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コンチェルト。アゲイン  作者: 煮込みハンバーグ
45/51

45【まだ分からない事】

  【まだ分からない事】


 空港で飛行機に搭乗する選手達、そして女子マネージャーの二、三年が集合している。

「跡野先輩! 絶対てっぺん取ってきます」

「おー、頑張れ頑張れ」

 相変わらず暑苦しくなった神崎を受け流していると、佐原が輪から抜け出して俺の胸に拳を軽くぶつける。

「いきなり何すんだよ」

「最後まで、お前の分のチケット用意してたんだぞ」

「勝手に用意しただけだろ。なんで年末年始に、好き好んで男と寝泊まりしに行かなきゃいけないんだ」

「酷い言い草だな。同じ部活だった仲間だろ」

「今の俺は帰宅部だ。それよりキャプテンなら神崎をどうにかしろ。あんな素直な神崎気味が悪いぞ」

 チラリと神崎に視線を向けながら言うと、佐原はクククッと笑う。

「俺はいい傾向だと思うぞ。やっと跡野の良さに気付いたみたいだしな」

「俺に良さなんてない」

「そうかそうか」

 笑いながらバシバシ俺の肩を叩く佐原の手が、ガッチリ俺の肩を掴む。

「いてぇな」

「跡野、笑ってくれていい。このチームなら、本気で全国取れる気がする」

「気がするかよ、そこは取れるって言うところじゃないのか?」

「俺もそこまで自分達におごってはいない。油断すれば負ける。気を抜けば負ける。でも、まるっきりそんな可能性がないのかって言われたら、ないと言い切れない。勝てる気がするんだ」

「そりゃあ可能性がないわけ無いだろう。可能性は誰にでも平等にあるからな。それを可能性から可能にするかは、佐原達次第だ」

 佐原は俺の肩から手を離し、正面に立って俺の目を真っ直ぐ見る。

「跡野、本当にこの三年間、俺はお前に助けられてばかりだった」

「なんだよ、今ここで引退でもする気か?」

「そんなお前がピッチに居ない事だけが心残りだ」

「おいおい、お前まだピンピンしてるだろ。なんだよその死亡フラグみたいなセリフは」

 冗談で返すと、佐原がニッと笑って右手を胸の前に持ち上げた。俺は、その佐原の手を音が鳴るくらい激しく掴み、ニッと笑い返す。

「さっさと行ってこい」

「ああ、行ってくる」

 搭乗口へ歩いて行くメンバー達を見送ると、一緒に見送っていた登録選手外の一年二年と一年のマネージャーが居た。

「跡野さん、本当に行かないんですか?」

「ああ、バスに何時間も揺られるのは辛い」

「そうですか……」

 話し掛けてきた金木がシュンと肩を落として俯く。俺はそんな金木の肩を叩いた。

「応援する金木がそんな顔をしたら選手のプレイに影響するぞ。俺の分まで応援してきてくれ。俺はテレビの前で応援してるから」

「はい! 絶対に優勝してきます!」

 ブンブンと手を振る金木を見送り、俺はスマートフォンを出して、教えてもらっていた番号にダイヤルする。

「もしもし、お久しぶりです。跡野優一です。本日、お話出来る時間を作っては頂けないでしょうか?」

 俺は俺でやらなきゃいけない事がある。今年中に、絶対来年に持ち越せない事が。


 待ち合わせ場所に指定されたのは、警察署、のエントランス。そして、時間通りにその人は現れた。

「ご無沙汰しています」

 深々と頭を下げて上げると、とても不機嫌そうな顔を向けられた。まあ、歓迎されるとは思っていない。

 今日、俺は香織のお母さんに教えてもらった番号に電話を掛け、香織のお父さんに会って話をしてほしいと頼み込んだ。

「自分から来るとはいい度胸をしているな」

「この度はご心配をお掛けしてすみません」

「香織は」

「今日、サッカー部の選手権大会に出発しました」

「そうか。……昼飯は食べたのか」

「いえ、まだですが」

「私も食べていない。時間もあまりない、付いてきなさい」

「は、はい」

 香織のお父さんの後ろを付いて歩く。

 正直、話すと言っても、香織と付き合う事を認めてもらうとお願いする事しか考えていない。どんな物や事なら説得出来るのか分からないし、そもそも何を話せば良いのかさえ分からない。

