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コンチェルト。アゲイン  作者: 煮込みハンバーグ
41/51

41【肯定する罰】

  【肯定する罰】


「跡野くん、昨日はごめんなさい」

「音瀬、怪我とかはしてないのか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

 次の日、音瀬は学校に来た。落ち込んでいる様子はなく、声色も落ち着いていた。俺としては音瀬に体と心を休ませてほしかったが。

 俺は、音瀬と話をするために生徒会室に音瀬を呼んだ。ここなら昼休みは誰も使わないし、暖房もあるから話しやすい。

「ありがとう」

 俺は音瀬にホットココアの缶を差し出す。

 昨日、音瀬は御堂の知り合い、援助交際の相手に誘拐された。そして、その誘拐犯は俺に電話を掛けてきて、そのお陰で音瀬を無事に助ける事ができた。

「音瀬……御堂は知ってるのか?」

 俺の質問に、音瀬は首を横に振って否定した。そりゃそうだろう。昨日、二ノ宮は音瀬に、御堂へ怒るなと釘を刺されている。だったら、音瀬自身が昨日の事を御堂に話しているわけはない。

 しかし、今回の件は音瀬本人が飲み込むという選択肢はダメだ。音瀬は犯罪に巻き込まれたのだ。そして、また同じ事が起こるかもしれない。それが全く別の誰かか、また音瀬なのか、それとも御堂自身か。

「音瀬はどうするつもりなんだ、御堂の事」

「話をして説得すれば……」

「昨日までにも何度か話したのか?」

「……うん」

「結果は?」

 音瀬は首を横に振る。御堂への説得は成功していないらしい。

 そもそも、音瀬は誰かの説得に向いていない。だけど、音瀬には誰よりも人の痛みが分かる心と優しさがある。それは音瀬の長所だ。あの、誰でも話を聞いてもらいたくなる、話をしたくなる雰囲気を出せるのは音瀬くらいだ。

 でもそれは、話を聞いてもらいたい相手に対しては有効だが、相手が話す気がないと難しい。それに、音瀬は自分の意見をハッキリというのが苦手な性格だ。

 ホットココアを飲む音瀬は元気がない。その元気のない原因が、昨日のショックなのか、御堂の事なのかは分からない。

「跡野くんなら、どうやって御堂さんを説得する?」

「俺には説得出来ない。御堂は俺の話はまともに聞かないからな。何を言っても、御堂には通じる気がしない」

 御堂は、男の俺に分かるわけがない、そう言っていた。それは確かに、御堂の言う通り男の俺では正しく理解出来る事ではなかった。だけど御堂は自分を諦めている以前に、男に対して諦めている。だから、男に求めるものは金や体しかない。それがなければ、御堂にとっては男という存在は、無価値なのではないか。そう、俺は思う。

 そんな相手にどんな言葉を掛けても、何かを伝えられるという自信はない。

「御堂さんと初めて話したのは、体育祭の少し前。御堂さんから話しかけてくれたの。あなた、自分の事嫌いでしょ。って」

 それは、初めて人と人が接する時に交わす言葉ではないように思える。でも、音瀬の顔はニッコリ笑っていた。

「ビックリしちゃった。でもその後ね、御堂さんは私に言ったの」

 音瀬はさっきのニッコリとした笑顔から、力の無い笑みに変わる。

「私はこの世の全ての人間が嫌い。自分も含めてね。って……。私は確かに御堂さんの言う通り自分が嫌い。だけど、御堂さんのは凄く……凄く悲しい事だと思ったの。私は、自分の事は嫌いだけど、周りには凄く優しくていい人が沢山居るって分かってるから」

 チラッと俺を見た音瀬は、ココア缶を両手で握ってはにかむ。

「だから、御堂さんにも世の中には素敵な人がいっぱい居るって知ってもらいたくて。でも、なかなか上手くいかないね。私の事も、全然友達だとは思ってくれてないみたいだし……」

「御堂は誰に対してもそうだ」

「うん……だから、ちゃんと御堂さんにも人を好きになってほしい。私も……」

 音瀬は俺の顔を見て俯く。

「私も、好きな人が居るから毎日頑張れるし、自分の事が嫌いでも好きな人が居ると毎日が好きになれるし」

「音瀬が自分を嫌う理由なんてないだろ。音瀬は何時だって周りの事を気に掛けて行動してる優しい奴だ。そんな良い所があるんだから、自分自身を否定するのは良くない」

「私なんかよりずっと、周りの事を気に掛けて優しく出来る跡野くんに言われると、ちょっと複雑だな」

 笑う音瀬は、スッと表情を元に戻した。

「私は、私が楽になるために佐原くんを傷付けた。そんな自分勝手な自分が嫌い。跡野くんにキスした時、私はどうかしてたんだと思う。自分が自分を肯定しなくなったら、誰も自分を肯定してくれてないような気がして、傷付いてる跡野くんに酷い事をしちゃった。でも跡野くんは、そんな私をちゃんと怒ってくれた。私が思ってた事を跡野くんは否定したけど、私自身、私の存在を肯定してくれた。だから、あれがあったから、御堂さんもどうにかしたいって思ったの」

