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コンチェルト。アゲイン  作者: 煮込みハンバーグ
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5【渦巻く想い】

  【渦巻く思い】


 入学式が終わり、一週間が過ぎた。うちの高校は入学してから間もなく二泊三日の宿泊学習がある。これは距離感のある一年同士の親睦を深めるためにあるのだが、俺の時は正直言って、よくわからん奴らといきなり寝泊まりさせられた事に戸惑った覚えがある。

 そんな謎宿泊学習を終えて、しばらく経ち、学校の雰囲気にも慣れてきた一年はそろそろ部活への入部を考え始める頃だ。まあ、大体の一年はもう既に入部する部活は決めているだろうが。

「んで? なんで俺が呼び出し食らったと思ったらサッカー部の買い出しを手伝ってるんでしょうか。二ノ宮さん?」

「リハビリさせてやってんのよ」

「リハビリくらい自分の裁量でやるわ!」

「ユーイチ、怒っちゃダメデース。ショッピングは楽しくデスヨ!」

「そーそー、セリアの言う通りよ」

「先輩、すみません。部活の買い出しを手伝ってもらって」

 セリアを紹介してほしいと二ノ宮に頼まれたから連れてきてみれば駿河が居て、部活の買い出しに付き合わされている。まあ、二ノ宮の事だから、買出しの後に何か食いに行く気だろうが。

「香織、跡野になんか謝んなくていいの。仕事丸投げしたんだからちょっとは手伝いなさい」

「分かった分かった」

 まあ、買い出しは量が多くなる事もあるから荷物持ちが居ると助かるのは分かっている。今は残ったマネージャー陣が仕事をこなしているだろう。

「ユーイチはサッカー部のマネージャーだったんデスカ?」

「いいえ、跡野は選手だったの。でもサッカー下手くそだったけど、マネージャーとしては一流だったからマネージャーはみんな跡野を頼りにしてたわ」

「ユーイチはヘタクソだったんデスカー」

「セリア、下手くそに反応するな」

 ニヤニヤとセリアが笑っているからからかわれているのは分かる。にしても、相変わらず、人と仲良くなるのは早い。二ノ宮は悪いやつではないがクセのある奴だ。だから大抵の人間が二ノ宮とは合わないのだが、セリアは普通に適応してしまった。

「デモ、エリコとカオリがユーイチを頼るのは分かりマス。ユーイチ、すごく頼りになりマス、カッコイイデス!」

「あら、モテるわね跡野」

「二ノ宮、からかうよりも買い出しが優先だろ?」

「はいはい、ドリンクの元とテーピングに冷却スプレー……」

 メモを見ながら買い出し品を選んでいく二ノ宮と駿河。その二人の後を黙って俺とセリア。

「ユーイチ、サッカー部のマネージャーは大変デスカ?」

「ん? まあ楽ではないな。興味あるのか?」

「いえ、ワタシはクラブには入らないのデス」

「そうか、入れば国際交流出来るんじゃないのか?」

「ワタシは学校だけでイッパイイッパイデス!」

「そうか、まあ慣れたらまた考えてみればいいしな」

 買い出しの品を選ぶ中、俺は駿河の持った買い物カゴの中を覗き込み、前を歩く二ノ宮に声を掛ける。

「二ノ宮、小さめのポリ袋は切れてないのか?」

「「あっ」」

 俺の問に、二ノ宮だけでなく駿河も反応した。

「あっ……って、あれが一番消費が激しいだろうが」

「跡野に怒られるの久しぶりだわ」

「そうですね」

 二ノ宮はアハハと笑い、駿河もクスクスと笑う。どっちも反省している様子はない。

「ユーイチ、ポリブクロってなんデスカ?」

「あー、ビニール袋の事だ。材料がポリなんとかって言うやつを使った袋だから、ポリ袋な。怪我とか運動後のアイシングってのに使ったり、それこそゴミ袋に使ったり、あとは何かを小分けして保存しておいたりする時に便利なんだよ」

