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嘘つき  作者: 末広新通
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 「いよいよ、明日ね。」

 ちょっと甘えた声で、彼女が言った。

 「そうだね。」

 僕はそう言って彼女を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

 明日は僕と彼女の結婚式だ。2人にとっての晴れの舞台であり、日頃お世話になっている方々、友人、両親を招いて披露宴が行われる事になっている。

 しかし、2人が出逢う機会を作ってくれた恩人とも言える友人を、僕はこの舞台に招待する事が出来なかった。招待する訳にはいかない事情があったのだ。


 僕の名前は大塚利満。話は2年前に遡る。

仲間内で、クリスマス関連の話題が出る事が多くなってきていた11月初旬の頃だった。

「トシは、今年はどんな感じのクリスマスになりそうなんだ?」

職場の仲間内の飲み会で、先輩が聞いてきた。

「今年も1人っすからねぇ~、その日はヒッキー(引き篭もり)になりますよ。」

変な見栄をはってもしょうがない。苦笑いをして、事実を答えた。ある意味、定番のやり取りで、だからどうしようという会話に繋がる訳でもないのは分かっていた。

「なんだよ、トシは彼女いないのかよ~。」

意外なツッコミを入れてきたのは、1ヶ月前に転勤してきたばかりの同期の大野浩だった。

「いねーよ。悪いかよ。」

僕は、軽くふて腐れて見せた。

「別に悪くはないけど、だったら今からでも何とかすりゃいいじゃん。」

「そんな簡単にゃいかないだろう。」

「いや、本人のやる気次第だよ。何なら手を貸そうか?」

「手を貸すって‥マジかよ。」

「ああ。」

そう言った彼が、僕を独身男女交流パーティーイベントに連れ出したのは、それから2週間後の事だった。



 会場は広く、男女合わせて約300名がそのイベントに参加していた。会場入口横の待ち合わせ場所に現れた大野は、いつもの僕が知っている大野とは大分違っていた。前髪を下ろし、眼鏡をコンタクトに替え、白シャツにグレーのジャケットと紺のパンツというコーディネートを施した彼は、爽やかな好青年に見えた。

「イベントが始まるまで、まだ30分ある。ちょっと作戦会議しようぜ。」

場所を向かいの喫茶店に替えて、僕らは今日の戦術について話し合った。‥いや、正確には彼から戦術を授けられたという方が正しかっただろう。

「まず設定だ。2人は出来る営業マンという事にしよう。多少調子いいことを言っても仕事柄の事で、軽薄には写らない。」

「車はベンツに乗ってるって事で。」

「すぐにバレるよ。」

「バレても、いい意味でギャップになる。遠い金持ちと思ったら、そうでなかったって感じさ。女性は、ギャップに弱いんだ。」

「トシは料理はするのか?」

「まあ、ある程度は‥。独り暮らし長いからな。」

「よし、じゃあトークの話題はそれで行こう。」

「女性共通の話題だ。その中で、失敗談とかのあるあるネタで行けば鉄板だ。会話は必ず盛り上がるよ。」

大野は他にも色々な戦術を提唱した。そして、最後に

「僕は『池田』と名乗るが、トシは本名で行け。」

と指示した。

「何で? 」と僕が聞くと、

「非常時対策用さ。」

と答え、席から立ち上がった。

「さあ、イベント開始時間だ。」

そう言って歩き出した彼の後を、僕は慌てて追った。


 パーティーが始まった。ビンゴ大会やカードを使った告白タイム等多少のイベントはあるが、基本殆どの時間はフリータイムである。男女どちらが声を掛けなければ、何も起こりようがないのだ。

「気になる娘がいたら、言えよ。」

浩にはそう言われていたが、中々そう簡単にいくものではない。

近くに行ってガン見する訳にはいかないので、やや距離をとって物色していたが、僕が苦手な派手目の女性が多く困惑していた。いたずらに時間が過ぎていってた。

浩はというと、単独参加者に積極的に声を掛け、楽しげな表情で会話をしていた。彼に言わせれば、ウォーミングアップとの事であったのだが‥。

やがて僕は、1人の気になる女性を見つけた。彼女は友人と2人で参加しているようだ。他の参加者と比べて温和しめのメイクに対して、ちょっとアンバランスな派手目の服を着ていたその娘が、友人と話す際に見せる笑顔がとても可愛らしく見えた。

