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コンチェルト。アゲイン  作者: 煮込みハンバーグ
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6【可愛い後輩】

  【可愛い後輩】


 白いドアをスライドさせて廊下に出ると、目の前にあるベンチに先生、佐原、そして二ノ宮が座っているのが見えた。二ノ宮は俺が出てくるのを見ると立ち上がり、口を開いた。

「跡野、怪我は?」

「打撲と切り傷。全治一週間だと」

「よ、良かった……」

 ヘナヘナとベンチにへたり込む二ノ宮を見ていると、佐原が立ち上がって深々と頭を下げた。

「跡野、本当に済まない」

「何を謝ってるのかよく分からないんだけど」

「しかし、うちの部員が――」

 そう言いかけた時、先生が立ち上がり、そして佐原と同じく頭を下げた。

「二ノ宮から大体の事情は聞いている。神崎が勘違いをしてお前を突き飛ばしたそうだな。本当に申し訳ない」

 二ノ宮に視線を向ける。多分、原因となった駿河に関係する事は伏せただろう。まあ、女としてはそういう問題が広まるのは嫌だろうし。

「えーっと、なんの事ですか?」

 出来るだけ明るく、そしてとびきり間抜けな声で俺はそう言った。

「何の事って――」

「いやー、二ノ宮になんか呼び出されて学校に来て、それで二ノ宮に会いに行くために中庭を通ったんですよ。そしたら中庭が思いの外暗くて暗くて。そんでつまずいて転んだら頭打っちゃって、そこにたまたま駿河が通り掛かって。俺が頭から血を流してるから気が動転したみたいです。二ノ宮も俺が転んだ所を見てませんし、勘違いしたかもですね。という事で、お騒がせしましたが、俺が自分でやらかした事故です」

「ちょっと、跡野は神崎に――」

「二ノ宮、冷静になれ」

 立ち上がってまだ何かを言おうとした二ノ宮に視線を向けてそう言う。今の問題は、これ以上大きくすべきではない。

「二ノ宮マネージャー。高校サッカーの三大大会を言ってみろ」

「えっ? 夏のインターハイと冬の国立、あとは全日本ユースだけど」

 俺の問いに、二ノ宮はすぐに答えた。流石、サッカー部のマネージャー。

「そうだな。そのうちの夏のインターハイ予選は例年通りだったら六月の初めから予選が始まる。この四月五月はそのインターハイに向けてチーム作りをする大切な時期だ。練習試合を積極的に組んで新戦力の一年生を含めた全員を試さないといけない。そんな時期にトラブルなんて起きたらどうなる。短くて一週間の活動禁止、酷くて一週間の活動禁止に更に一ヶ月の対外試合禁止が付く。もう三年なんだから、これがどんなに部にとって深刻なダメージか分かるだろ」

 部活動生が起こした不祥事で、当事者だけが責任を取ることはまずない。基本的に連帯責任だ。もちろん、校則に触れる不祥事を起こした場合、当事者には停学、酷ければ退学の処分が出る。でも、その当事者が所属していた部活にも活動禁止等の処分は避けられない。

 四月五月は夏のインターハイにとっても大切な時期だし、夏のインターハイは今後の大会への課題等を見出すためにも必要な大会だ。その大事な時期に活動禁止を受けるダメージを、頭のいい二ノ宮が分からないとは言わせない。

