第1話「遭遇」(1)
この世界に未知なる物は実在する。
Unknown presence is real.
F大学の情報学部に通う大学2年生 天野 光太は悩んでいた。彼は現在、バスと電車で乗り継いで約1時間半かけて自宅から大学に通学している。
「大学が遠い・・・。」
そう通学時間が長いのだ。
彼の家の周囲は不運にも「ザ・田舎」というような場所で市街地からも遠く、山や田んぼと畑に囲まれていた。ここ最近は環境破壊の影響でエサを求めて山奥から麓にやってきたクマの目撃情報まであった。
「クマに注意しましょう」
との通達があり
「注意ってなにをすればいいのさ?」
と家族や友人たちと話したこともあった。
光太は元々、家から自転車で20分ぐらいの場所にあり通うのが楽そうな国立大学を第一志望にしていた。しかし、見事に不合格。近くに他に大学もなく、2番目に近い場所にあるのは通学に1時間半もかかるF大学であった。滑り止めで受けたつもりだったがこちらは合格した。
通うべきか、1年浪人をした上で第一志望に再度チャレンジすべきか迷ったが
「プー太郎というかニートよりはマシだろう」
という周囲の言葉もあって入学を決めた。
入学当初は第1志望に通えなかったことを悔やんでいたが大学での友人達も出来たこともありそんな思いも次第に薄れていった。
通学時間短縮のために実家を出て大学の近くにアパートの部屋を借りるという手もあったが、幸運にも彼が選考した学部の時間割的には1年生の前期は1限目からの講義がなく、午前10時半からスタートの2限目から講義が多かった。水曜日と金曜日に至っては午後から講義が始まる時間割だった。1限目からの講義もあったが必須科目ではないので、今回は無理に受講しなくても良い。
「これなら朝も早く出ることもないし、自宅から通うのが楽勝だ!」
と自宅から通学する道を選んだ。
しかし、長い夏休みが終わって1年生後期が始まると状況が一変する。後期の時間割りでは1限目の午前9時開始の講義が火、水、木と1週間に三日連続なってしまった。しかもどれもこれも卒業などに関わる必須科目であった。これらの単位を落とすと後々厄介な事になりかねない。
「まぁなんとかなるだろう」
と楽観的に考え後期も前期同様に自宅から大学に通い続けた。
目覚まし時計二つに携帯電話のアラームも用意して時間通りに起き、決まったバスと電車を乗り継ぎ、大学に向かい遅刻・欠席をしないように講義に出るように努力していたが、季節は秋から冬へ移り変わり肌寒くなってくると朝ベッドから出るのは至難の技になってくる。
「寒い、このまま寝ていたい」
という欲望と戦い続け、それでもなんとか出席し続け、年明け1月末のテストも受けることもでき単位も無事に習得できた。
難所をなんとか突破した光太だったが
「やはり通学に1時間半はキツいよなぁ。これを来年もやるかもしれないのか・・・」
と考え不安になった。そして通学時間の大幅短縮を目的に大学の近くで一人暮らしをするために部屋を探すことを決意した。
両親には
「大学の近くで一人暮らしをしたい」と相談したところ
「まぁ良い物件があるなら考える」と言われた。
「了解を得た」との解釈をして物件探しを開始した。F大学には学生用の寮がなかったので、春休みの間、不動産雑誌やサイトと何度も睨めっこし住みたい部屋を探した。実際の建物も見に回った。
数件、予算的にも良い物件があり不動産屋に問合せをしてみたが既に入居者が決まっているとのことだった。
そんなことを繰り返しるうちになかなか良い部屋が見つからず、4月になり2年生の前期のカリキュラムが始まってしまった。相変わらず市街地外れの自宅から長い時間をかけて通学している。今期は1時限目の授業が水曜日のみというのが救いだった。
4月中旬のある暖かい月曜日の午後のことだった。3限目の講義が講師の都合で休校になってしまったので暇つぶしに訪れた、大学構内のサークル棟の3階の文芸部の部屋で椅子に座り光太は不動産雑誌を見つめていた。
光太は文芸部所属だったが、それっぽい活動などしていなかった。特に読書が好きという訳でもない。1ヶ月に一冊ぐらい暇つぶしでライトノベルを読む程度だった。
「まだひとり暮らしの部屋が決まってないのか?」
1つ学年が上の先輩で3年生の同じく文芸部員の皆川 涼が話しかけてきた。涼は椅子に座りミルクキャラメルを口に含みながら、机の上のノートパソコンを操作しながら課題のレポートを仕上げていた。
昨年の4月に休み時間に食堂で暇をしていた光太は涼にたまたま声をかけられた。特に入りたいサークルもなかったし、涼の強引な勧誘もあってか気つがいたら文芸部所属になっていた。
「そうですね・・・なんか「これだ!」っていう部屋がないと言いますか・・・」
「なんだよ?そりゃあ?」
「さぁなんでしょうか・・・この気持ちは・・・」
光太自身もよくわかっていなかった。値段的にも距離的にもお手頃な物件はいくつかあった。しかし、大体は既に入居者が決まっている物がほとんどだった。なにより、何故か直感的に「ここに住みたい」と思わせるような場所が見つからないのだ。
「ふーん。」と涼は何かを考えている。そして光太を見つめて
「お前って寝坊や遅刻ってせず予定を守るタイプだよな?」
「ええ。多分」
「朝もしっかり時間通り起きられるタイプ?」
「そうですね。あんまり夜ふかしとかは苦手な方なので早めに寝ているせいかもしれませんけど」
光太は早寝早起きで決められた時間を守るタイプの人間だった。それが彼の長所であり、周囲の人間からもよくその事に関しては褒められていた。
「そうか・・・自己管理がしっかり出来ていて偉いなぁ・・・健康的だな。どっかの誰かさんに爪の垢を煎じで飲ませてやりたいねぇ。」
涼は天井を見つめた。
「?」
「どっかの誰かさん」とは一体誰のことだろうか?
涼は天井を見つめたまま再度光太に質問をした。
「そういえば料理も出来るとか言ってなかったか?」
「まぁ・・・人並み程度ですけど。」
光太の両親は共働きで家に帰ってくるのも遅い時間だった。そんな環境で生活をしているうちに自然と身に付いた特技だった。
「レパートーリーも少ないし、味も保証しかねますよ。」
「ほーん。」
涼は天井から光太に視線を戻した。
「天野さぁ夕方暇かい?」
「えーと、このあと四限目の講義がありますから、それが終わったら暇ですけど。」
「じゃあ17時になったら大学の校門前に来てくれないか。」
「いいですよ。でもどうしてです?」
「まぁ。ちょっとな。」
とだけ涼は答えた。
「そう言えばさぁ今期始まったアニメの話なんだけどさぁ・・・」と涼は話題を切り替えた。
そんな話を涼としているうちに時間が過ぎていった。講義が始まりそうな時刻になって光太は部室を出た。
「じゃあ5時間通りに校門の前でな。」
「はいわかりました。」
そう答えて光太は講義に向かった。