王子さまとお茶会
リリアナは、銀のケーキスタンドに腰掛けて、両手で抱えた角砂糖をさくさく食べている。その気になれば、角砂糖など一瞬で取り込んで消してしまうことができるのだが、そうすると王子さまを驚かせてしまいそうだった。砂糖は、それなりに存在力があるので、一気に摂ると循環が難しくて胸やけしそうだというのもある。
ウィリアム王子は、諸般の事情により小さな離宮で暮らしている。建物の規模で言えば、中堅貴族の別荘なみであり、使用人の数もかなり押さえられている。そのせいか、急遽ととのえられた茶会は非常に親しみやすく、家庭的と言ってよかった。
側仕えは、先ほど出会った魔術師と、大柄な騎士、年配の侍女長に若い侍女が3人に、教師がふたりといったところだろうか。他にもいるのかもしれないが、とりあえず今は見当たらない。しかし、リリアナは王子をずっと見守っていたから知っている。今、顔を出していないのは、二人かそこらだろう。
リリアナが腰掛けているケーキスタンドには、角砂糖が、ピラミッドもかくやというほどたくさん積み上がっている。テーブルには、薔薇色のクロスと大判の白いレースが広げられ、小花柄のティーセットで紅茶が供されている。そろいの皿にはパンケーキ、小皿にはシロップやジャム、ベリー類が載っている。急な茶会で菓子類が間に合わなかったようだ。
リリアナは、落ち着いたところで王子さまに事情を説明した。妖精は、普段は姿を見せていることができないこと、姿を見せるにはその時間に見合った存在力を摂取しなければならないこと、そして、それは結構な負担でもあること。だから、時々は姿をあらわすけれども、ずっと近くにいるのは難しいこと。
「じゃあ、どうしたら会えるの?」
王子さまは、とっても残念そうに言った。寂しそうな姿に、一瞬決意が揺らぎそうになった。しかし、リリアナは妖精なのだ。あまり近くにいて目立つのは、末永く見守るためにはよろしくない。彼の生涯を見守るのが契約により課せられた義務なのだ。なるべく穏便に長くいられるようにしなければ。
「殿下、いい案がありますよ。リリアナが姿をあらわし続けられるように、食べ物をあげればいいんです。ほら、そこの角砂糖のような」
余計な発言をするのは、例の童顔魔術師である。
「別に、角砂糖ばかり食べているわけじゃありませんわ。だいたい、それでは飼われているみたいじゃありませんか。王子さまに、こんな得体の知れないものが纏わりついていたら、外聞も悪いでしょうに」
「外聞ね。その心配は無用だね。すでに地を這ってるから」
「ターナー! 言葉が過ぎるぞ」
大柄な騎士が、魔術師をたしなめる。むろん、王子さまが、こんな小さな離宮に押し籠められているのに理由がないわけがない。リリアナにも何かあるのだろうとは分かっていたが、こんな幼児の外聞が地を這っているとはどういうことだろう。リリアナは、妖精だ。人間社会全体を知ることは難しいし、何より契約により行動範囲を制限されている。そういうことには疎い。
と、魔術師の言葉が当をえているときづいたウィリアム王子がぐっと身体を乗り出した。倒しそうになったティーカップを若い侍女がさりげなく避難させている。
「リリアナ、おねがい。ぼく、リリアナともっとお話ししたいの。本当にイヤになったら、しかたないけど、あきらめるから。だから、そばにいて」
目を潤ませてお願いするその姿に、リリアナは折れた。ずっと見守ってきたのだ、その王子さまの必死のおねがいを断れるわけがない。