「でも、だからって!」

「でもも、だからもない。いいか? 俺は”転んで怪我をした”んだ。二ノ宮は俺が転んだ所は見てないだろ」

「それじゃ、跡野が――」

 まだ食い下がる二ノ宮を座らせ、先生が俺の前に立って俺の目を真っ直ぐ見る。

「跡野、俺はもし部内でトラブルが起きたなら、きちんと上に報告し処分を貰う。そして二度と起きないように対処対策をする。もう一度聞く、神崎は――」

「だからさっきから転んだって言ってるじゃないですか。それに神崎って名前も知らないですし」

「そうか、跡野、済まない。……いや、ありがとう」

 深々と頭を下げる先生に困っていると、今度はまた佐原が頭を下げた。

「本当に済まない。俺の力が足りないばかりに」

「おいおい、俺が転んだ事までカバーする気かよ。佐原はスーパーマンじゃあるまいし流石にそりゃ無理だ」

「本当に跡野が去って、残念だ。こんなに部のためを思ってくれる奴が部員じゃないなんて……」

 佐原は拳を握り締め、涙を流していた。

「キャプテンが軽々しく泣くなよ。そういうのは引退する時までとっとくものだろうが」

 まさかあの佐原まで泣き出すとは思っていなかった。

「お兄ちゃん!」

 玄関の方から病院内だというのにここまで聞こえる声で走ってくる。

「こら、病院で大きな声を出すな。それと走るな」

「怪我! 怪我は?」

「打撲と切り傷、全治一週間」

「打撲と切り傷……全治一週間……心配して損した!」

「そうだな、過剰に心配したお前が悪い」

 父さん母さんが先生に挨拶し、事情の説明を受けていた。

「二ノ宮、駿河はあの後どうした?」

「駿河は、侑李に送らせた」

 俺の時には、二ノ宮の代わりに佐原が答えた。

「そうか、音瀬が一緒だったんなら安心だな。よし、二人もそろそろ帰らないとまた明日学校だぞ」

「ああ、跡野、本当に――」

「インターハイ県予選の優勝旗で勘弁してやる」

「分かった」

 ニッと笑って言うと、佐原は呆れた顔でそう返事をした。

「二ノ宮ももう帰れよ。変な男に声掛けられるぞ」

「跡野」

「ん? なんだ?」

「この後、あんたの家、行っていい?」


 机の前に置かれた椅子に座り、ベッドの上に腰掛ける二ノ宮に視線を向ける。

「跡野、自分のジャージ着た美少女が自分のベッドに座ってるのってどんな気分?」

「そうだな、ふざけ倒す気ならさっさと帰ってほしい気分かな」

「ちぇー、つれないヤツー」

 二ノ宮は俺にまだ話があるからと家まで付いてきた。そうしたら何故か飯食って、風呂まで入って、そして俺のジャージを着てくつろいでいる。

「今日は泊まってくから」

「帰れよ」

「私が泊まるって言って返そうとしたのあんたが初めてだわ」

「普通は帰すだろうが!」

「普通はやる気満々の顔で隣に座って来るわよ?」

「お前の普通と俺を一緒にするな……」

「仕方ないわね。あんたの部屋じゃなくて、聖雪ちゃんの部屋の床に布団敷いて寝させてもらうわ」

「当たり前だバカ! んで、話ってなんだよ」

 俺から話題を切り出さないと一向に話が進む気配はなかった。だから、俺が話を切り出した。

「跡野って、自分が事故に遭った時の事覚えてないのよね?」

「ああ、よく覚えてない。練習の帰りだった気はするんだけどな」

「私が見た範囲で、教えてあげる。じゃないと、多分、また香織、潰れそうだし」


  ◆◇◆


 あの日は、五月の上旬。入ってきた一年生が学校にも部活にも慣れてくる時期だった。

 うちの部も新入部員が入って来て、その中にはもちろん香織も居たわ。

「跡野先輩! これは何処に仕舞えばいいんですか?」

「それはなー……一緒に行くか、口で説明するより早い」

「はい! お願いします!」

 香織は、入部してすぐにあんたに懐いてたわね。いっつも跡野先輩、跡野先輩って名前呼んで付いて回ってた。

 あんたはあんたで面倒見がいいから、丁寧に香織に仕事を教えてたわね。

「あの子、跡野にベッタリね」

「跡野くん、マネージャーの仕事、私達より出来るし、優しいから駿河さんも話しやすいのかもね」

「まあ、私は怖がられてるみたいだし、跡野が教えてくれるならそれでいいんだけど」

「江梨子ちゃんは慣れるまで時間が掛かるから。私も最初は跡野くんに頼ってばかりだったし」

「今でも何か困った事あったら、跡野くん跡野くんって跡野探すクセに」

「そ、そんな事は……時々しか」

「しょっちゅうよ、しょっちゅう」