 香織には、香織のお父さんに会うことは言わなかった。全国大会に行く香織に余計な心配を掛けたくなかったのと、香織に甘えるような事はしたくなかったからだ。

 これは香織の問題ではあるが、俺と香織のお父さんの間での問題だ。香織自身が何かする必要はない。むしろ、香織が何かをしちゃいけないのだ。

 香織が必死に説得してくれれば、香織の事を本当に大切にしている香織のお父さんなら、最後の最後は香織を信じて折れてくれるだろう。でもそれは、香織を信じて任せてくれたというだけで、俺は一切認められていない。それでは意味がないのだ。

 香織のお父さんに俺の事を認めてもらい、香織と付き合う事も認めてもらう。それが出来なければ、これから先、俺が香織と一緒に居る資格はない。

 香織のお父さんは、一軒の定食屋に入る。警察署からも近いから、よく利用するのだろう。

「遠慮はしなくていい」

「はい、ありがとうございます」

 香織のお父さんは焼き魚定食を選び、俺は煮魚定食にした。メニューを香織のお父さんに合わせたわけではなく、この胃がキリキリする状況で脂っこい食べ物を受け付けなかったからだ。

「香織のサッカー部は強いようだな」

「は、はい、世代別日本代表の選手が居るのももちろんですが、チーム全体が良い雰囲気です。やっぱり、チームの雰囲気が良いのが一番大きいと思います。モチベーションも高いですし」

「私達の仕事もチームとしての雰囲気やモチベーションが重要だ。もちろん、個々の技術も大切だが」

「そうですね、警察官の方々は民間人を守る立場だから、凄いプレッシャーと毎日戦われて、凄いと思います」

 目の前に定食が運ばれて来て、香織のお父さんは両手を合わせる。俺もそれに合わせて合掌した。

「「いただきます」」

 箸を手に取った香織のお父さんは、俺に顔を向けることなく話を続ける。

「香織が君の妹さんの所に泊まりに行ってから、妻に散々怒られた……」

「そうですか……へっ?」

 重々しい雰囲気と口調だが、気落ちしている表情には、厳格さは全く感じられない。

「妻とあんなに揉めたのは、君が事故で入院した時以来だ」

 思い出すように語る香織のお父さんを邪魔しないように、俺は口を閉じて耳を傾けた。

「あの日は、事件の後処理が一段落して早く帰れるという日だった。久しぶりに香織と妻を連れて外食にでも行こう。そんな事を考えていた。そしたら妻から電話が掛かってきた。香織が事故に遭って病院に運ばれた、とな」

 香織のお父さんはフッと笑い、焼き魚の身を箸で解して口に運んだ。

「実際は、香織はかすり傷一つ負ってはいなかった。電話を受けた妻が気が動転して勘違いし、俺に勘違いしたまま伝えたんだ。俺はそれに気付いてホッとした。しかし、その傍らでは泣き崩れる君のお母さんと妹さんが居た。本当に申し訳なかった」

「いえ、娘さんが、香織さんが無事だと知ってホッとするお気持ちは分かります。それは親の気持ちが分かるという事ではなく、大切な人の無事を喜ぶ気持ちとしてです」

「そうか」

 湯呑みでお茶を一口飲んで、香織のお父さんはフッと息を吐く。

「年頃の娘は父親を嫌うものだと聞いていた。しかし、そういう一般的な娘とは違い、香織はいつも俺が帰れば笑顔でおかえりと言ってくれる。だが、俺の知らないうちに、香織も親離れ、父親離れをしていたようだ」

 香織のお父さんは、寂しそうに目を伏せる。

 俺はまだ人の親じゃないから、香織のお父さんと同じ寂しさは分からない。でも、妹だが、聖雪がいきなり男を連れて来て「私の彼氏」なんて言ってきたら、そこはかとない悲しさを感じる。それと同種の、近い悲しみだとしたら、俺にも分かる気がする。

「俺には話し辛い事でも妻にはよく話していたようでな。サッカー部に居る、尊敬出来る先輩の話をよくしていたそうだ。その時に君の事を『どうせろくでもない男に決まっている』と言ってしまってな。そうしたら、何時も温厚な妻が俺を珍しく怒鳴り散らしたんだ『香織を守ってくれた命の恩人に何てことを言うの。この恥知らず』とな」

