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今日、彼は知人に紹介された女性と一緒に食事をした。彼女にとってのそれは、デートという認識だったであろう。お互いの自己紹介、趣味の話、学生時代の部活の話、最近のマイブームの話等についてニコやかに会話をし、2時間余りの時を過ごした。きっと、他のテーブルの客から見たら既につき合っている恋人同士のように映った筈だ。
「じゃあ、また。」
そう言って、彼は最寄り駅の改札口前で彼女を見送った。家路に着いた彼女は、今日のデートに手応えを感じ、後日の再会を確信していた。
しかし、2人が再会する事はなかった。
彼は自らメールを彼女に送る事は勿論、彼女からのメールへの返信すらしなかった。
彼は『嘘つき』だった。
そもそも何故、彼は彼女を紹介されたのか?
それは、彼が知人からの「彼女が欲しくないか?」という問いかけに「欲しいですね。」と言ったからだ。
「A子さんとは初対面なのに、前からお互いを知っていたような親しみを感じるんですよ。」
「僕、どちらかというと、細めより多少ふくよかな方がタイプなんですよ。」
「こう見えて、学生時代はテニス部で全国大会出場もしたんですよ。」
「なんか、女性と話慣れしてなくて‥緊張しますね。」
彼女との会話で彼が言った台詞の数々、全て嘘であった。
後日、彼は知人に詰問された。
「お前、なんで彼女に連絡してあげないんた。」
「時間が無かったんですよ。」
詰問した知人と彼の口調には、大きな乖離があった。今日の天気についての話でもしてるが如く無感情な彼の口調は、知人にとっては苛立たたしい事この上ないものだった。
「時間って‥1ヶ月もの間、連絡一つ出来ない訳ないだろうが。」
知人は怒りを露わにした。それでも、彼の口調は、変わらなかった。
「僕が言っているのは、彼女に連絡するのに使うような時間は無かったっていう事ですよ。」
「ふざけるな!‥お前とは、これっきりだ!」
そう言って男は背を向け、立ち去ろうとした。
ここまでのやりとりを聞く限り、正義はこの男にあると思うのが普通だろう。しかし、次のひと言で事態は全く別の様相を見せる。
「けっこうです。ただ、今後は御自身の不倫相手を人に紹介するのは、辞めた方がいいと思いますよ。」
ビクッと一瞬肩を震わせ、男は彼の方を振り返った。
「なぜっ‥‥」
男は言い掛けたが、既に背を向け歩き出していた彼にその問いかけが届く筈もなく、言葉を呑み込んだ。
彼の名前は大野浩。31歳の独身で、結婚歴はない。
今回の事を踏まえて、彼の人間性を図る事は出来ない。何故なら、彼がどの時点で知人と彼女の不倫関係を知ったかによって、見方は180度異なるからである。
もし、ここ数日の間に知ったのなら、それはたまたまであり、彼は自己中心的なお調子者という事になる。
もし、デート直後に知ったのなら、デート中に自分を偽ったとはいえ、それは彼女に対して見栄を張ったとも取れるものである。むしろ、期待を失望に変えられた被害者とも言えなくもない。
もし、デート中に知ったのなら、敢えて気付かぬふりをして今回の機を待った、意地の悪い策士である。
そして、もしデート前に知っていたのなら、他人を弄ぶ事を自らの楽しみとした気味の悪い人物という事になる。
最悪なのは、その事実を知っていた上で、知人に彼女を自分に紹介するように仕向けていた場合だ。もし、そうだとしたら彼は恐ろしい人物だ‥。