「オー! そうなんデスネッ! ユーイチすごいデス」

「いや、頭の中からスッポリ抜け落ちてた二人が酷いだけだ」

「すみませんでしたねー」

 二ノ宮はポリ袋をカゴの中に入れると舌をべーっと出して言う。

「でも、本当に懐かしくて、怒られたのに嬉しくなりました」

「喜ばれたら怒った意味ないんだけどな」

「すみません」

 ニッコリ笑う駿河に再び釘を刺すが、やっぱりあまり応えてはいないようだ。

「さて、買い出しも終わったし、ちょっと甘いものでも食べてから帰ろう!」

「やっぱりか」

「いいのいいの、今では買い出しに行ったマネージャーの特権になってるんだから」

「そうか、ならいいな」

 俺がいた時は、二ノ宮が居なければまっすぐ帰っていたが、全員がやってるなら不公平はない。俺は佐原のように超真面目な人間ではないから、不公平が無いならこの程度の息抜きは黙認する。

「セリアは何食べたい?」

「ウーン、甘いものはなんでもオーケーデス!」

「やっぱり、せっかく日本に来てるんですから、日本らしい甘いものがいいですよね」

 女子三人が何を食べるか話し合っているのを後ろから眺めながら、俺は前に買い出しに来た時の事を思い出した。

 あの時は、また失敗して凹んだ駿河を元気付けるために、二ノ宮と音瀬に協力してもらって買い出しに出た。それで、帰り道に例のごとく二ノ宮が買い食いを提案してくれた。その提案に反対する立場で真面目な音瀬に来てもらって。その二人の意見を俺が判断する役で来た。それなら、駿河の罪悪感もそこまでないだろう。そう思ったからだ。

 その時は、確かパフェを食べる事になって、駿河の分を奢ろうとしたら二ノ宮が贔屓だと言い始め。結局は全員分を俺が奢るハメになった。でも、店から出た時には駿河にも笑顔が戻っていて、とりあえず俺と二ノ宮と音瀬の作戦は上手く行った。まあ、俺の財布は大ダメージを食らったが。

「ユーイチ! タイヤキがありマス!」

 突然、セリアが前を指さしたと思ったら、その先にはたい焼き屋のノボリが出ていた。

「そう言えば、たい焼きは日本ぽいですね」

「そうね、あれくらいだったら跡野も払えそうだし」

「おい、いつ俺が奢る事になったんだよ」

「えー、可愛い女の子達に男がお金を払わせる気?」

「クソ、可愛いを否定出来ない顔をしてるのが余計ムカつくわ」

 仕方なく、四人分のたい焼きを奢ることになり、たい焼きを四つ買って来て三人に配った。

 買って来たたい焼き屋は、昨今のカスタードクリームやらチョコレートと言った変わり種たい焼きではなく、粒餡だけのオーソドックスなたい焼きの店だ。しかし、餡と生地にこだわっているらしく、値段が張る割りには客足は多かった。

「サンキュー」

「先輩、すみません」

「ワーイ! タイヤキデース! ユーイチ、ありがとーございマース!」

 三者三様の反応をされ、たい焼きにかぶりつくと、三人は同じ様に美味しそうな顔をした。

 俺は、自分の分のたい焼きにかぶりつき、座って楽しそうに話す三人を遠巻きに見ていた。

 二ノ宮は、少し見ない間に大人っぽくなった気がする。それに、前までは二ノ宮に怯えるというか遠慮している様子だった駿河が、二ノ宮とも打ち解けて話せている。やはり、俺が居ない時間は長かった。でも、二人の様子を見て、悲観的な考えは浮かばなかった。

