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嘘つき  作者: 末広新通
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「お待たせしました。」

玄関の扉が開き、顔を覗かせた舞子さんが左手を差し出す。

僕はその手を左手でそっと握り、右手を彼女の右肩口に添えて、ゆっくりと車の助手席までエスコートする。

こうして、彼女と出掛けるのも今日で4回目になる。

 彼女は意外と多趣味だった。

前々回は若手人気ミュージシャンのコンサート、前回は落語を聴きに僕たちは出掛けた。いずれも彼女からのリクエストを受けてのものだった。

その若手ミュージシャンに、僕自身はさして興味があった訳ではない。落語を聴くのも人生で初めての事だった。出掛ける先が何処でも僕は一向に構わなかったのだ。

そのミュージシャンの歌うバラードを聞いて、彼女は陶酔した表情で涙を浮かべていた。

落語家の小話を聴きながら、小刻みに肩を震わせ笑っていた。

そんな彼女の表情を眺めながら、同じ時を共有する事に居心地の良さを感じていた。それが僕のモチベーションの全てだった。


 今日向かう先は、これまでとは少し違っていた。

舞子さんは、合唱サークルに所属しており、彼女の誘いで僕もゲスト参加者として行ってみる事になったのだった。

「男性参加者が少なくて困ってたんですよ。浩さんだったら、私自信を持って皆に紹介できます。」

「そんな、買いかぶらないで下さい。ほんと、お役に立てるかどうか判りませんよ。」

「大丈夫ですよ。だって私、浩さんの声、好きですもの。」

彼女にそう言われるのは悪い気分ではなかった。何とか期待に応えたい、彼女を喜ばせたいと思っていた。

 

 程なく、僕達は地元の小学校に到着した。舞子さんの話によると、サークルの活動用に小学校の音楽室を使用させて貰っているとの事だった。

僕達が教室に着いたのは集合時間の5分前で、既に15名のメンバーが来ていた。早速、新参者の僕は舞子さんと一緒にその一人一人に挨拶して回った。

「舞子さんの友人の大野です。初心者でご迷惑をかけるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします。」

「男性参加者、大歓迎ですよ~。宜しく。」

皆同様に歓迎の言葉をくれた。

挨拶中に4名のメンバーがやって来た為、参加予定者20名全員が揃った。内男性参加者は僕を含めて7名だった。僕は挨拶をしながら、他の6名の男性参加者を観察した。そして全員への挨拶が終わって‥‥安堵した。何故なら、彼等の中に舞子さんと特別親しいと感じられる人物はいなかったからである。

僕にとっては、それを確認する事こそが、今日最も重要な事だったのである。後は、彼女の期待に応えるべく精一杯の発声をして、それで彼女が喜んでくれれば十分だと思った。

 しかし、実際はそうではなかった。

自分の求めていた物のちっぽけさ、不純さを思い知らされたのは彼女の歌声を聴いた時だった。

曲中、舞子さんにはソロパートが与えられていた。それまでの複雑なハモリを交えた、ある意味騒々しい合唱が止み、一瞬訪れた静寂の後、彼女が独唱をした。

その歌声は透明感に溢れており、突き抜けるような心地良い響きを併せ持っていた。無防備だった僕は、感情を揺さぶられ、不覚にも涙がこみ上げてきた。他人の歌声に感動を覚えたのは初めての事だった‥。

「彼女の歌声素敵よね。」

「‥‥はい。」

「ほんと、聞き惚れちゃうわ。」

「‥‥はい。」

歌い終わった後、隣の婦人に話し掛けられたが、感動の余韻が残っていた僕には、同意の返事をするだけで精一杯だった。

今日ここに来た事で彼女のこの歌声が聴けた。それこそが僕にとって一番大切で重要な事であったのだと気付かされた。

 


 「本当に、舞子ちゃんの声には感動しました。」

「もう、浩さんたら。何度も言わないで下さい。嬉しいけど、恥ずかしいですから。」

「いや、ほんと素敵でしたから。」

「‥‥もうっ!」

帰りの車中、僕からの賞賛の言葉に彼女は照れまくっていた。そんな彼女が堪らなく可愛らしく感じた。

「じゃあ舞子ちゃん、またね。また電話します。」

「はい。待ってます。」

彼女を自宅へ送り届けた後、僕は決意を固めていた。

(次回、彼女に会った時に正式に交際を申し込もう‥。)

 ただ、僕には今取りかかっている事が1つあった。

これをやり遂げる。その上で、生まれ変わり、彼女に相応しい人格者となって生きていこうと考えていた。



 僕は、2ヶ月程前から和美のツイッターに書き込みをしていた。最初は携帯電話を使用して、彼女の呟きに対して、それを非難中傷する書き込みを送り続けた。和美の味方をする人物に対しても、同様に非難した。

そして、あらかた僕以外の書き込みをする者がいなくなったのを見計らって、今度はスマホを使って別の人物を装っての書き込みを開始した。携帯での書き込みとは真逆の、彼女の良き理解者として彼女を擁護する書き込みだった。親近感を覚えるように、彼女と同世代の女性を演じて見せた。そして、この救世主によって非難者は撃退されていったのだった。

効果は抜群で、和美はすっかり僕が演じる彼女に信頼を寄せるようになった。彼女の夫に対する不満を肯定し、男を甘やかしてはいけない、男を信じすぎてはいけないという事を彼女の意識内に擦り込んでいった。

そして、来週末に和美と会う約束をしたのだった。



 その一方で、僕は2週間前、知人の中山彩という女性に電話で頼み事をしていた。彼女はイベント企画会社の経営者であり、学生時代からの友人であった僕は、これまで彼女の企画するイベントにサクラとして何度も参加し協力してあげた事もあった。

今回僕が彼女に頼んだのは、個人的な所属コンパニオンの派遣だった。男の扱いに長けた、甘え上手な女の子を一人用意して欲しいと頼んだのだった。これまでの貸しもあって、彼女は二つ返事で了解してくれた。

そうして、僕は信也に連絡をした。

「遊び相手として、いい女の子がいるんだが‥会ってみるか?」

「本当かよ!」

電話の向こう側で、奴は大喜びしていた。





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