「わ、私、洗濯しないと!」

「あ、逃げた!」

 侑李もあんたを相当頼りにしてたわ。いや、私も他のマネージャーも、佐原も先生もあんたの事を頼りにしてた。そうじゃなかったのは、それ以外の選手だけ。

 香織に仕事を教えたあんたを見付けて、私はからかってやろうと声を掛けた。

「跡野、あんたもモテるわねー。もう一年につば付けたの?」

「二ノ宮、からかう暇があったら一年にもっと声掛けてやれよ。一年がみんなお前見てビビってるぞ。特にマネージャーが」

「そんなの分かってるわよ。声かけようとしたら逃げられんのよ」

「はぁー、二ノ宮悪いやつじゃないけど雰囲気がなー」

 あんたは私を見てため息を吐いて顔をしかめたわね。言っておくけど、そんな反応する男、今の今まであんただけよ。

「でー? 本命の彼女とは進展あったのー?」

 あんたが侑李の事を好きなのはすぐに気が付いた。それから事あるごとにそれでからかったわ。その度に、あんたは苦笑いして言ったわよね。

「無理だって」

 その言葉を聞く度に、私はイライラしてたわよ。さっさと告っちゃえばいいのにって。でも、あんたは頑なにそうしなかった。初めは、自分がレギュラーじゃないから自分に自信が無いのかと思ってた。でも、あんたはそうじゃなかった。もっと酷かったわ。

「俺じゃ音瀬は無理だよ。音瀬は佐原が好きみたいだからさ」

「バカ、そんなの分かんないでしょうが」

「分かるよ。音瀬が落ち込んだ時によく佐原と慰めるんだけどさ、俺の方は見てくれないんだよ、音瀬」

 今だから言うけどさ、侑李はあんたの事が好きだったのよ。本当は侑李本人から聞かないといけない事だけど、もう我慢出来ないわ。

 落ち込んだ時に侑李があんたを見れなかったのは、泣いて腫れた目を見られたくなかったから。泣いて凹んでるみっともない姿を好きな男の子に見られたくなかったからよ。それを、あんたは見事に勘違いしてたわ。

 当時の私も、本当は「お互い両思いだ」って言いたいとは何度も思ったわ。でも、そういうのって、本人達が勇気を振り絞って告白するのと、他の誰かを伝って聞くのじゃ全然違うじゃない? だから、私はずーっとイライラしながら我慢してたの。

「どうせダメなら告白くらいしなさいよね」

「勇気が出たらな」

 結局、あんたは告白しなかったわね。全く、本当に佐原に取られちゃったじゃない。まあ、佐原も悪いやつじゃないけど。

「跡野、後ろ」

 あんたをからかってたら、校舎の影から香織がこっちを見てるのに気付いた。あの時の香織は私とはまともに話せなかったから、私はあんたに任せることにしたわ。

「駿河、どうした?」

「あ、あの、終わりました」

「そうか、二ノ宮、何か仕事あるか?」

「そうね、あとはこの洗い物くらいかなー」

「よし、じゃあ駿河帰っていいぞ」

「で、でも……先輩を残して帰るのは……」

「大丈夫大丈夫。駿河は自分の仕事をちゃんと終わらせたんだ。だから帰っていい。こっちは俺と二ノ宮で終わらせておくから早く帰れ。あんまり遅くなると危ないからな」

「は、はい! ありがとうございます! 二ノ宮先輩も、ありがとうございます」

「気を付けて帰りなさいよ」

 香織は頭を下げて走って行ったわ。その後、あんたは私に呆れた顔を向けた。

「だから、もうちょっと優しくだなー」

「目一杯優しくしたっての!」

 ホント、あんたにはイライラしっぱなしだったわ。

 それから、あんたと二人で洗い物をやって、洗濯終わらせた侑李と合流して、途中まで一緒に帰る事にした。

「音瀬、もうちょっと二ノ宮を柔らかくする方法はないか? 一年が二ノ宮にビビって仕事になってないぞ」

「う、うーん、やっぱり慣れるしかないと思うけど」

「二人して私をバカにしてるでしょ?」

「そ、そんな事ないよ!」

 そんな、三人集まればいつもするような話をして帰ってる時、前の方にトボトボ歩いてる香織の後ろ姿が見えたわ。

「あれ、さっきの一年じゃん。なんか、元気無くない?」

「確かに、おーい駿河ー」

 毎回毎回面倒見が良すぎるあんたは、何の躊躇いもなく香織に駆け寄って行ったわ。でも、香織はあんたの声にも、信号が赤だった事にも気付かず横断歩道に踏み出したの。

「駿河ッ!!」

 交差点に向かって大きなトラックが走ってくるのを見て、あんたは香織に向かって物凄いスピードでダッシュした。そして、香織の腕を掴んで後ろに引っ張って、その反動であんたは横断歩道に飛び出した。

