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1話 出会い

 今宵は雲一つなく月夜の光が大地を照らす。草木も眠り、静けさが一帯を治めている。廃れた道路の隙間から雑草が好き放題に伸び、植物の強さを示しているようだ。以前は煌びやかで栄光に満ち溢れていた都会の街並みはなくなり、今は崩壊した建造物が街を彩っていた。建物の間からは夜風が流れ、昼間に火照った僕の体を冷たく、そして優しく癒してくれた。瓦礫を踏みつける音はまるで自然が作った鴬張りのように聞こえてくる。それが今はとても忌々しく感じる。


 「逃げなきゃ、逃げないと……」


 僕こと、高校生の小野寺大地(おのでらだいち)はゾンビに追いかけられている真っ最中のところである。数日間、住処にしていたビルの床が落ち、その音でゾンビどもが集まってきてしまったのだ。奴らはとても耳が良いようで音がすれば、すぐさまそこへ集まってくる。生き残った人間の間では、ゾンビのそばで音を鳴らした者は助からないと認識されている。


 「助けてくれ! 誰か、建物の入り口を開けてくれ!」


 このように僕が助けを求めても、ゾンビ収集機と化した僕のことを助けようとする人は誰もいない。もしかしたら、屋上の梯子を下ろしたり、シャッターに僅かな隙間を作ってもらえれば僕は助かるかもしれない。だが、今日の今までを生きている者は学んだ。そういった隙を生むことでその場にいる者は全滅するのだと。なので、僕は『それ以上ゾンビを呼ぶな。早く喰われてくれ』と隠れ家の中で願われていることだろう。

 僕は頭の中で理解していても涙が止まらなかった。荒れる呼吸、肉体の悲鳴、走るたびに起きる音、追ってきているゾンビ。振り向くことができない。振り向いたら、すぐそこにいるかもしれない。怖い、恐怖に包まれる。

 僕は走る。無我夢中で走る。他のことは考えない。走る。走る。ただただ走る。安全だと思うまで走り続ける。

 大きな通りを走り抜けて左を曲がると目の前には崩れた高層ビルが僕のことを拒むかのように存在していた。焦っている僕は周りを見渡すと右手に通路が見えたので、そちらに向かって再び走る。僕の背丈ほどに好き勝手伸び放題になっている草たちが大いに歓迎してくれている中を掻き分けながら前へ進んだ。

 草を掻き分けた先を見て、僕は足元がふらついた。そこには三方を高いコンクリートの壁が待ち構えていた。周りを見ても扉や階段、梯子などの逃げ道の存在が確認できない。


 「これは、引き返さないと……」


 僕は急いで反転して、今来た草道を戻ることにした。草木のせいで前が確認できない上、更に草木が重なり合うガサガサと立てる音が僕の平常心を大きく煽っていく。妙に長く感じる通路を抜けると、


 「あっ……」


 一匹のゾンビが通路の入り口でうめき声を上げながら立っていた。だが、どうやらこちらには気付いていないようだ。


 「頼む。早く、どっか行ってくれ」


 僕は地面に伏せて、茂みの中から入り口にいるゾンビの様子を眺めた。落ち着いた様子で何かを追ってきたような素振りもないことから、おそらくこいつは僕を追ってきたゾンビじゃないなと思った。たまたま、この周辺を徘徊していたのだろう。なら、このまま身を屈めておけばやり過ごせる。そういう考えの着地点に着いたことで、わずかながら安堵の気持ちになり、落ち着くことができた。

 だが、数分待っていてもゾンビは別の場所へ行かなかった。直立不動のままその場を離れなかった。


 「あいつ、僕のことを勘づいているのか?いや、気付いているならすぐ襲ってくるはず」


 このまま根競べしてもしょうがない。先ほどのコンクリートの壁の途中で他の道があるかもしれないから探してみることにしよう。僕は立ち上がり、調べに行こうとした。


 メキッ


 音が聞こえた。足元を見ると一本の木の枝が落ちていた。僕はそれをたった今二本にしてしまった。

 そのあと、後ろからゾンビの大きな叫び声が聞こえてきた。僕は全速力で通路の先に走っていった。そして、先ほど引き返したコンクリートの壁の空間にたどり着いた。再度、空間を見渡しても別の道を見つけることができなかった。草木の道の方を見ているとゾンビがゆっくりと現れた。頭を激しく動かし、目の焦点が右往左往動きまくっている。絶対絶命だ。僕は死を覚悟した。こんな木の枝を踏んで死ぬ間抜けな結末で人間あっさりと死んでしまうのかと悟った。

