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パタンッ‥。
二階でドアが閉まる音がした。
「そいえば大野さんは、舞子に会うの、初めてよね。」
「ええ。」
彼女がいた余韻がまだ残っている中、杉浦さんが僕に説明をしてくれた。
「あの娘は妹の子で、3ヶ月前からうちに住んでいるの。」
杉浦さんの話によると、舞子さんは元々お父様が海外出張中で母親と2人で暮らしていたのだが、半年前に2人が乗っていたバスが事故に遭い、その事故でお母様を亡くされたとの事だった‥。奇跡的に助かった舞子さんも、その事故が原因で目が見えなくなってしまったらしい。
「お医者さんの話では、眼の機能自体には問題が見当たらないって言うのよ‥。恐らく精神的なショックじゃないかって。」
「それで、当面私が引き取って面倒を見る事にしたの。」
「そういった事情があったんですね‥。」
彼女の身に突然降ってわいた不幸な出来事‥‥その事を知った僕には、先程の彼女の立ち振る舞いが気丈に感じられて仕方がなかった。
「見ての通り、元気には見えるんだけど‥目のせいで勤めていた保育園も辞める事になって、部屋に引き篭もる事が多くなっちゃってるのよねぇ。」
心配でしょうがない‥というのが僕にも伝わってきた。
「そうだ!大野さんに頼んだら?」
突然の発案をしたのは、渋谷さんだった。
「そうか、そうね。大野さんだったら安心して任せられるわ。」
杉浦さんもその案に賛同している。
「あの‥なんのお話しですか?」
「ああ、御免なさいね。最近お台場に新しいテーマパークが出来たでしょ。」
「ええ。」
「そこに舞子が行きたがっていたのよ。」
「でも、彼女1人を行かせる訳にはいかないし‥かといって私達が一緒に行ってもかえって足手まといになりかねないしね。」
「でも、こんなお願い、大野さんもさすがに迷惑よね?」
彼女達の物言いは、冗談という感じのものではなかった。
「いえ‥。ただ僕が一緒について行くのを舞子さんが果たして了承するでしょうか?」
僕の言葉に、彼女達は一瞬驚いた顔を見せた。
そして顔を見合わせ合った後、2人同時に返答した。
「大丈夫、大丈夫!」
その後はもう、僕の事はそっちのけだった‥。
「舞子、きっと喜ぶわね~。」
「どんな服装で行ったらいいかしら?」
「どんな乗り物やイベントがあるか、よく調べとかないとね。」
まるで自分達が行くかのように、楽しげに話し合いをしていた。
ああ‥彼女は愛されているんだなぁ。と僕は理解した。
その翌日、杉浦さんから連絡が入った。
「舞子、行くって。」
「本当ですか?」
「凄く楽しみだって、喜んでたわ。」
「そうですか、僕も楽しみですよ。」
嘘ではなかった。
普通なら子守役を押し付けられて迷惑と思うのかもしれない。しかし、彼女には不思議と僕を惹きつける何かがあった‥。
僕の周りにいる他の女性達とは違う特別な何かを、彼女からは感じていたのだ。
「それで、出かける日なんだけど‥。」
「そうですね‥‥」
僕の都合を踏まえて、出かける日は、翌週の土曜日に決まった。
日付が決まった事で、僕の中で使命感のような物が涌いてきた。
いかにして、舞子さんを楽しませるか?
その為に、当日までにどんな準備が必要となるか?
異性に対して、ある種の緊張感を感じるのも久しぶりだった。
初めてのデートを迎える若者のような感覚に近かったかもしれない。
初めての‥‥。
ふと、高校時代の苦い失恋の経験を思い出した。
思えば、あれがきっかけで僕は平気で嘘をつける男になったのだと‥思う。




