第5話「嫌ナ思イ出」(1)
汝自身を知れ。汝自身を疑え。
Know thyself. Suspect thyself.
(ここは・・・・)
早先見千里は目を開けた。彼から見える世界の全部がモノクロになっていた。まるで白黒映画のように・・・。
(夢の世界か・・・・)
千里は自身の不思議な能力があるせいで過去の記憶を夢で見る事があった。その際は、世界はほとんどがモノクロで見えるような謎の現象に襲われることがしばしばあった。
(ここはどこでいつだ・・・・)
千里はこの場所が一体、どこなのか把握しようと考えた。どこかの家の部屋であることは分かった。建物の柱が古いようにも思えた。回りの家具などを確認して、この部屋には見覚えがあった。最初ここは自分の家なのではないかと彼は考えた。
(違う・・・ここは壱発屋の母屋の方か!?)
ここは千里自身が昔から知っている老舗薬局「壱発屋」の母屋の方だった。壱発屋は店のスペースと生活スペースが一体化した建物だった。
(どうして・・・・壱発屋に?)
何故、自身はここにいるのか考えた時だ。この部屋に誰かいることに彼は気がついた。一人の男の子がテレビを見ていた。男の子の姿を見て、彼はぎょっとした。その男の子は自分自身・・・・幼い頃の千里自身だった。彼の右胸には「はやざきみ せんり」と平仮名で書かれたバッジがあった。
(あれには見覚えがある・・・・小学生低学年の頃のバッジか・・・?やはりここは過去の世界か?)
幼い千里はぼーっとテレビの中でやっている「名探偵コナン」を見ていた。何故かは千里も分からないが、周囲の世界はモノクロ状態なのにテレビの画面だけはカラーだった。
『目暮警部殿―!』
どこかで聞いたことがある声がテレビから流れてきた。それを聞いて千里は考えた。
(小五郎のおっちゃんの声が小山力也じゃなくて、神谷明だ。やはりここは過去の世界か!)
何故か彼はよく知っているキャラの声優が変更以前という事実でも過去かどうか把握した。
千里は幼い自分を観察した。そして、何かがおかしいと察した。幼い頃の自分は眼に生気が宿っていなかったのだ。
(おい、なんで幼い頃の僕はまるで少年漫画で大敗北した主人公みたいな眼をしているんだよ?なにかあったのか?)
そんな風に千里は幼い自分を客観的に捉えていた時だ。一人の幼女が部屋に入ってきた。
「おにいちゃーん」
幼女は幼い頃の千里にしがみついた。その幼女に千里は見覚えあった。
(あ、あれは計里か!?)
幼女の正体は千里の遠縁の少女、砂時計里だった。今の彼女は生意気な女子高生になっているが、この夢の世界は・・・過去の世界なので、この計里の年齢は幼稚園ぐらいと言ったところか。ピンクの生地に初代プリキュアがプリントアウトしてある服を着ていた。
「おにいちゃーん!」
ちび計里が幼い千里にしがみついている。今では立派なドS女に育った彼女にもこんな無邪気な時期があったのだ。
(ふふふ・・・可愛いな・・・あいつにもこんな時期が・・・って!おい!計里、幼い頃の僕に鼻水を付けるのはやめろ!馬鹿!)
目の前で行われる暴挙を食い止めようと彼は叫んだが、所詮過去の出来事な上に夢の世界なので、千里の抗議は幼い二人には届かなかった。だが、ちび計里にしがみつかれ、鼻水を付けられても、幼い千里は無反応だった。
(どうなっているんだ?)
元気がない・・・やはり、生気が感じられない・・・という表現がぴったりな状態と見て取れた。そんな幼い千里に計里が声をかける。
「お兄ちゃーんなんで元気ないの?」
「ぼ・・・・僕はね・・・最低な奴なんだ・・・・」
幼女の問いにポツリとそう呟く、幼い千里。よく見ると幼い千里の目の周りは真っ赤に腫れていた。それはまるで沢山、泣いた跡のようにも見えた。
(僕が最低ってどういう意味だよ・・・・?)