 僕はコンクリートの壁に張り付くような形で出来る限りゾンビから離れた状態で彼?を迎え入れた。


 「やぁ、元気……?」


 強張った顔で最後の挨拶を発すると同時にゾンビが襲い掛かってきた。余りの怖さに思わず目を瞑り、息を飲み、そのまま事が済むことを受け入れた。が、思っていた結末と違っていた。掴まれて首筋を噛まれて倒れこむと思っていたが、実際は爆音が鳴り響いた後に何やら液体のようなものが顔にかかったからだ。

 恐る恐る目を開けると、僕の隣でゾンビが壁に叩きつけられていた。顔に手をつけるとどうも先ほど飛んできた液体はゾンビの血のようだった。僕が着ていた学校の制服の至る所に赤いドロドロした液体が付着していた。壁は大きく凹んでいて、更に多くの体の節が曲がってはいけない方向に曲がっていた。これはもうさっきのように動き回れないだろうなと思った。

 僕はまだこの状況を理解できていなかった。一体、何が起こったんだと正面を見ると人影が見えた。風貌は月が雲に隠れてよく見えなかった。ゾンビをノックアウトしたのはこの人だろうか。ゾンビを倒すことができる人間も恐ろしく思う存在だが、僕は佇む人物に話しかけた。


 「……あなたが助けてくれたんですか?」


 言葉を投げかけると、その人影は頭を縦に振った。よかった、人間のようだ。僕は安心してその人に近づこうとすると、手を広げ両腕を前に出す形をした。『待て』ということだろうか。僕は近づくのを止めるとその人は持っていたカバンからスケッチブックとペンを取り出して、何か書き始めた。そして、ライトで照らしてそれを見せてきた。


 『君、私と同じ学校に通っていた小野寺君よね?』


 僕は質問に


 「はい、そうです……」


 学校という懐かしい響きに僕は驚いた。そして、僕のことを知っている人……。いったい、誰なんだ?


 『私は今声が出ないので、筆談の方法を取っています』


 『あと、私を見て逃げないで下さい。お願いします』


と書かれていた。


 「大丈夫だよ。命の恩人にそんな失礼なことしないよ」


と、僕は軽い気持ちでその言葉を受け入れた。

 雲が流れ、月の光が僕らの居場所に差し込むと、僕は恩人の姿を拝めることとなった。すらっと伸びた脚、絹のような長い黒髪、整った顔立ち、そして僕が通っていた学校の女子の制服を来ていた。

 彼女を見てまさかと思った。目を疑い、事実も疑った。助けてくれた恩人は僕が恋心を抱いていた同級生、篠原(しのはら)リセだった。この変わり果てた街で人間、更に片思いの人物に出会えることなんて夢にも思っていたため、僕は目から涙が流れた。

 月明かりがさらに差し込むと俯く彼女の顔がよく見ることができた。彼女は長く伸ばした前髪を手で避けて、僕に左目の辺りをよく見えるようにしてくれた。そして、僕は目を凝らしじっと見ると、彼女の顔の左目の付近の皮は腐食し、ゾンビになった人間に現れる症状が起こっていることが分かった。そして、彼女の左眼球は存在していなく、空っぽの状態だった。彼女は僕が左目に気付いたことを確認すると前髪で隠した。しかし、僕は彼女の外見を見て、不思議と驚くことはなかった。この世界で暮らしてきたから、感情の感覚が鈍ってしまったのだろうか。またはゾンビに助けられた安堵感だろうか。


 『あら。泣かれるという結果は想定外だよ』


 彼女は頬を指でポリポリと掻きながら僕の涙に少々困惑していた。

 

 そして、僕は、涙を流し続けるのだった。

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