「跡野、ちょっと部活に顔出して行きなさいよ。元サッカー部なんだから」

「分かった分かった」

「よし、これで部の士気が上がるわー。ちょっとはあいつらもやる気出すでしょ」

 二ノ宮がガッツポーズをする。ちょっと見ない間に、部の士気まで気にするようになったとは驚いた。

「俺にそんな影響力なんてないぞ?」

「何言ってんのよ。跡野はオマケ、セリアが来てくれれば絶対に張り切るわよあいつら」

「まあ、そんな事だろうと思った」

 俺がそう言うと二ノ宮が吹き出し、駿河もクスクスと笑い、俺も堪らず笑い出した。セリアはたい焼きを咥えたまま首を傾げ、不思議そうな顔をしていた。


 学校のグラウンドを訪れると、何やら制服姿の集団に向かって佐原が身振り手振りを交えながら説明をしているところだった。

「あー新入部員ね」

「おー、結構入るんだな」

「まあ、あんたが寝てる間にうちも強くなったからね」

 二ノ宮は先頭を歩き、大きく手を振る。

「佐原ー、帰ってきたわよー」

「おお、二ノ宮と駿河お疲れ様。お? 跡野も一緒か?」

「二ノ宮に呼び出し食らって行ってみたらこの通りだ」

「アハハ、すまんな」

 苦笑いを浮かべて手に持ったビニール袋を上げて見せると、佐原は嬉しそうに笑った。

「みんな、こっちが三年のマネージャー二ノ宮江梨子、こっちが二年のマネージャー駿河香織だ。困ったことがあったら気軽に尋ねてくれ」

「二ノ宮よ。よろしく」

「駿河です。よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします!!」」」

 紹介を受けた二人が挨拶し、それに新入部員が部活動生らしい挨拶を返す。

「で、こっちが体調不良で退部したが、元サッカー部の跡野優一だ。退部してもマネージャーに頼られるいい奴だ」

「「「よろしくお願いします!」」」

 紹介されても困るのだが、とりあえず笑みを返しておいた。

「それで、そっちの女子は、例の留学生か?」

 佐原が視線をセリアに移して当然の疑問を俺に返してくる。しかし、それに答えたのは俺ではなく二ノ宮だった。

「そう、留学生のセリア・カノーヴィルさんよ。ほら! 男子! 美女連れてきたわよっ!」

 練習中のサッカー部に向かって二ノ宮が叫ぶと、サッカー部の全員が駆け寄ってきた。

「うおー! マジで美人だ!」

「肌白! 腕も足もほっそ!」

 野獣のような男子達の視線を一点に受けても、セリアは意に介する様子もなくニッコリ微笑んだ。

「イギリスから来まシタ! セリア・カノーヴィル、デース! ヨロシクおねがいしマース!」

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 新入部員に二、三年の声も加わり騒音としか言いようのない声に変わる。流石のセリアもその声量にビックリしたのか目を丸くしていた。しかし、すぐにニッコリと笑みを浮かべる。

「良かったら練習も見学していってくれ」

「あー、セリア。こいつは佐原幸司、サッカー部のキャプテンだ」

「オー! キャプテン、すごいデース!」

 佐原は新入部員への説明に戻り、部員達も練習に戻っていく。

「じゃあ先輩、私達も仕事に戻りますね。セリアさんも買い出しに付き合ってくれてありがとうございます」

「楽しかったデース! またショッピングいきまショー!」

「じゃあ、私も行くわ」

「ハーイ! エリコもありがとーデス!」

 二ノ宮と駿河も自分の仕事に戻り、グラウンドの端でポツリと立つ俺は、隣で同じくポツリと立っているセリアに訪ねる。

「セリア、どうする? 練習見ていくか?」

「ハーイ! せっかくだから見ていくデス!」

「そうか、俺は帰るわ」

 回れ右をして立ち去ろうとすると、後ろから左腕を掴まれる。後ろを振り向いて左腕を見ると、俺の腕を掴んでジーッと見ているセリアと目が合った。

「ユーイチ、何故帰るデス?」

「そりゃあ、帰りたいからからかな?」

「ユーイチ、知らない国に来たレディーが心細くしていマス。どうしますカ?」

「そうだな、とりあえず世の中の厳しさを知って、一人で生きる力を身に付けてもらうために心を鬼にして放っておくかな」

「ノー! ダメですユーイチ! レディーには優しくデス!」

「だー、分かった分かった。しばらく一緒に見てやるよ」

「ありがとーデス!」

 ニパッと笑うセリアの隣に並び、ボーッとボールを追い掛ける選手達の見ていると、目の前に背の高い制服姿の男子生徒が立った。真新しい制服に身を包んでいる所を見ると、彼はきっと新一年生だろう。

