『死神』
■回想
それは最初、ぼんやりとした黒い塊にしか見えなかった。空気に滲むような黒い、何か。見えたり、見えなかったりを繰り返している。家政婦や看護師は見えているようではないので、多分わたしにしか見えないのだろう。
そして、ある時はっと思い付いた。
(死神……。)
わたしにしか見えないのなら、死神かもしれない。そう思ったとたん、それはハッキリとした姿をあらわしたようだった。
それは、黒いマントで顔を覆い隠した人の姿だった。もう空気に滲んでいるようには見えない。
「意味付けが終わったか」
ばさりと音をたててマントの下からあらわれたのは、まさに白皙といっていい、おそろしく白くうつくしい顔貌だった。病人そのものの、わたしの青い顔とはまったく似て非なる、白い、肌理の細かい肌。黒々とした長い癖のない髪が、絹糸のようにさらさらと零れて黒衣の肩を飾っている。人種の違いを感じさせる彫りの深い顔で、落ち窪んだ目元は鑿で削ったようにくっきりとしている。うつくしいが、女々しくはない。顔の輪郭は男らしくしっかりとしている。秀でた額の真ん中には、赤黒い刺青で、大きく第三の目が紋様のように描かれていた。焔を宿した瞳が、闇のなかからこちらを見ている。
わたしの口から絶望の溜め息がこぼれた。あぁ、この部屋はこんなに暗かっただろうか? 先刻までは、その窓の外には明るい日差しが届いていたはずなのに。もう、ここはこの世ではないのだろうか?
「わたしは、もう死ぬのかしら」
呟くような、小さな声には応えがあった。低い滑らかな声、そして意外な答え。
「近いであろうが、今ではない。娘、名を名乗れ」
戸惑いながら、ちいさくフルネームを名乗ると、さらに要求があった。
「では、私は何に見える? 答えよ」
「死神……」
それを聞くと、相手はふっと口許だけで微笑んで言った。
「では、私は『死神』だ。リナ、私のことは『死神』と呼ぶがいい」
そうして『死神』は、わたしに思いもしなかった提案を持ってきたのだった。
回想は、ここまでです。迷走系小説は、細切れなのです。