「跡野!」「跡野くん!」

 私と侑李があんたの名前を呼んだ瞬間、耳鳴りがするぐらいのブレーキの音が響いて、ドスンっていう鈍い音が聞こえたわ。

 私と侑李は荷物を投げ捨てて横断歩道に向かって走った。そしたら、交差点の真ん中で倒れるあんたが見えた。

「跡野、くん……」

「跡野ッ! 跡野ッ!!」

 手が震えて上手く押せなかったけど、何とかスマホで救急車を呼んだ。電話で場所とか状況とかを私が説明してると、視界にヨロヨロと歩く香織が入って来た。

「ちょっと! あんた危ないわよ!」

 事故で車が止まってるとしても、交差点の中央に歩いていくのは危なかった。だから香織にそう叫んだけど、聞こえてなかった。

「先輩……跡野先輩……いや……跡野、先輩……」

 そう言いながら弱々しく歩く香織の姿は、見るに堪えなかったわ。ホント、ヤバかった……。

 交差点の中央に倒れてるあんたの側にしゃがみ込んだ香織は、あんたの肩をガタガタ震えてる手で揺すった。

「跡野先輩……」

 でも、あんたはピクリとも反応しなかった。

「下手に動かすな!」

 通り掛かった大人に、香織はそう怒鳴られてあんたから引き剥がされた。それでも香織はあんたに向かって手を伸ばして叫んでたわ。

「跡野先輩! 嫌だ、先輩! いやです! 先輩! 嫌、いや、イヤ……イヤァァアアアッ!!」


  ◆◇◆


「これが、私が見た事故の話」

「そうか……嫌な事を思い出させたな」

 俺に事故の事を話してくれた二ノ宮は、目から涙を流して、俺から顔を背けて涙を拭った。

「その後は、多分色んな人から聞いたと思ったけど、侑李は不登校になって、香織は何とか学校には来てたけど、ホント、抜け殻みたいに使い物にならなかったわ。正直に言うと、あんな痛々しい姿見せられるくらいなら休んでもらった方がマシだとも思った」

「駿河は今でもその事故の事を気にしてるのか」

「多分、いや絶対に、あんたが事故に遭った責任は感じてると思うわ。でも、あんたが無事に戻って来て少しは香織も前向きになれてた。だけど、今日の事があって、倒れてるあんたを見たから……」

「事故の事を思い出した、か……」

 知らなかったとはいえ、本当に申し訳ない事をした。俺は、駿河の心に一生忘れられない様な傷を付けてしまったのだ。

「今回の事で悪い人間は神崎だけよ。香織もあんたも悪くない。ただ、何もかもタイミングが悪かっただけ。でも、本当に最悪なタイミングね」

「駿河、凹んでるよな」

「当然でしょ、とんでもないトラウマ思い出したんだから」

 どうすればいいのか分からない。駿河を元気付ける方法はなんだろう。いや、トラウマの張本人の俺が……。

「トラウマの張本人の俺が関わっていいのか? そんな事考えてんならぶん殴るわよ」

「でも、どうしろってんだよ」

「安心させてやってよ、香織を」

 二ノ宮は、俺に真っ直ぐ視線を向けて言った。

「香織は自分のせいであんたが怪我するのが怖いの。自分のせいで目の前からあんたが消えるのが怖いの。だから香織のせいじゃないって安心させてやって。あんたがもう二度と消えないって安心させてやってよ……あれ、なんで私……」