「あの」

 その男子生徒は言葉を短く切って言葉を選んでる風だが、特に緊張した様子はない。それどころかなんだか不機嫌だ。

「あの、黒髪の先輩とどんな関係ですか?」

「黒髪の先輩? …………ああ、駿河か。駿河は、サッカー部の後輩で同級生かな」

「後輩で同級生? 先輩は二年でしょ」

「いや、俺は一個ダブってるから年は一個上だけど駿河とは同級生なんだ」

「ふ~ん、軽佻浮薄な人って事ですか」

「あはは、まあそういう要素が全く無いとは言えないけど、それじゃあ留年はしないからな。敢えていうなら怠惰かな?」

 鼻で笑いながら俺に言った彼に、今度は俺がニッコリ笑って言うと、俺の言葉を無視して歩き去って行った。よく理由が分からないが、彼はどうやら俺の事が気に食わないらしい。

「ユーイチ、ケイチョーフハクってなんデスカ?」

「軽佻浮薄ってのは、そうだな~ふざけててよく考えずに行動するって事。もっと分かり易く言うとバカって事だ。おいセリア、どこ行く気だ」

 話し終えた途端にセリアがさっきの一年の方に歩いて行こうとしたので、腕を掴んで制する。

「ユーイチはバカじゃありまセン! 今すぐテイセイ、してもらいマス!」

「いいっていいって、ダブってるやつに厳しい人なんていくらでも居るから。一々怒ってたら切りがない」

「デモ!」

「でもでも、なんでも、気にしないのが一番だ。それに言われた俺が怒ってないのになんでセリアが怒るんだよ」

「ユーイチが友達だからデスッ! 友達を悪く言う人、キライデス!」

 本当に怒った顔でそう言うセリアに、俺は出来るだけ明るく笑った。

「ありがとな。セリアが怒ってくれたからもう大丈夫だ。だからもうセリアも気にするな」

「オ、オーケーデス。ユーイチがそれで良いナラ……」

 まだ完全に納得した訳ではないようだが、セリアはその後なにも言う事はなかった。


 一日一日が過ぎていくのが早く、気が付けば四月ももうすぐ中旬になる。そんな春の面影も消えかかった時期に、俺は久しぶりに二ノ宮に呼び出された。場所はファミレスで、お代は当然俺持ち。しかし、二ノ宮からは何時も通りの人をからかうような態度は感じられない。こういう時の二ノ宮は結構重たい話を持ってくる。

 一番近い記憶を引き出せば、付き合ってる彼氏が元カノと別れたと言っていたのに実際は別れていなくて、彼氏と元カノのデート現場に出くわし突撃したら修羅場になった。という話だった。いや、今でも思うが突撃するという選択肢の他にはなかったのかよ。

「で? 今度はなんの話だよ。あんまり重たい話は俺にも処理しかねるぞ」

「今回のは私じゃないわ」

「二ノ宮の話じゃないのか。って事は、部の話か?」

「まあ、当たらずとも遠からずね」

「相談には乗るけど、部の事だったらまずは佐原と先生だろ。俺はもう部員じゃないんだから」

「佐原には言った。でも、先生には相談し辛いのよ」

「そうか、とりあえず聞いてから判断しよう」

 俺が二ノ宮に話の先を促すと、二ノ宮は自分の目の前に置かれた、コーラの入ったコップを持ち上げて口を付けると、ゆっくりコップを戻して口を開いた。

「香織が、一年に付きまとわれてる」

「駿河が? あいつモテるんだな。まあ、愛嬌のある顔ではあるからな~」

 二ノ宮が尋常じゃないくらい目立つしモテるからあまり気付かなかったが、そりゃあ駿河も可愛い顔をしてるしモテてもおかしくはない。しかし、二ノ宮が“付きまとわれている”と表現したのだから、事はあまり喜べる状況ではないらしい。

「何かトラブルになってるのか?」

「いや、何も起こってない」

「何も起こってない?」

「そう、付きまとってるって言っても、香織を待ち伏せたりしてるわけじゃないの。ただ、過剰に香織に関わろうとしてるの」

「駿河は?」

「困ってる。もちろん、私が客観的に見た印象じゃなくて、香織が言ってた。ちょっと、困るって」

「確かにそれは佐原でも難しいな。変に対処して相手を刺激するのは逆効果だろうし」

 今はまだ事ある毎に話し掛けたり関わってきたりするくらいで済んでいるのだろうが、ここで変に佐原が「駿河に関わるな」なんて言えば、逆恨みをして行動がエスカレートする可能性もある。それは、佐原にとっても危険だし、何より駿河にとって危険だ。

