今調子が良くても移動中に急変するかもしれないから、同行はそのまま頼むよ」


 思いがけない嬉しい誤算のおかげで4人は検問所まで快調に進むことができた。道中、自分たちのことや家族や友達、楽しかった思い出を話した。

 検問所が近いからかゾンビや野犬などの存在を一度も目視しないまま散歩のついでのような感覚で検問所まで到達することができた。

 検問所は鉄製の建物で守られており、多くのバリケードや有刺鉄線と固定兵器、武器を持った軍人や軍犬、防護服を着た検査員などが巡回して物々しい雰囲気だった。あと検問所にはたくさんの群衆が詰め寄って長時間の順番待ちが起こっていた。


 「途中、恵が体調を崩したり、ゾンビたち襲われずに済んで幸運だったよ。これは約束の荷物だ。君たちも元気だな」


 健二さんは自分たちの食料や衣服や雑貨が入ったリュックを下ろして、僕に手渡した。


 「リセちゃん、向こうで会ったらまた一緒にお風呂入ろうね~~」


 むふふっと笑う恵さんが手を振ると、篠原さんは内心困惑した表情を浮かべながらも彼女に手を振り返した。

 そして、最後に大きく手を振ると澤山夫妻は手を繋ぎながら群衆の列へ向かっていった。


 『さて、私たちは1日中検問所を観察するよ』


 別れの余韻に浸る間もなく、篠原さんは観察するための建物を探していた。もっと余韻に浸ってもいいだろうに。




 僕らが観察地に選んだ場所は以前はホテルだった建物の屋上。ここから双眼鏡を覗いて観察することにした。そして、とても退屈な時間が流れていった。


 「2、3時間ほど観察してみたけど、検問所の先の橋を渡れる人もいるし、施設の地下通路に連れていかれる人もいるね。その場で銃殺されることはなさそうだね」


 『…………』


 篠原さんはスケッチブックも持たず、ずっと検問所を凝視していた。彼女はいったい、何を気にしているのだろうか。


 「……あと言いにくいけど、体に欠損がある人は追い返されているみたいだね」


 『…………』


 検問所の観察に飽き始めていた僕は群衆の方へレンズを向けていた。老若男女、様々な人間が列を成していた。これがレジャー施設のオープン前だったらどんなに幸せなことだろうか。


 「あっ、健二さんたちだ」


 と、妄想を膨らませていると澤山夫妻の姿が見えた。どうやら恵さんの容体が崩れたようで健二さんが恵さんを背負っていた。


 「恵さん、大丈夫かな……」


 僕が二人の様子を見ていると事態が急変した。背負われていた恵さんが大量の吐血をしたのだ。健二さんは慌てて彼女を地面に下ろすと、意識が朦朧としている彼女を激しく揺さぶった。そして、彼女は健二さんの顔を見つめると、笑顔で彼の首筋に噛みついた。それは僕が見たゾンビの行動そのものだった。二人の辺りはパニック状態になっていた。


 「どうして。今朝まであんなに元気だったのに……」


 道中、あんなに楽しい話をしていた人が変わり果てた姿になって、僕にはショックが大きく放心しまった。僕はそのままうつろな目で恵さんが健二さんの首筋を噛み切る様子をだたただ眺めているしかできなかった。そして、澤山夫妻は高所で警備していた軍の狙撃手に撃たれた。そして、二人の亡骸はゆっくりと地面に倒れた。

 ただしかし、それだけでは終わらなかった。二人を撃ち抜いた数秒後に検問所から新たな銃声が鳴り始めたのだ。一発や二発じゃない。群衆に凶弾が飛び交い始めた。ホテルの建物の下では、人の悲鳴とうめき声と発狂により地獄と化していた。助けてくれ、助けてくれ、殺さないで、死にたくないの合唱が聞こえてきた。


 「検問所の軍隊は何を考えているんだ……っ!!」


 僕は目の前の虐殺行為に大きな怒りを抱いた。こんなことがあってはならない。頭に血がポンプ機で大量に流されいるような気分だ。すると、篠原さんが、


 『ここもまずい。私たちも巻き込まれる!!はやく逃げるよ』


 「駄目だ。僕は銃撃している奴らの顔を覚えなきゃいけない!!撃たれた人たちのためにも!!」


 躍起になって双眼鏡で懸命に銃殺している当事者を探していると、篠原さんに重い蹴りを入れられた。僕が怯んだところを篠原さんにそのまま担がれてしまった。


 「なんで……。篠原さん、戻って。戻ってくれ……」


 篠原さんは僕を持って無言で検問所から離れていく。

 僕があのままあの場にいても何も変えられないし、変わらない。犠牲者のひとりになるだけだ。


 それでも、僕はあの場所を許せなかった。

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