何もかもがわからないことだらけだった。疑問ばかりが頭に浮かんで来た。そんな時だ。
「私は反対だよ」
どこらから女の声が聞こえてきた。千里はその方向に足を運んだ。声が聞こえてきたのは壱発屋の別室だった。部屋には三人の人間が、ちゃぶ台を囲む形で座っていた。女が一人、男が二人。
「そりゃあ不幸な出来事だったと思うけどさ」
そう言ったのは部屋の中にいた女性だった。その女性を千里はよく知っていた。砂時計里の祖母・・・砂時 羅針だった。現在は海外を飛び回っているはずだが、千里が子供の頃は、壱発屋を彼女が一人で切り盛りしていた。
彼女の肩にはこの壱発屋に住み着いている黒猫の化猫・・・九十九がぶら下がる形で乗っかっていた。九十九は、今は眠っているのか、ピクリと動きもしなかった。そんな猫の姿が千里にはぬいぐるみのようにも見えた。
「そう言うけどさ、不幸な出来事は忘れてしまうのは一番いいだろ?」
こう言ったのは羅針と向かい合う形で座る男だった。その男も千里がよく知る人物だった。
(あれは!じいちゃん!?)
2年前の・・・自分の大学入学とほぼ同時期に亡くなった千里の祖父・・・早先見 乖里だった。当然、過去の世界の姿なので、千里の目に入っている祖父の姿は亡くなった時より若い姿だった。
「でもさぁ?あれで解決なんてよくないと思うよ。」
「はぁ!?薬で美貌維持している女が言うことかよ!?」
羅針の言葉に乖離が声を荒げる。
羅針は乖里が指摘した通り、現在70歳・・・この過去の時間でいうなら年齢は50代後半ぐらいだったがどう見ても20代後半か30代前半の姿をしていた。羅針自身が精製した薬による効果だった。羅針は計里同様に美しい顔立ちで、彼女が将来、あんな感じの女になるのか・・・と思わせる雰囲気の妖艶な女性だった。
(やっぱ。羅針婆ちゃん、美人だわ・・・どんな薬使っているんだろ・・・)
千里は羅針を見て感嘆な声を出した。羅針は乖里に言われた言葉で怒った。
「なんだと!てめぇやるか!?じじぃ!」
羅針が怒りの声を上げて、立ち上がった。それにより服を着ている状態でも分かる彼女の豊満な胸が大きく揺れた。羅針はナイスバディの持ち主だった。
(羅針の婆ちゃんの胸たまんねぇ・・・・)
おっぱい星人の悲しい性なのか、こんな時でさえ千里は羅針の巨乳を見て興奮してしまっていた。そして同時に
(なんで、あの胸が計里には遺伝されなかったんだ・・・・)
と昔馴染みの遠縁の少女の発育の無さを嘆いた。
乖里と羅針が一気触発状態になろうとしていた時、間に座るような形で座っていた男が口を開いた。
「まぁまぁ二人とも落ち着いて・・・」
その男は度の厚そうな黒いサングラスに黒いスーツを着た姿をしていた。
(こいつ、誰だ?見た目から察するに高山さんと年齢は同じぐらいか?)
知り合いの刑事はアラサーだったはずだったな・・・と千里は思い返した。ここは過去の世界なので、その男は現在は40代ぐらいだろうか。しかし、そんなタモリみたいな格好をした男を千里は知らなかった。彼の記憶にはそんな黒スーツの知り合いはいなかった。
「藤原君はどっちの味方さ?」
羅針がその黒スーツの男を見てそう言葉を発した。「藤原君」と呼ばれた黒スーツの男は困っていた。
「いや・・・どっちの味方とか、今はそういう問題とかじゃないと思うんですけど」
「そうだったな・・・・俺たちが今はケンカしている場合じゃないよな」
藤原の言葉に乖里は同意した。それを見て羅針も「確かに」と言いながら同じく引き下がった。
「さて、どうするか・・・あの山は一応、マークしていたんだよな?」
「ええ・・・あの山は我々の監査対象でした。しかし、事が起きてしまいした、我々の完全なる落ち度です。申し訳ありません」
そう、藤原は頭を下げた。乖里と藤原が言う「あの山」とはもしや、「真野山」の事なのだろうか。あの山で何が起きたというのか。乖里が藤原に頭を上げるように促した。
「まぁ、俺も甘く見すぎていた。君らが全て悪いという訳じゃない。起きてしまった事は、もう仕方がない。問題はこれからどうするかだ。それに、一応、あの件は根回してニュースとかで報道されないようにはしたんだろ?君の組織で警察とかにも色々圧力をかけたんだよな?藤原君」
乖里がそう藤原に問いた。それを傍から見て聞いている千里にはまったく意味が分からなかった。
(あの件?警察に圧力?何の話だよ!?)
