契約妖精(プロミスド)
妖精には、契約妖精と独立妖精がいる。妖精となるのは、大抵が、もともと人間として生きていた者達である。妖精は、まず『森』と呼ばれる場所で、妖精として存在するための知識、技能や、悪しき存在とならないための知識を与えられる。そのうえで、姿と任務を与えられ、不要な知識を封印され、契約により存在する契約妖精となる。その任務はさまざまで、糸紡ぎや歌舞音曲の奉納、聖櫃の清めなど神秘的なものもあれば 、神々の小間使いや、衣の繕いなどというものもある。契約に定められた任務を完了すれば、行動の自由と魂の独立が保証され、ほぼ消滅することはない。
つまり、契約妖精には行動の自由はないのだ。そればかりか、契約条項に違反すれば、魂ごと消滅する。これは、個が消滅するのであって、その妖精が個人的に人間と交流を持ったとしても、その人間の記憶からいずれは消えてゆくことを意味している。消滅した妖精は、何ひとつ残すことはないのである。足跡を遺したいのであれば、何としても独立妖精にならねば、望みが叶うことはないのだ。
これらの契約妖精の任務のうち、もっとも消滅の危険にさらされているのが、リリアナが行っているような観察業務である。仕事内容は簡単で、決められた場所に存在しさえすればよく、何かをしても、しなくてもよい。ただ、そこに存在するだけで、神の耳目となっているからだ。大抵は、変動の激しい人間社会の観察のためにあり、かなり不足気味だとのことであった。
姿を消せば魂を保つのが難しく、かといって姿をあらわせば、略取により契約を外れるなどして消滅の危険にさらされる。例のひとつとして、アドリアンが妖精に非常に詳しいのは、おそらくは誰かの、もしくは何らかの組織の研究の成果である。その研究に際しては、少なくない数の妖精が消滅させられているに違いあるまい。アドリアン本人は、リリアナを捕まえようとしたことはないため、一応は友好的な関係を保ってはいるものの、リリアナに思うところがないでもない。他にも、売り払おうとされたり、薬の材料にならないか試されたり、妖精達は人間によるさまざまな危険にさらされているのだ。
だから、この業務をおこなう妖精は入れ替わりが激しく、つねに不足している。ただ死亡した人間を連れてくればよいというものではなく、何がしかの条件があるらしい。リリアナは、『死神』からスカウトされたとき、確かそのような話を聞いたと思う。
そう、リリアナは『死神』の要請をうけて契約妖精になったのである。
次は、回想です。