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妖精の姿

「おぉ、あなたが噂の妖精どのですな。お美しい! 生きているうちに(まみ)えることがあろうとは思っておりませんでした。実に光栄です」

 ローウェル博士は、古語においては、とんでもなく権威のある学者とのことであったが、実際に対面してみると、ものすごいロマンチストのおじいさんにしか見えなかった。リリアナの日課でもある殿下とのお茶会に、参加したいと頼み込んできたらしい。小太りであまり背は高くなく、髪の毛がない頭はツルツルで、ギョロリと丸く大きな目の上には、白い眉毛がふさふさしている。その穏やかな顔つきがなければ、札付き者のような異相となっていただろう。

 リリアナは、相手の勢いに巻けて、椅子の背もたれにへばりついていた。背中に背もたれの感触はないが、そこはそれ、気分的なものである。最近、慣れてきたので、動揺していても、椅子に座っているように見せることが出来るようになったのだ。

 リリアナには、この老博士の勢いも、やけに美しい美しいと誉め(そや)すさまも理解の(ほか)で、困惑しかない。


 日差しが強くなってきたこの頃では、建物に近い場所に支柱を建てて、ターフのように布を張って前庭にテーブルを広げることが多くなってきた。この宮の前庭は、ちょっとした馬上試合などができそうなくらい広さがある。もともとは、狩猟を楽しむための別荘であるため、このようにテーブルを出して、女性陣が待つためのスペースとして空けてあるらしい。

 しかしながら、現在では来客すらないといってよい状況なので、なにもない庭が、ただただ広がっているだけである。下手をすれば、馬車が十台くらい横に並んで通れそうな門が、少し遠くに見えるばかり。人がいないのをいいことに、精霊たちが転げ回って遊んでいるが、リリアナは、いつもどおり見なかったことにした。

「導師どのから聞きましたが、『神の書』の原語での講義を依頼されたのは、妖精どのだそうですな。実に、実に素晴らしい。私は感動いたしました。私は長らく古語を研究して参ったわけですが、理解を深めるため、覚書のような日常的な文章を主としておりました。このたびの話を聞き、やはり古語の礎と言えば『神の書』、基本に立ち返れとの貴きお方の思し召したらんと思い申したのです。今でこそ、さらに研究しがいのある課題をえて、幸福を噛み締めておるところなのです」

 リリアナには、不明の部分もあるが、どうやら『神の書』を原語でと言われたことに、ひたすら感動しているらしかった。古語の博士だからなのか、やたらに語調が荘重である。持ち上げられ過ぎて、なんだか気持ちが落ち着かない。

「あの、博士さま? 妖精どのだなんて、そんなに仰々しくなさらないで、……その、リリアナと気軽に呼んでくだされば結構ですから」

 やはり、背もたれに背を押し付けたまま、それだけは言った。王子が見かねたのか、言葉を添えてくれる。

「ローウェル博士、そんなに次々と話さなくとも良いでしょう。時間はまだあるんですし。リリアナがビックリしているじゃないですか」

 ウィリアム王子は、このごろ行儀作法の成果が出てきたらしく、言葉遣いから子供らしさが抜けてきた。けれども、まだ足りないところがあって、さっそく指導されている。

 それが、リリアナには可哀想に思えてならない。この王子は、離宮を出ることがないのに、幼い頃から中途半端にしつけられているのだ。この作法の成果が役に立つときがあるのだろうか。だとすれば、それは、いつのことだろう。5年後、10年後、それとも30年後か。今の情勢では、そんな日は、永遠に来ない可能性の方が高いのだという魔術師(アドリアン)の言葉は、本当なのだろうか。

 リリアナは、胸の詰まるような心地だったが、ローウェル博士は、実に上機嫌でリリアナを褒め倒して帰っていった。やたらと美しいを連呼していたが、博士には、リリアナの顔立ちが分かるのだろうか。彼女の不可解そうな様子を見てとったのか、アドリアンが訊いてきた。

「ん? リリアナ、変な顔をしてどうしたのさ」

「あなたには、わたくしの表情が分かるんですね。わたくし、多分、博士には顔立ちが認識されていないと思うのですけれど」

 存在力をつねに摂取して姿を見せているとは言え、リリアナは妖精である。手のひらサイズで小さいこともあり、大抵のものには、顔立ちが分かるほどには見えていないだろうとの自覚もある。

「まぁ、そうでしょうね。ふわっと光がぼやけて見えるらしいです。それが綺麗なんだと思いますよ。僕にはハッキリ見えるので、よく分からないけど」

 アドリアンは、そう言うと、ニヤッと笑って続ける。

「リリアナはね、かなりの美少女。絶対保障」

 目がいいのも悪くないものだよ、などと言ってヘラヘラしている。

「そうなんですの?」

「自分で分からないんだ?」

「鏡に映りませんから、知りませんわ」

「そういえば、そうだっけ。当たり前すぎて忘れてたな」

 妖精が姿を映すことができる鏡は限られている。人間のいる階層にあったとしても、神宝級の逸品となるだろう。妖精達は、契約前に一度、自らの姿を見る機会があるが、契約前だからか、その姿はソフトフォーカスをかけすぎた写真みたいなもので、よく分からないのだ。

「美少女、ですか。わたくしが」

 不健康すぎて、容貌が関係ないほどであった前世を思うと、リリアナには、それが奇妙に思えてならなかった。

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