 音瀬はギュッとココア缶を握り締める。

 やっぱり、音瀬は優しいやつなのだ。傷付いてる御堂を放って置けなくて、見ていられなくて、それでどうにかしたいと考えている。それはやっぱり、音瀬だから行き着ける思考結果だ。

「音瀬、俺は御堂が音瀬の事を友達だと思ってない話。あれは違うと思うぞ」

「えっ?」

 二ノ宮は音瀬から、御堂が南校で受けた事を聞いていた。という事は、御堂はそれを音瀬に話したという事だ。それだけで、証拠は十分だ。

「じゃあ、もうすぐ昼休みも終わりだし戻るか」

「跡野くん!」

 俺が立ち上がると、音瀬はココア缶を握り締めたまま立ち上がった。

「もし……もし、私が一年生の頃に気持ちを伝えられたら、私達はどうなってたかな?」

「…………俺は、香織が好きだよ」

 俺はその音瀬の言葉に、振り返らずそう答えた。


 今日は生徒会の仕事が早めに終わり、しばらく生徒会室でダラダラしていようと思っていた。そんな時、生徒会室をノックする音が聞こえた。

「はい」

 パソコンを真剣に見詰めて居た近藤さんが立ち上がり返事をする。そして、目でキッと睨み付けられ、俺は立ち上がって生徒会室の扉を開ける。

「どちらさまですかー? ……秋田さん?」

「跡野くん、こんにちは」

 後ろには生徒指導部の先生が居る。そして俺をギロリと睨み付けた。いや……俺は何も悪い事はしてないから怖がらなくても大丈夫だ。

「ちょっと話があって、校門に立ってたら先生が案内してくれて」

「そうか。まあ、とりあえず入っててくれ。近藤さん、この人は南校の秋田さん。ちょっと、相手しててもらえる?」

「分かったわ。私は生徒会長の近藤です。そちらにお掛け下さい」

「は、はい、ご丁寧にありがとうございます!」

 とりあえず、秋田さんを近藤さんに任せて俺は一階に下りる。そしてホット缶コーヒー二本とホットミルクティー一本を、自動販売機で買って生徒会室に戻る。

「近藤さんありがとう」

「あら、別に気を遣わなくても良かったのに。でも、ありがたく頂きます」

 差し出した缶コーヒーを受け取った近藤さんから目を離し、秋田さんへミルクティーを差し出す。

「あっ、ありがとう」

「ちょっと外に出ようか」

 俺は生徒会室の外に出て、秋田さんが出ると扉を閉めた。そして少し離れた場所にもたれかかり、缶コーヒーを開ける。

「話って御堂の事?」

「うん、この前、私の話は聞いてもらったけど跡野くんの話は何も聞いてなかったから。……有栖、何かあったの?」

「うん、まあ……」

 正直、どう言ったら良いか分からない。御堂に何もしてあげられなかったと後悔している秋田さんに、事実を伝えるべきかどうか悩む。

「ここに来る途中、コンビニで有栖が、スーツを着たおじさんと一緒に、車に乗るのを見たの。もしかして……ううん、もしかしなくても、有栖は援交してるの?」

 あのバカ、俺に見られた後だってのに、また見られるなんて。しかも、相手は友達の秋田さんなんて。

「跡野くん?」

「……秋田さんの言う通り、御堂は援助交際をやってる。俺も秋田さんみたいに大人の男と車に乗るのを見て、その時、御堂と目が合ったから御堂に黙っているように頼まれた」

「それで、跡野くんはなんで有栖が援交なんてやってるのか気になって、南校まで来たんだ」

「ああ」

 缶コーヒーを飲む。ブラックにして正解だった。暖房でダラケた頭と体が廊下の寒さとコーヒーの苦さで引き締まる。

「優一さん?」

「あ、香織? もう下校時間か……」

 制服姿の香織が俺を見て、その後秋田さんに視線を向けて首を傾げる。

「香織、この人は南校の秋田さん。音瀬の友達の友達だ」

「は、初めまして、秋田葵です」

「初めまして、駿河香織です」

 二人は自己紹介をして、互いに頭を下げ合う。そして、俺は今度は香織を秋田さんに紹介する。

「秋田さん、香織は俺の彼女なんだ」

「彼女……そ、そうなんだ。可愛い彼女さんだね」

 ニコッと笑った秋田さんから目を離し、俺は香織に耳打ちをする。

「香織、昨日相談したって事は、秋田さんには秘密な」

 そう耳元で言うと、香織は俺の目を見て一度だけしっかり頷いた。

「下校時間だし、学校を出よう。話はファミレスで良いか?」

「うん」

「あの! 私も一緒に行っていいですか?」

 突然、香織が俺の前に出て秋田さんに尋ねる。香織は御堂の事について知らない事になっている。もちろん名前は言っていないから、御堂個人までは香織も分かっていない。だが、内容が内容だけに、秋田さんもあまり広まるような事は良しとしないだろう。