僕は、会話中の浩の相手女性のやや後方に立ち位置を移動した。

浩はすぐに察してくれた。名残惜しそうなその女性に別れを告げ、僕の元にやって来た。

「気になる娘が見つかったのか?」

「ああ。」

「どの娘だ?」

「ドリンクコーナーの傍らでカクテルを飲んでいる2人組がいるだろう。あの右側のショートカットの娘だけど‥。」

「成る程‥。」

浩は一瞬軽く腕組みをした。

だが、すぐにそれを解き言った。

「よし、最初に僕が挨拶をするから、その後にトシは『こんな隅っこで可愛い‥‥』って言えよ。後は流れ次第だけど、例の料理ネタで行こう。」

「‥分かった。」

「じゃあ、行くぞ。」

僕と浩は彼女達の元へ向かった。


 彼女達との会話は、驚く程うまくいき盛り上がった。浩が言った通り、料理ネタの話題も功を奏した。あっと言う間にパーティー終了時間を迎え、僕らはお互いの連絡先を交換し、後日の再会を約束した。彼の車についての嘘も、彼女達の高感度を上げる結果となった。正直、上手くいきすぎて驚いた。


 だが全てが上手くい程、甘くは無かった。

その日の深夜、浩から電話があった。

「悪いトシ。実はあの後行った別のパーティーイベントで、偶然久美ちゃんに会っちまったんだ。しかも、俺が偽名を使った事もバレちまった。」

青天の霹靂とも言える浩からの予期せぬ報告に、僕は慌てた。

「じゃあ、一巻の終わりじゃないかよ~。」

正直、そう思った。

しかし、浩には全く動揺が感じられなかった。

「まあ、これで俺は今後トシのサポートは出来なくなっちまったけど‥‥トシの方は問題ないさ。」

落ち着いた口調だった。

「はぁ?そんな筈ないだろ。当然僕だって疑われるだろうが。」

「何で?」

「何でって‥‥一緒にいたんだから‥。」

「それだけじゃん。1人で参加したけど、ペアで参加してる女子が多かったから、便宜上、その場で初対面の俺とペアを組んだって言えばいいんだよ。」

「そんなの誰が信じるんだよ?」

「だったら何であの時、俺は偽名でお前は本名を名乗ったんだよ?」

「‥?!」

「お前は彼女達との会話の中で、嘘なんかついてないだろうが。」

浩の言う通りだった‥。

当然、疑われるだろう。だが、彼が偽名で僕が本名を使っていた事を考慮すると、この言い訳の説得力は相当高い。いや、寧ろこちらが真実だと考えるのが普通ではないか。

「お前‥そこまで想定して偽名を使ったのか?」

「まあ、あくまで非常用だったんだけどな‥。実際、あの娘達はいい娘達だったしな‥。」

「俺がスマホと携帯を使い分けてるのは知ってるよな?」

「ああ。」

「携帯は偽名用としても使ってはいるが、自分が損得抜きで付き合ってもいい親しい相手用で、スマホの方はドライに利害目的でつき合う奴ら用さ。」

「そうなのか?僕はてっきり逆だとばかり思ってた‥。」

「まぁ、いずれにしてもあの娘達はいい娘だぜ。頑張れよ。」

浩は僕にエール送って電話を切った。

その後、僕はそのショートカットの娘『今日子』に精一杯のアタックを掛けた。やがて交際に発展した2人は、明日結婚式をあげる。


 浩は昨年、競合他社のヘッドハンティングにあい、会社を辞めた。今では交流もなくなってしまった。

あの時、浩が言った事が本当なのかどうかは判らない。偽名を使った理由も、携帯とスマホの使い分けのルールも真実は彼にしか判らない。しかし、彼のお陰で僕は今日子と出遭い、そして結婚する事が出来た。彼は僕にとって間違いなく恩人だった。

今日子の友達の久美ちゃんは、あれ以来男性不信に陥ってしまっているらしい。

「早く、久美にもいい人が現れるといいんだけどな‥。」

ふと、今日子が呟いた。

やっぱり浩は酷い奴だ。浩が彼女にトラウマを作ったのは間違いないのだ。

でも浩なら、彼女のトラウマを消し去る事もきっと出来るのではないかと‥‥僕は思っている。



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