「やっぱ、跡野に相談して良かったわ」

「まだ何も出来てないぞ」

「この話聞いて短絡的に動かないからよ。佐原はその一年をすぐに注意しようとしたし」

「まあ、佐原は熱い所があるからな」

「私と侑李で言い聞かせたから冷静になったけど、放っておいたら事態を悪化させてわ」

 大体の話は分かった。要するに、駿河に好意を持った一年が居て、その一年が猛烈に駿河にアタックしているのを駿河本人が困っている。だから、それを止めさせたい。でも、相手を刺激するような事はしたくない。という事なのだろう。

「思い付くのは、まず駿河が止めてほしいって直接言うってのだけど、駿河には無理だろうな」

 駿河は優しいやつだ。相手を拒絶する言葉をハッキリとは言いづらいだろう。

「そうだ、じゃあ間接的に駿河に彼氏が居るって嘘を聞かせるとかはどうだ? あ~でもそうなると駿河の立場がな~」

「香織以外のマネージャーで集まった時にも、同じ意見が出たわ。彼氏作っちゃえばいいじゃんってね。でも、相手の一年がね~……」

「相手の一年がどうしたんだよ」

「胸くそ悪いくらいの自信家なのよ。香織に相応しい男は自分以外居ないとまで思ってるわよアイツ」

 二ノ宮が心底嫌悪した表情を浮かべて言う。久しぶりに人をこんなに悪く言う二ノ宮を見た。二ノ宮は別れた彼氏について彼氏に同情したくなるような表現を使う。だが、自分に関係のない奴にそういう表現をするのが珍しい。しかし、二ノ宮の性格を知っていれば、まあ仕方ないのか、とは思う。

 二ノ宮江梨子という人物は、情に厚い人間だ。特に、女子の友達や後輩にはかなり情に厚い。それらの人物が悲しんだら本気で悲しむし、それらの人物が怒ったら一緒に本気で怒るような、そんな人物だ。

「で? 手詰まりになって俺に相談してきたんだな。とりあえずは、あんまりそいつと駿河を関わらせない方がいいんじゃないか? マネージャーの仕事を手伝うローテーションをいじるとか」

「やったわよ、それでも自主的に手伝うのよ、香織を」

「じゃあ、選手じゃ手伝えない仕事を積極的に駿河に割り振るとかはどうだ? 買い出しとかは選手あんまり手伝えないし」

「買い出しに行こうとした香織を見て、買い出しに付いていこうとしたわ。もちろん先生が許可を出さなかったけど、結構粘ってた。自分達が使用する備品をマネージャーだけに買い出しをさせるのは間違ってます。そんな事を言ってたわ」

「おお、まあ筋は通ってるな」

「感心しないで」

「すまん」

 しかし、話だけ聞いてれば結構手強い相手のようだ。それに、話だけ聞いてれば、その一年はまともなアタックの仕方をしているように見える。ただ、それが少し強過ぎる事と駿河がその一年にあまり興味がないからか、迷惑になっている。

 だが、多少なりとも同情出来る点があるにしても、駿河本人が嫌がっているなら、その恋はほぼ芽がない。

「とりあえず、それとなく駿河にも聞いてみる。それにその一年本人がどんな奴かもまだ分からんし」

 どんな奴かもまだ分からん。そうは言ったが、ある程度の予想と言うか十中八九あの妙に俺に噛み付いてきた一年だろう。二ノ宮の話を聞いてから合点がいったが、何処からともなく現れた男子が、好きな女子と親しげに話していた。と、あの一年が思ったと考えれば、あの一年の反応の理由に説明がつく。二ノ宮の一年に対する自信家という点も考えれば、年上の先輩に臆せずあれだけ豪胆になれるのも分かる気がする。

 色々と問題はあるが、まずは駿河にそれとなく話を聞いてみないといけない。だが、二ノ宮がこの場に駿河を連れて来てない所を見ると、どうやら俺はこの話を知らない体にしておいた方が良いようだ。そこも、結構難しい。

「跡野、サンキュ」

「今お礼を言われても、まだ何も出来てないんだけどな」

「話、聞いてくれるだけでも楽になったから」

 二ノ宮はフッと息を吐く。

 三年は最高学年で一年二年の上に立つ存在だ。後輩が増えるし経験も豊富だから、後輩から相談を受ける事は増えるだろう。でも、三年は上級生が居ない。相談出来るとしたら、同級生か先生しか居ない。