「そ、それは……」

 深く肩を落とす香織のお父さんに、俺は何と声を掛けていいか分からず、ただ意味のない言葉を口にするしか出来なかった。

「この前は、もっと酷かった。正直、口にするのもはばかられる」

 敢えて伏せたのだから追求なんてしないが、表情からは相当辛辣な言葉を浴びせられたのだろうというのは分かった。

「先日は本当に済まなかった。香織の男と会うと思ったら、冷静でいられなくてな。君と香織が出掛ける時も、君に香織が取られるような気がして、つい香織の邪魔をしてしまった。それで香織と揉めた事もあって、君に八つ当たりしてしまった。本当に申し訳ない」

「あ、頭を上げてください!」

 突然頭を下げた香織のお父さんに、俺は慌ててそう声を掛ける。

 大衆食堂の真ん中で、大の大人に高校生が頭を下げさせているなんてとんでもない絵面だ。

「済まない」

「い、いえ、香織さんの事を心配する気持ちは分かります。それに突然連れて来た男に自分の娘さんを簡単に任せる親なんて居るわけありません。香織さんのお父さんの行動や考えは当然だと思います」

「君は高校生らしくないな」

「へっ?」

「もう少し、子供らしくした方がいい」

 ついこの間、グリズリー先生から言われた言葉と同じ言葉だ。

「そんな事では将来息子になるかもしれんのに、気兼ねなく可愛がれんではないか」

「す、すみません……え? 将来の息子?」

 香織のお父さんの言葉に、俺は目を丸くして固まる。あれ? 確か俺ってめちゃくちゃ香織のお父さんに、嫌われてたんじゃ?

「少年課の職員から詳細は聞いた。先日言った事は俺の勘違いだった。君の事を興奮しながら褒めていたぞ。高校生らしくない高校生が、誘拐事件解決に貢献したとな。しかも二件も」

「いや、貢献なんて事は……」

「いや、警視総監賞ものの功績なのは間違いない。実際、そういう話も出たそうだな。何故”断った”んだ?」

 香織のお父さんに苦笑いを浮かべる。やっぱり、警察官だからそういう話も耳に入るのだろう。まあ一課長なのだから当然かもしれないが。

「確かにそういうお話はありました。でも、事件の事を大きくしたくなかったんです。どっちの事件も私の友人が被害者です。それに女性でとても怖い思いをしたはずです。だから……彼女達に事件の事を早く忘れてほしくて」

「確かに二件の誘拐事件解決に貢献し警視総監賞を受けたとなれば、マスコミが飛び付くネタだな」

 俺が警視総監賞を貰わなくても、御堂は報道のせいで苦しい思いを強いられている。それで俺までその報道を過熱させるような事をすれば、もっと辛い思いをしたはずだ。

「普通の高校生なら、喜んで貰いそうなものだが、そこまで考えるとはな。やはり香織は見る目のある子だ」

 もしかしたら、香織のお父さんは、俺が会いに行った時には、既に俺の事をある程度は認めてくれていたのかもしれない。だけど、やっぱり香織を取られたと感じ、俺に厳しく接した。それを今日、軟化させてくれたのだろう。

「君、警察官にならないか?」

「……実は、香織さんのお父さんに合う前から、警察官を目指しているんです」

「ほう、理由を聞いても構わないか?」

「はい、きっかけはお話にも出た誘拐事件の後、被害に遭った友達が周囲の人の心無い言葉に晒されているのを見て、私は……ただそう言う人達に抗議する事しか出来ませんでした」

「それは我々の対応が至らなかった事が招いた事だ。申し訳ない」

「いえ、香織さんのお父さんは何も悪くありません。それで私は友達と同じように、感じる必要のない苦しみを受ける人を一人でも減らしたくて」

「いい理由だ。そういう志を持った若者が居ると聞けば、うちの奴等も身が引き締まるだろう。それに興奮しながら君を褒めていた職員も喜ぶ」

「すみません、口だけは達者で」

「そう言う大人びた所は頂けんな」

「すみません」

 俺が謝ると、香織のお父さんはフッと笑って表情を和ませた。その柔らかい笑みが、当然だが香織とそっくりだった。


「送ってやりたいが、気を付けて帰りなさい」

「いえ、貴重なお時間を頂きありがとうございました」

「全く、次会う時はもっと子供らしさを心掛けなさい」

「は、はい」

 香織のお父さんは頭をポンポンと叩いてニッコリ笑う。俺はそれに緊張した笑いを返した。

 香織のお父さんが警察署に戻って行くのを見送り、俺はホッと息を吐いた。

 心底恐ろしかった。門前払いも覚悟していた。

 相手は彼女の父親でしかも警察官で一課長なのだ。高校生の俺に萎縮するなと言う方が間違っている。しかし、何とか認めてもらえた。それどころか思いの外、高評価をもらえた。きっとあれ以上の評価はないだろう。

