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私の名前は秋元和美。
高校時代の同級生だった信也と結婚して、もう3年になる。
主人は保険の営業マンをしていて、収入額はきっと世の中の一般的な人のそれの倍は稼いでくれている。でも、保険会社の社員の給与額というのは、その多くの部分を歩合が占めている。
だから、主人は多少の無理をしてでも新規契約獲得に向けて一生懸命だ。得意先からの急なお誘いで帰宅が夜中を過ぎる事も多い。休日も、接待ゴルフやご紹介頂いた新規顧客への対応上仕事に時間を取られる事が頻繁にある。
でも、それは2人の為に彼が頑張ってくれているのであって、妻として感謝しなければいけない。多少、独りで食事をする事が多くなっても、一緒に出掛ける機会が減っても、怒ったりしてはいけないと思っていた。‥‥最初のうちは。
きっかけは、彼の寝言だった。
その日も彼は午前様だった。「得意先からの急な誘いで飲んで帰る事になった。」というメールが夕方送信されてきていた。
翌朝私が起きた時、彼は上半身ワイシャツで布団の上に腹這いになって熟睡していた。流石に疲れているようだった‥。
その日は土曜日で、午前中に仕事の予定は無いと彼から聞いていた私は、彼を起こさないように静かに起床し、朝食の準備に取り掛かろうとした。‥その時だった。
「‥‥サオリちゃん‥。」
傍らの彼が寝言を言った。
少なくとも、私の知っている知人にサオリという名の人はいない。
普通に考えて、昨夜彼が行ったお店の女の名前である可能性も高いだろう。然しながら、そうでない可能性も当然ある訳である。
それまで私は、彼が言う事をそのまま信じ受け入れていた。
その全てが本当だったのか?
実は嘘ををつかれていたのではないか?
そんな疑問が涌いてきた‥。
20分後、朝食の用意が整った私は彼に起床を促した。
「信也、御飯よ。」
眠そうに瞼を指で擦りながら、彼は起きてきた。
「昨日は何時くらいまで飲んでたの?」
「ん~、1時位かな。」
「大変ね、昨日は何系のお店に行ったの?」
「洋風の居酒屋だよ。」
「サオリって誰?」
「は?」
私はわざと唐突に質問して、彼の反応を観察した。
「信也、今朝寝言で言ってたわよ。『サオリちゃん』て。」
「本当かよ?」
「ええ。」
彼は少し考え込んだ。その姿は記憶を辿っているようにも、言い訳を考えているようにも見える。
「昨日の二次会で行ったスナックで横に付いた娘だよ。」
予想通りの答えだった。
「名刺とかないの?」
「そんなの持ち帰るわけないだろ。」
彼は少しキレ気味に答えた。
(ここまでにしとこう‥。)
「まあ、信也がそう言うなら信じるけど、お店の娘の名前なんか例え寝言でも、呼ばないでよね。お願いだから!」
「ああ、ごめん。ほんと気を付けるよ。」
彼への事情聴取は終わった。
しかし、私の彼への疑いは決して晴れた訳ではない。寧ろ、これからは、もっと彼の行動に注意を払わなければいけないと自分自身を戒めていた。
元々、信也は高校時代、私に好意を持ってくれていた彼の友人と私を騙して私に言い寄った男なんだから‥。考えてみれば、彼にとって嘘をつくのはお手のものの筈だ。
そして、もし本当に浮気なんかしてたら‥‥ただじゃ置かない。
その後も、彼は相変わらずだった。
付き合いだ、接待だと急遽の連絡をしてきて、深夜帰宅する事がしょっちゅうだ。私が怒ったふりをして問い詰めてみても、中々尻尾を出さない。
やっぱり、本当に仕事上の付き合いだけなのかもしれない。
でも、こんなに頻繁に付き合い飲みや休日出勤ってあるものだろうか。
勝手な疑いのせいでもあるが、最近はストレスがたまってしょうがない。それで私はツイッターを始めてみた。自分の不満を呟いてみるだけなのだが、これが以外とストレス発散になる。たまに他人がアドバイスしてくれる事もある。
私『今日も急な飲みだって!ムカつく!』
A「可哀想。でも、男なんてそんなもんよ。」
私『食事の準備もあるんだから、せめてもっと前に言ってよ!』
B「それは正しい!」
A「いっそ、家で食事する時だけ連絡頂戴って言ったら?」
私『それ、いいかも!』
そんな呟きをし、フォローコメントを貰うのがちょっとした楽しみでもあった。
ところが、最近私の呟きに対して、あからさまに非難コメントを書き込んでくる人物が現れた。
私『あ~退屈。』
C「暇なら、働け!」
私『彼、今日も休日出勤だって。』
C「夫の仕事に、扶養の分際で文句たれるんじゃねぇ!」
私『本当に仕事かな?』
C「証拠もねぇのに、ふざけた事言ってんじゃねぇよ!」
そんな非難に、他の人が「言い過ぎじゃない。」と書き込みすると、その人物は、攻撃の矛先をその人に変えて罵声を浴びせた。
結果、私の呟きへのコメントは無くなっていった。その非難を繰り返す人物を除いて‥。
私はツイッターで呟くのを、もう止めようと考え出していた。
そんなある日、新しい書き込みをする人物が現れた。
私『昨日、彼のスーツから香水の匂いがした。』
C「たまたまだろ?勝手に敏感に反応してんじゃねぇよ!」
D「敏感になるの当然じゃん。無関心ね方がおかしいよ。」
C「過剰反応だろうが!」
D「あなた、女心が解らない人ね。」
C「お前らに、男心が解るのかよ!」
D「自分にとって大切な男の人のならね。」
「貴方にはそういう人がいないのね。」
C「うるせえ、馬鹿!」
私にとっては、味方であり良き理解者だった。
その後も私の呟きに対して、彼女は同意してくれたり、励ましてくれたりした。まるで昔から私の事を知っているかの様な、私の内面を理解しているかの如くのアドバイスをしてくれた。
例の人物からの非難書き込みも、あれ以降無くなっていた。
恐らくは同世代だと思われるその女性に、私は実際に会って話をしてみたいと思うようになっていた。