 だが、三年だって一年二年と同じ高校生なのだ。悩みだってする。だけど、三年は最高学年という肩書きのせいで相談しにくさも感じているだろう。それに、二ノ宮の立場も関係している。

 サッカー部最初の女子マネージャーだったという事と顔に似合わない面倒見の良さもあり、二ノ宮はマネージャー陣のリーダー的ポジションに居る。そんな二ノ宮がトラブル解決の中心人物として動く事はあっても、相談する側にはなりづらい。

 先生は顧問だからもちろん部のトップだし、形式上として佐原もキャプテンだから同い年でも立場は上。しかし、その他は立場が同等か下の者しか居ない。

「二ノ宮も大変だよな」

「結構、この手のトラブルは慣れてるつもりだったんだけどね。自分の事なら適当にあしらえるんだけど、香織が傷付くような事にはしたくないし……」

「とりあえず俺の方でも動くから情報交換しておこう。アドレスと番号教えとくわ」

「知ってるから要らないわよ」

「そうか、もう消してるのかと思ってた」

 もう一年くらいも前の話だ。それに佐原から俺の事を忘れようと言われたのだから、てっきり消してしまっているものだと思っていた。

「言ったじゃん。忘れられなかったって」

「そっか、サンキューな」

 窓の外を見て、唇を尖らせながら呟いた二ノ宮の言葉に、そう返すしかなかった。他にどんな反応をすればいいのか分からなかったからだ。

「とりあえずさ、今日暇だったら香織の事、送ってやってよ」

「それって男の俺がやってもいいのか? 例の一年を刺激する事になるんじゃ?」

「大丈夫よ、私も一緒に送るから。香織もあんたがいた方が安心すると思うし」

「分かった。部活終わるくらいの時間に行くよ。口実はどうするかなー」

「そんなの私に呼び出されたって言っとけばいいのよ」

「了解。じゃあ、そういう事にしておく」

 二ノ宮は鞄を持って席から立ち上がる。

「じゃあ、私、用事で少し抜けるって言ってあるから部活戻る」

「分かった。ちゃんと選手だけじゃなくてマネージャー陣にも水分補給は徹底させろよ」

「分かってるわよーだ」

 舌を出してそう言った二ノ宮は小走りで店を出て行った。

「さて、とりあえず練習終わりまで時間を潰さないとな~」

 氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを口にして、窓の外を眺める。

『言ったじゃん。忘れられなかったって』

 二ノ宮の言葉が頭の中に響く。

 過去の人になったと思っていた。でも、実際は、もしかしたら俺に関わった人も、時間が止まっていたのかもしれない。

 確かに、変わった事ばかりだ。でも、変わらない事も確かにあった。それがなんだか、嬉しくてホッと安心出来た。


 薄暗くなってきて街灯の明かりが灯り始める頃、俺は学校のグラウンドに向かって歩いていた。

 部活動生の「お疲れ、また明日」という声がちらほら聞こえる。そして、俺とは逆向きに校門に向かって歩く人が多かった。

 サッカー部の練習しているグラウンドに行くと、選手連中の何名かがトンボかけをしている。多分、使えるトンボの数にも限りがあるし、当番制で回しているのだろう。

「お! 跡野じゃんどうした?」

「あー、二ノ宮に呼び出されてな」

「そうか、相変わらずこき使われて大変だな」

 帰り支度を済ませて帰るところだった三年の部員に出会い、笑いながらそんな話をする。

「今はマネージャー陣は――」

「給水用のキーパーとボトル洗ってる頃かな」

「ククッ、やっぱ俺よりマネージャーの方は跡野の方が詳しいな」

「まあ、伊達にベンチ外をやってなかったって事だ。じゃあ、俺は行くわ。お疲れ」

「おう、またな」

 三年の部員が帰るのを見送って、一番近い水道のある場所に向かう。きっとそこでマネージャー陣が洗い物をしているはずだ。

「話って何かな?」