 いつの間にか、自分が大粒の涙を流していた事に気付き、二ノ宮は必死に目元を拭って涙を消す。しかし、拭ったそばから次々と涙が溢れていた。

「二ノ宮にも心配掛けたな。大丈夫、俺はこの通り元気だ」

 二ノ宮の隣に座り、優しく二ノ宮の肩を叩く。すると、二ノ宮は俺の胸に額を当て、ギュッとシャツを掴んだ。

「心配したんだから……。もう二度と起きないかと思った。マネージャーで一番年上だから私がしっかりしなきゃって、ずっと一人で踏ん張って……本当に、本当に大変だったんだから……」

「ありがとう。二ノ宮は頑張ったよ。今、サッカー部がなんの問題もなく動いてるのは間違いなく二ノ宮が頑張ったからだ」

「バカ……私安心させてどうするのよ……」

 トンッと二ノ宮の右手が胸に落ちる。弱々しくてちっとも痛くないが、心には響いた。

「二ノ宮先輩、そろそろ寝ないと……明日も、学校が……」

 ノックもせずに入って来た聖雪が、俺と二ノ宮を見て固まる。

「お、お兄ちゃんが、二ノ宮先輩を泣かせた挙げ句に寝取ろうとしてる!」

「おい聖雪、寝取るなんて言葉どこで覚えた!」

「不潔!」

「兄貴に向かって不潔とはなんだ! しかも俺は断じて二ノ宮にそんな事はしてない!」

 聖雪に徹底抗議の構えを見せていると、涙を拭った二ノ宮が俺から離れて立ち上がる。

「聖雪ちゃん、大丈夫よ。私は彼氏と別れたし」

「ええっ! そうなんですか? じゃあお兄ちゃんが二ノ宮先輩を寝取った訳じゃないんですね」

 反応する所が一々突っ込みたくなるが、今日は疲れたからもう突っ込みたくない。

「じゃあじゃあ、二ノ宮先輩は今度はお兄ちゃんと?」

 ニヤニヤと笑って二ノ宮にそう尋ねる聖雪に、二ノ宮は首を振った。

「違うわ。でもまあ、自分から告白出来るって最低条件がクリア出来てれば、考えてあげてもいいわ」

 いつも通りの人をからかう顔になった二ノ宮を見て、俺は安心しながら手を振る。

「はいはい、バカ言ってないで寝ましょうねー。おやすみ」

「バーカ、聖雪ちゃん、行こう」

「はい! あの、少し寝る前にお話しませんか? 恋バナとか!」

「オッケー、じゃあとびっきり過激な話を教えてあげる」

「おい! うちの妹に変な事吹き込むなよ」

 俺がそう言うと、二ノ宮と聖雪は二人揃って俺に舌を出してあっかんべーをした。


 次の日、教室の扉を開けると、目の前に金髪が飛び出してきた。

「ユーイチ! おはよーございマース! オウ! ユーイチ!? 頭どうしたんデスカ?」

「ああ、転んで打ったら怪我した」

「モー、気を付けて下さいネ! ユーイチが怪我すると、ワタシは心配デス」

「悪い悪い、今度から気を付ける」

 クラスを見渡すと、こちらを見ていた駿河と目が合った。そして、一度目を逸らしたが、駿河は立ち上がり俺の方に歩いてくる。

「少し、いいですか?」

「おう、セリアちょっと駿河と話しあるから」

「オーケーデス!」

 セリアがクラスメイトの輪の中に入っていくのを見送って、俺は目の前に居る駿河に視線を移した。

「んじゃ、ちょっと非常階段までいいか?」

「はい」

 人通りの少ない非常階段の途中に座ると、駿河も隣に座る。

「先輩、昨日は――」

「駿河、心配掛けてすまなかった」

「いえ、あれは私が――」

「一年近くも、ずっと心配掛けさせて悪かった」

「先輩……」

「二ノ宮から、大体は聞いた。俺がどんな経緯で事故に遭ったのかとか、そのせいでどれだけ駿河に心配掛けさせてしまったとか。本当にごめん」

 俺が頭を下げ駿河を見ると、駿河は首を激しく横に振って否定する。

「そんな、あの事故は全て私が――」

「俺はさ、駿河が事故に遭わなくて良かったと思った。それに、駿河を引っ張って引かれた自分を褒めてやるよ。よくやったって」

 もし、駿河が目の前で引かれるのを見たら……。そんな事を想像してしまい、背中に寒気が走る。そして、それ以上の光景を想像する事は出来なかった。