 ホッとして体の力が抜けて呆けていると、ポケットに入れていたスマートフォンが震える。取り出して画面を見ると、香織の名前が表示されていた。

「もしもし香織? 無事に――」

『優一さん!? 一体何をしたの!?』

 香織の大きな声に、俺は思わず顔をしかめて耳からスマートフォンを離す。しかし、このまま話すわけもいかず、そっと耳を戻して香織に話し掛ける。

「香織、声が大きいぞ。鼓膜が破れるかと思った」

『ご、ごめん。で、でも! だって!』

 何やら焦っているのか、軽いパニックに陥っている様子の香織は、何を言っているのかよく分からない。

「香織、とりあえず落ち着け。深呼吸してから落ち着いて話してくれ」

 俺がそう促すと、電話の向こうで香織が深呼吸をする音が聞こえる。本当にやっちゃうあたりが本当に可愛い。

「で? どうしたんだ?」

『今、ついさっき、お父さんから電話があった』

「そうか、何だって?」

『香織には勿体無い男だ。絶対逃がすな、他の女に盗られるなって、言われた』

「…………はあ!?」

 どうやら、俺が思っている以上に、物凄い評価をされたらしい。あんだけ溺愛している娘に対して「香織には勿体無い」とは……。

『優一さん、一体お父さんに何したの!?』

「いや、香織との事を認めてもらおうと思って、話をする時間を作ってもらった」

『なんでこんな時に限って、私は優一さんの側に居ないんだろ。ほんと、バカ』

 何故かいきなり自分を責め始めた香織に戸惑う。

『こんなに抱き締めたいのに、直接、大好きありがとうって言いたいのに』

「ありがとう。香織が帰って来た時の楽しみにしてる」

 電話越しでも十分嬉しい。十分、胸が熱くなる。それでも直接言ってもらえたら、もっと嬉しくて胸が熱くなって、幸せになれると分かる。だから、その時にこの胸の高鳴りの先は取っておきたい。

『それから、絶対に逃さないから』

「逃げないって」

『他の人にもぜーったいに渡さないから』

「渡らない渡らない」

『ずっとずっと、好きだから』

「俺もずっと香織の事が好きだ」

『フフッ』「フッ」

 お互いに照れ臭くなって、同時に笑ってしまう。本当になんて恥ずかしい事を言ってるんだ。

『優一さん』

「ん?」

『やったね、私達、両親公認だよ? 優一さんのお父さんお母さんからも、私のお父さんお母さんからも』

「そうだな、俺も嬉しいよ」

『ありがとう。全部、優一さんのおかげ』

「いや、香織のおかげだな」

『そんな事ないよ』

 香織はそう言う。でも、そうじゃない。

 香織のお母さんが俺を直ぐに認めてくれたのも、香織のお父さんが本当は認めてくれていたのも、全部香織が香織の両親に信頼されているからだ。

 自分の子供が選んだ相手なら大丈夫。自分の子供なら信頼出来る。そうだったからこそ、俺は、俺を香織の両親に認めてもらえた。

 俺の父さん母さん、そして聖雪も、香織が俺が入院してから毎日見舞いに来てくれていた事を知っていた。その優しさが、香織の事をみんなに認めさせる力になったんだ。

 俺はその香織の力に助けてもらっただけだ。

『優一さんのおかげで、物凄く頑張れる。明日絶対に勝つから! それで、絶対に優勝旗持って帰って来るから!』

「ああ、香織の事を信じて待ってる」

 未来の事は俺にはまだ何一つ分からない。サッカー部の行く末も、親になった時の気持ちも。ただ、分からなくても、目指す未来はちゃんと見えている。

 そしてその未来には、絶対に居てほしい彼女が居る。

 だから、これから先、何が起こるとしても、絶対に今感じてる気持ちを忘れるな。そう、俺は心の真ん中に刻み付けた。

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