 一番近い水道まで行くには、校舎をグルリと回らないと行けない。だが、それはめんどくさいと中庭を通り抜けようと歩いていた時、その声が聞こえた。

「駿河先輩」

 薄暗い中庭。その中央にある植木の下。そこに二つの人影が見える。声から判断するに片方は駿河、もう片方か状況から考えて例の一年だろう。

「先輩、俺、絶対に先輩を国立に連れていきます」

 おう、何ともサッカー部らしい告白だろう。しかし、県大会予選は十月下旬からだぞ。

「そうだね。みんなで頑張って国立目指そう」

 対する駿河は明るい口調でそう言う。まあ、何とやんわりとした断り方だろうか。駿河の性格がよく出ている。

「先輩、俺は絶対に先輩を国立に連れていきます。だから、それが叶ったら俺と――」

「あっ! 跡野先輩!」

 一年が言いかけた時、俺の姿を見付けた駿河が最悪のタイミングで俺に駆け寄ってくる。近くなって見えた駿河の表情は、ホッとしたとか助かったとか、そんな言葉が適当な表情だった。

「――ッ!?」

 スローモーションで動く視界に、目を丸くして驚く駿河と、両手を突き出した状態で睨み付ける一年の姿が見えた。そして、スローモーションが終わった瞬間、俺は後方へ吹き飛んだ。

「先輩ッ!!」

「イテテ……」

 頭をぶつけた衝撃で揺さぶられる脳内に、駿河の叫び声が響く。

「先輩! 先輩!」

「大丈夫、大丈夫だから。ちょっと打っただけだ」

 揺れる頭を抑えて目を瞑りながら、近くにいるであろう駿河を宥める。

「なんでいつもあんたなんだ!」

 目を開くと、視線の先で拳を握り締めた例の一年が俺を睨み付けている。まあ、告白の邪魔をされたとは思うだろうな、あの状況では。

「あんたはもうサッカー部じゃない! なのになんでいつもいつも、いつだって俺の前に現れるんだよ! 雑用を手伝えば跡野は凄かった、跡野は細かい所まで気がついた、跡野が一年の頃に比べるとまだまだだな。監督だってキャプテンだってレギュラーの先輩達だって、それにマネージャーの先輩達もみんな、みんなあんたの事ばかり口にして、それで嬉しそうにする」

 正直、なんで俺が怒鳴られてるのかはよく分からないが、確かに俺を話題に出すのは良くないだろう。特に俺を全く知らない一年からしたら、ひどい疎外感を受けるはずだ。

「駿河先輩なんて、いつも顔を合わせたら、跡野先輩っていう凄い人が居て、跡野先輩にはきっと追い付けない、跡野先輩に勝てる人なんて居ないよ、全部、全部お前の事ばかり! お前なんかベンチ外で向上心もない、留年した最低野――」

 一年の怒鳴り声だけが響いていた中庭に乾いた平手打ちの音が響いた。駿河が、一年に右手を思い切り振り抜いたのだ。

「最低なのはあなたよッ! 何も知らないあなたが先輩を悪く言わないで!」

「クッ――」

 平手打ちを食らった一年は、唇を噛んで走り去って行った。まあ、好きな奴から平手打ち食らって平常心が保てる男はそう居ないだろう。

「ちょっと、何の騒ぎ!?」

「二ノ宮先輩、神崎かんざきくんが跡野先輩を突き飛ばして」

「あいつ! マジ頭にきた!」

「わー待て待て、怒るな騒ぐな」

 今にもあの一年を追い掛けて引きずり倒して殴り掛かりそうな二ノ宮に声を掛けて制する。問題を大きくするのは良くない。

「そうは言ったって……跡野!? あんた……」

「ん?」

 二ノ宮が呆れ顔を見せたと思ったら、急に焦って俺に駆け寄ってくる。

「あと、の……先輩…………。い、や……嫌……イヤ……イヤァァアアアアアッ!!」

 視界の端に居た駿河はその場に崩れ落ち、耳を引き裂くような悲鳴を上げた。

「誰か早く救急車! 救急箱も早く!」

 二ノ宮が振り向いて周りに集まった野次馬に怒鳴りつける。俺は何を大袈裟な、と思いながら気だるさで視線を下に落とす。そこで、俺は見た。

 自分の着ているワイシャツが、真っ赤に染まっているのを。

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