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嘘つき  作者: 末広新通
8/13

 「おはようございます。」

 「今日は宜しくお願いします。」

 彼女の家に迎えに行った僕の前に現れた舞子さんは、そう言って軽くお辞儀をした。相変わらず綺麗なお辞儀だ。

淡いピンクのパンツに白いニット、その上にキャメルカラーのダッフルコートを着込んだ彼女に一瞬目を奪われた。

彼女自身の好みなのか、或いは杉浦さんによるコーディネートなのかは分からないが、身につけた衣類が彼女の純真さを際立たせていた。

「では舞子さん、こちらにどうぞ。」

そう言って、僕は彼女の手を取って車の助手席側にエスコートした。白い柔らかな手だった。

僕は、ステップが低く助手席側のドアが電動スライド式のボックスカーをレンタルで調達していた。

「ご配慮、ありがとうございます。」

車に乗り込む過程でその事に気づいた彼女が、恐縮した口調でお礼を言ってくれた。

「流石は大野さんね。」

杉浦さんにもお誉めの言葉を頂いた。

上々の出足だ。


「じゃあ気をつけてね。大野さん、舞子ちゃんの事宜しくね。」

そう言って手を振る杉浦さんに見送られて、僕達は出発した。

舞子さんは、後ろを向いてしばらく手を振っていた。

彼女に杉浦さんの姿は見えないのだが‥。

 やがて向き直った彼女は、僕に言った。

「大野さん、本当にご迷惑ではなかったですか?」

「そんな事ないですよ。それよりも、その『大野さん』ての辞めませんか。せっかくの若くて可愛い女の子とのデート気分が台無しになっちゃいますんで。」

実際、これは僕の本心だった。

彼女には僕を惹きつける何かの魅力があり、僕は今日のこのイベントを本当に楽しみにしていたのだ。

「じゃ、じゃあ何てお呼びしたらいいですか?」

「そうですね‥。やっぱり気分を高めるのには下の名前で呼んで貰うのがいいですね。」

「解りました。じゃあ恐縮ですけど、『浩さん』と呼ばせて頂きますね。」

「それでOKです。あと僕は『舞子ちゃん』と呼ばせて貰ってもいいですか?」

「はい、浩さん!」

「いいですねぇ、なんかテンション上がって来ましたよ。」

いい一日になりそうだ‥。そう思った僕の鼓動は自然と高まっていた‥。



 それから約一時間後、僕達はテーマパークに到着した。

チケットを購入して施設内に入ると、オープンしてまだ2カ月という事もあり、其所は予想通りの盛況ぶりだった。

事前にお薦めのアトラクションやフードコートについてはリサーチしておいた。また、行きの車中の会話の中で、舞子さんが興味を持っているイベントについてもある程度は把握出来た。ここからが、自分のプロデュース力の見せ所だ。

「なんとなくですけど、やっぱり混雑してそうですね。」

若干不安げな表情を見せて、彼女が言った。

「大丈夫、それ程でもないですよ。」

「こういう所での立ち回りには慣れていますから、僕に任せて下さい。」

そう言って、僕は彼女の手を取った。

目の見えない彼女をエスコートする為には、基本的にその手を握って一緒に行動する事になる。世の中の普通のカップルが数回のデートという過程を経て辿り着くステージで、僕は彼女との初デートに挑む事が出来た。その手から彼女の体温を感じる事で、僕のモチベーションは更に上がっていた。


 まず、こういうテーマパーク施設では、大抵のアトラクションにおいて障害を持つ方を優先的にエスコートするという配慮が存在する。最新テーマパークである此処も同様だった。当然、舞子さんにもその優先権があった。然し、過剰な配慮を嫌がるであろう舞子さんが、そんな自己主張をする訳がない。それで、僕は事前に杉浦さんにお願いして彼女の障害者手帳を預からせて貰っていた。

「さあ、行きましょう。」

僕はそう言って、彼女の手を軽く引き、一般の来場客達とは異なる入り口に誘導した。フリーチケットと障害者手帳をスタッフに提示し、僕達はいたずらに時間を浪費する事なく入場出来た。

中に入ってからは、僕が状況説明を行うナビゲーターとなって、迫り来るキャラクター達について、アナウンスして彼女の好奇心や恐怖心を煽った。

「うわっ、前からバッファローの大軍が迫って来る!」

「えーっ!」

「今度は湖の中からワニだっ!ヤバいっ、口を全開に開けてやがるぞ!」

「きゃー!」

「あれっ?上から猿の群れが、胡桃を投げつけて来たぞっ!」

「うふふふっ‥。」

怖がったり、驚いたり、笑ったり‥、そんな彼女が見せるリアクションの一つ一つが、僕を愉しませ、そして癒やしてくれた。

「ああ楽しかった!浩さんのおかげです。」

「いえいえ、まだ始まったばかりです。さあ、次は何処に行きましょうか?」

「はいっ!じゃあ次は‥‥」

彼女のリクエストに、僕は精一杯の手段を持って応えようと努めた。

中には参加するのに事前の予約が必要なイベントもあった。それでも、打開策はある。嘘をつけばいいのだ。自分は予約をしたのに、そちらの手違いで登録されなかったのだとクレームをつければいいのだ。こういう処には、必ず非常用の予備分というのが確保してある。嘘をついてそれを奪取すればいいのである。

但し、彼女の前で嘘をつくのは避けたかった。だから僕は、彼女を離れたベンチに座らせ「トイレに行ってくる。」という口実による時間稼ぎをしてから、この策を労した。

彼女の前では、自分も潔白でありたいと思わせる程の純真さを、舞子さんは兼ね備えていたのだ。

僕が彼女のあらかたのリクエストに応えきった頃には、もう日が傾き辺りを夕日が覆っていた。

疲れていないと言えば嘘になる。しかし、それ以上の充足感を僕は感じていた。

「ああ、来て良かった~。」

舞子さんが言ってくれた言葉は、まさに僕の気持ちでもあった。



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