状況を把握するために千里はしばし、黙って三人の会話に耳を傾ける事に徹するようにした。
乖離の言葉に藤原はうなずいた。
「確かになんとかしましたよ。まぁあの子のお爺さんは政界では、かなり上のポジションで力がある御方ですからね。マスコミや警察組織への圧力などもお手の物です。こちらからも御願いして、色々と助力をいただきました。」
「孫娘があんな事になって、あの爺さんも嫌だったんだろ・・・可愛い孫娘が酷い目にあって、さらに大衆の目に晒されるのは嫌な思いしかしないだろうよ。私だって計里があんな目にあったら何するかわからないよ」
藤原の話に対し、羅針がそんな事を言った。話から察するにどこかの少女が酷い目にあって藤原がその件をもみ消すために動き、その少女の祖父も隠蔽に協力したとのと事だった。
「じゃあ、同じ孫を持つ者として協力してくれよ。俺はあんな可哀想な孫の姿を見るのが辛いんだよ!あの子は自身が悪いと攻めている!これではあの子が可哀想だ!」
乖里が羅針に懇願する。ここで乖里の言う俺の孫とは・・・すなわち幼い頃の千里の事である。しばし、羅針が天井を見つめ考え、そしてこう唸った。
「ああーもう仕方がないな!仕方がない。やろう!でもな、勘違いするなよ。じいさん、あんたのためじゃない!これはあくまであの子のためだ!これは千里のためだ!良いな?」
「ありがとう、羅針」
乖里は羅針の方を見て、感謝の意を伝えた。
(僕のため・・・?)
ますます千里はわからなくなった。乖里は、今度は藤原の方を見つめて口を開いた。
「藤原君、俺はもう年だ。俺ももう力も衰えてしまった。全盛期のようにはいかない。あとは任せたぞ。多分、あの子が大人になる頃には、もう俺はこの世にいないだろう。もし、あの子が道に悩む事があるというなら、その時は君が力になってやってくれ。頼んだぞ」
「わかりましたよ。「先生」」
「先生」そう藤原は乖里を呼んだ。藤原のその返事を聞いて、乖里は笑顔を向けた。それはまるで遺言のような言葉にも思えた。
「じゃあ、あの子をここに呼ぶか・・・・千里!」
そう乖里が千里の名を呼ぶので、彼は驚いて身構えてしまった。しかし、祖父がそう呼ぶのは自身ではなく、あくまで幼い頃の自分であった。だが、幼い頃の千里は姿を表せなかった。まだテレビを見ているだろうか。乖里が腰を上げ、幼い千里がいる部屋に向かった。それを見ていた千里は察した。
(幼い僕に何かするのか!?)
相変わらず、幼い千里はテレビを見つめたまま動かなかった。そんな幼い千里を祖父は無理矢理、連れて行こうとした。それを見て幼女の計里が声を出す。
「じいじ、お兄ちゃんをどこ連れてくの?」
「ああ、少しな・・・計里ちゃんは大人しくテレビでも見てな」
そう言って、乖里は千里を引きずるような形で元いた部屋に戻って行こうとしていた。黙って見ていた大人の方の千里はおもわず叫んだ。
(おい!じいちゃん!子供の頃の僕に何するつもりだよ!答えろよ!おい!じじい!)
そう必死に叫んでも、夢の世界の・・・過去の時間の世界の住人には彼の声は届かなかった。
(おい!じじい!じじい!・・・・・・・)
そこで夢が覚めた。夢の世界から現実世界に戻ってきた彼は瞼を開けた、彼の目には天井が映った。そして、
「知らない天井だ・・・」
と彼はどこかの有名ロボットアニメの主人公の言った台詞を吐いた。




