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「ねえ、来週末、友達の主催するプレクリスマスパーティーがあるんだけど、一緒に行かない?」
アクティブな友人の明日香から誘われた。
現在26歳の私に彼氏はいない。素敵な出会いがあったらいいな‥といつも思っている。
でも、私はその折角の誘いを断った‥。
私の名前は伊藤久美、以前の私だったらきっと「行く行く!」と即答していたと思う。でも、私には2年前のトラウマがあった‥。
それは、クリスマスまで1ヶ月を切った11月末に大手イベント会社によって開催された、独身男女交流パーティーでの事だった。
私と友人の今日子は、素敵な異性との出会いを期待してこのイベントに参加した。ここ一の勝負服を纏い、完璧なメイクを施し、女子力全開でそのイベントを迎えた。
しかし、広い会場で、男女150名ずつという大人数に私達は圧倒されていた。会場の端で、咽が渇いている訳でもないのにカクテルをちびちびと口の中に流し込みながら、男性参加者との接触を思うように図れず、いたずらに持ち時間を失っていた。
「まぁ、元々駄目もとだったしね~。」
「そうそう、世の中そんなに甘くないってことね。」
お互いを慰め合い始めていた私達の元に、ふいに2人の男性参加者がやって来た。
「こんにちは。」
人懐っこい笑顔で話しかけてきた彼の身長は180センチはあった。純白のシャツの上に薄いグレーのジャケット、紺のパンツを合わせたその着こなし、爽やかな声、何よりその甘いマスクに私の胸は高まった。
「こんな端っこで可愛い女性が女同士で飲んでるせいで、僕ら相手が見つからなくて困ってたんですよ~。話に混ぜて貰えませんか?」
口の上手いもう1人の男性も私の中では“あり”だ。
「どうぞ、どうぞ。」
同じ事を考えたであろう、友人と私の声が被ってしまった‥。
彼の名前は池田。一緒にいた友人は大塚だったと思う‥。
彼等とのトークは楽しかった。最近は料理にちょっとはまっているとの事で、調味料の間違いや工程の勘違い等のあるあるエピソードとその中に混ぜる所々のボケは、私達の共感と笑いを誘い飽きさせなかった。見た目と違う生活感漂う話に親しみも感じた。
あっと言う間に30分余りが過ぎ、パーティーの終了時間を迎えた。(二次会のお誘いしてもらえないかな‥。)と私は密かに期待したのだが、営業マンをしている彼には、今日この後得意先との約束があるとの事だった。
それでも彼は赤い携帯電話を取り出し、連絡先の交換を申し出てくれた。
「年内に、また会って飲みたいね。」
「是非、是非!」
私と友人の返事が再び被った。
彼等は車で来ており、私達に「最寄りの駅まで送るよ。」と申し出てくれた。彼の運転で地下駐車場から現れたのは、大衆車のファミリアだった。
「あれ、さっき会話の中でベンツに乗ってるって言ってませんでしたっけ?」
私がツッコミを入れると、
「そうそう、このファミリアの名前『ベンツ』って言うんだよね。」
そう言って、おどけて見せた。
「キャハハ、何それ~。」
嘘をつかれた格好ではあるが、寧ろ私の中では彼への好感度は上がっていた。
彼等と別れてから、1時間程経過した頃だった。
まだ、自宅近くの喫茶店で楽しかった一時の余韻を味わっていた私の元に、友人の彩から電話がかかってきた。
「久美、お願いがあるんだけど、今日この後空いていない?」
彼女の声には逼迫感が漂っていた。
「えっ、空いていなくはないけど‥どうしたの?」
「実は‥‥」
彩は副業でイベントコンパニオンをしていた。この時期は都内でのイベント開催が多いため忙しいのだと‥先日もぼやいていた。
彼女からのお願いとは、臨時のコンパニオン役の依頼だった。
予定していたコンパニオンの娘が、インフルエンザにかかってしまい、人手が足りなくて困っているらしい。
実は、私は以前にも2回程彼女に頼まれて臨時のコンパニオン役をしてあげた事がある。その為、真っ先に白羽の矢が立ったのだろう。
気は乗らなかったが、彼女にはこれまでに色々と世話になる事もあったし‥何より彼女の「久美なら私から見ても可愛いし、人当たりもいいから安心なのよ。」という褒め殺しにあっては、なかなか断り切れなかった。結局、私はコンパニオン役を承諾した。
依頼されたイベントは『ヤングエグゼクティブパーティー』と銘打たれたものだった。
会場は銀座の画廊があるビルの5階フロアーで、器としてはそれ程広いものでは無い。しかし、品のある内装装飾と設置されたインテリア、効果的な間接照明によって造り出された空間は、このイベントが私達が参加したそれよりステータスが上のものである事を知らしめていた。
コンパニオン役の私に用意された衣装は、胸元をやや開けてはいるが、品位を損なわない程度のグレーのスーツとタイトスカートであった。注文された飲み物を各テーブルに運び、提供するのが私の役割である。
イベントが始まって40分程が経過しようとしていた。
「久美、次3番テーブルにこれお願い。」
彩に促された次の私の行き先は3番テーブルだった。最初は緊張していた私も大分慣れてきた。ドリンク提供を行いつつ、其処での会話に耳をかたむける余裕も出来てきた。
「私の知り合いでも、妻子ある上司と不倫関係を続けちゃってる子がいるのよ。まるで昼ドラみたいでしょ。」
「本当?どんな感じの子なの。」
聞こえてきた会話の内容は、以外とゲスなものだった。
「こちらがジントニック、こちらがカシスオレンジでございます。以上で宜しいでしょうか。」
提供を終えた私は、会話の主達の顔を興味本位でチラ見した。いやっ、チラ見で済ませるつもりが凝視してしまった。
そのうちの1人が知った顔だったのだ。、ほんの3時間前に私が出会い、つい先程まで妄想をしていた相手の顔が其処にあった。
「池田‥さん?」
私は思わず、口走ってしまった。
確認するまでもなかったのに‥。純白のシャツ、薄いグレーのジャケット、彼が身に纏っていた服にははっきりと見覚えがあったのだ。結果、次の彼からのひと言で、私は大きなダメージを負う事になった。
「すいませんが、どなたかとお間違いではないですか?」
「そうよ、彼の名前は大野浩よ。」
相席していた女の言葉でとどめを刺された私に、彼を問い正すメンタル力は無かった。そして、彼の前には赤い携帯電話ではなく青いスマートフォンが置かれている事に、私は気付いた。
「失礼致しました。」
一コンパニオンとして最低限の言葉を発し、私はその場を去るしかなかった。彼に背を向け歩き出した途端、涙が溢れ出てきた‥‥そのまま私は化粧室に向かった。
彼は今日仕事があると嘘をついていた。
彼の名前すら嘘だった。
恐らくは、携帯とスマートフォンを使い分けている。きっと私との連絡先交換に使った赤い携帯電話が『池田用』だろう。
あの時見せた笑顔も嘘だった。
彼は嘘つきだった。
彼が何の為に嘘をついたのか、私には解らない。
何か実害を被ったわけでもない‥。
でも、それから2年経った今でも、この事は私のトラウマになっている。
彼のような嘘つきが、世の中には大勢いるのだろうか‥。