「事故の事も昨日の事も、全部俺が行動した結果の話だ。だから責任は俺にある。例え、俺がそうなるきっかけを作ったのが駿河だったとしても、そこだけは譲れない」

「なんで……」

「バカ野郎、俺が今まで部活で起こったトラブルを誰かのせいにしたか? 駿河には俺がそんな卑怯なやつに見えてたか?」

「い、いえ、先輩は私や他の誰かのミスでも、全部一緒に頭を下げて謝ってくれました。誰のせいにもせずに、ミスをフォローしてくれました」

「だろ? それはチームだからみんなで協力するのは当然だからだ。選手達だって、試合中にミスが出ても絶対誰かの責任にはしない。ミスを帳消しにするために全員で走ってる。マネージャーだってそれは変わらない。でもな、これはあんまり言わないでほしいんだが、正直駿河は可愛かったから、他の奴より丁寧になってた」

「えっ……」

「いや~、選手の後輩ってみんな俺より上手かったし、二ノ宮や音瀬は同級生だっただろ? 駿河だけだったんだよ、先輩先輩って頼ってくれたの。だからついつい甘やかせちゃってな。良くないとは思ってたんだけど、つい駿河のミスだけはなんとしても無しに出来るなら無しにしたいと思って必死になってた。それが出来ないなら、出来るだけ駿河に対するダメージを減らしたかった。まあ、要するに贔屓しちゃってたって事だ」

 当時、俺は部内ではベンチ外で雑用係の使えない奴だった。だから、後輩、特に選手陣は俺と一定の距離を置いていた。選手からしたら、俺は手本にしたくない対象であり、絶対ああならない様にしようという反面教師だった。

 当時のキャプテンや佐原、そしてマネージャー陣は、俺の事を評価してくれていた。その中でも、駿河は特に俺の事を頼りにしてくれた。それがなんだか嬉しくて、駿河には他の奴より丁寧に教えたり、駿河にだけマネージャーの仕事を纏めたノートを作ったりした。

「だからさ、可愛い後輩を贔屓したいから、俺のせいにしてくれないか? 二ノ宮から駿河が相当気にしてるって聞いて、結構キツくてさ。駿河に嫌な思いさせちゃったなって……お、おい、駿河!? な、なんで泣いてんだよ!」

 突然、駿河が泣き出し、俺は慌てて駿河の顔を覗き込む。すると、手の甲で涙を拭う駿河が首を振った。

「私、最近神崎くんに付き纏われてて、初めは先輩先輩って言われて可愛いなって思ってました。でも日に日にすごく辛くて怖くて。そう思った時、先輩に対する私と神崎くんが重なったんです。私、もしかしたら先輩に煩わしいって思われてるんじゃないかって。そう思ってる時に私のせいで先輩が怪我をして、そしたら一年前の事故と重なって、それで、それで……」

「さっきも言ったけど、可愛いと思った事はあっても煩わしいなんて思った事はなかったぞ。それに、駿河が入って来てから部活、結構楽しくなったしな。やっぱり後輩が出来ると違うぞ。だからさ、駿河も後輩にはちょこっとくらい贔屓してやってもいいぞ」

「はい」

 なんか、二ノ宮が求めていた安心させてやるってのとは違うが、口下手な俺に出来るのはこれくらいだ。あとは少しずつ時間を掛けて、安心させていけるように頑張るしかない。

「先輩」

「ん?」

「これからも、よろしくお願いします」

「おう、こちらこそよろしくな」

 俺が差し出した右手を駿河はキュッと両手で握り締める。

「ユーイチ! カオリ! もうすぐセンセー来ますヨー!」

「ありがとうセリア! じゃあ行くか」

「はい!」

 また少し時間を一歩進めた気がする。そして一つ、過去に残ったシコリが取れた気がした。ただ、俺が駿河に付けてしまった傷は、まだ消せてない。その傷がこれから先、消せるものなのかも分からない。

 だから、俺はこれからも駿河を贔屓する。駿河が凹んだら、凹みそうになったら、全力で駿河を助ける。

 きっと、それくらいしか俺に出来ることは無い。

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