「えっと……」

「最近、彼氏が凄く悩んでて辛そうで、きっと秋田さんはそれに関係した話をするんですよね? 彼氏を一人で悩ませたくないんです。だから、私もお話を聞かせてください」

「大丈夫だよ、私は彼女が居る人に手を出したりするような最低な人間じゃないから。それに、やっぱり今会ったばかりの人に話せる内容じゃないし」

 秋田さんの言い分は筋が通っていて疑いを持つ点はない。持つ点はないはずだが……。

「秋田さん、先に行っててくれ。俺は香織と話があるから」

「うん、分かった」

 俺は秋田さんが歩いて行くと、すぐに父さんへ電話を掛ける。

「父さん、今何処?」

『優一か、今日は定時で上がれたからもう家だが』

「家? 良かった助かった。一生の頼みがあるんだ。香織を学校に迎えに来てほしい」

『そうか、分かった』

「ありがとう、頼む」

 電話を切ると、俺は壁に香織を押し付けて唇を重ねた。

「んんっ……」

 触れる香織の舌先がピクリと震える。肩も強張り、唇の隙間から甘い吐息が漏れる。しかし、ゆっくりと俺の首を抱いてくる。すっと唇を離すと、すぐに香織から唇を奪われる。

 しばらくキスを交わした後、俺は香織の頭をポンポンと撫でる。

「優一さん、行っちゃダメ」

 ギュッと俺の体を抱き締める香織にそう言われ、ちょっと困る。

「優一さんがそこまでする必要ない」

「何のことを言ってるんだよ」

「私も分からない。でも、優一さんが私を連れていけないような事をしようとしてるのは分かる。優一さんのお父さんに迎えに来てもらうって事は、凄く危ない事でしょ?」

「考え過ぎだって、香織を送れないから父さんに頼んだだけだ。大切な彼女を一人で帰らせるわけには行かないだろ?」

 香織の手を解き、その手をギュッと握る。その手を香織は握り返す、強く。

「お願い……行かないで……」

「大丈夫だって」

 スマートフォンが震えている。父さんが着いたという連絡だろう。

 俺は香織の頭をゆっくり撫でて、それからまた優しく唇を重ねた。


 香織を父さんに任せて、俺は秋田さんと一緒にファミレスに向かうために夜道を歩く。

「ねぇ跡野くん」

「なんだ?」

「いつから?」

「ん?」

 話し出した秋田さんに相槌を打ちながら歩く。

「私の事を疑ってたの」

「ついさっき、香織が一緒に来たいって言った事に対する、秋田さんの返答を聞いた時。秋田さんの”私は彼女が居る人に手を出したりするような最低な人間じゃないから。”って言葉。その言葉を言う時に、声に力が入ってた。それに目が酷く冷たかった」

「なんかカッコイイね。探偵さんみたい」

 クスリと笑う秋田さんに、俺は質問を返す。

「どこまで話す気がある?」

「そうだねー。どこまで聞きたい?」

「話せる事を全部。それを聞いてからじゃないと判断出来ないし」

「じゃ、最初に、私は有栖の友達なんかじゃないから」

 秋田さんの言葉には躊躇いも罪悪感も何もなかった。自然に心から発さられた言葉だった。

「それどころか、不幸になってほしい人間よ」

 その言葉には、背筋が凍るような冷たさが込められていた。恨み辛み、憎悪、嫌悪、様々な負の感情の吹き溜まりから流れ出たような、ドロリとしたどす黒い言葉。

「なんで御堂を嫌う」

「有栖は私の彼氏を寝取ったのよ、二年になってすぐに。だから、男友達を集めてやらせたの。私は外に呼び出してやれって言ったのに、あいつ等馬鹿だから、部室でやった方が燃えるとかなんとか言って学校でやったのよ。そんですぐにバレて退学。まあ、自業自得よね。馬鹿達も有栖も」

「……秋田さんがこの前俺に話した事は?」

「あー、あれ? 有栖が男にやられた事は全部嘘。有栖なんて友達でも何でもないし、凹んでる有栖見て清々したし、話し掛けなんてするわけないし」

 秋田さんは、御堂が援助交際をするようになった原因だろう事件の首謀者だった。そして、それを悪びれてる様子は全くない。

「それで? 彼女さんを車で送ってもらった理由は?」

「念の為だな。でも、その念の為は役に立ったみたいだ」

 白いワゴン車が俺と秋田さんの隣で止まり、運転席の窓から金髪の若い男が顔を出す。

「葵、有栖を連れてきたぜ。ついでに一緒に居た親父も狩ってきた。ちょこっと脅したらガタガタ震えながら万札十枚差し出してきたぜ。ラッキーラッキー」

 一万円札を手に持って見せびらかす男にため息を吐いて、秋田さんは俺に視線を向ける。

「乗ってもらえる?」

「拒否したら?」

「有栖の悲鳴を聞きたい?」

「分かった」

 開いたスライドドアの先には、他に男二人が乗っていて、その男の間に御堂が座らされていた。御堂は体をガタガタと震わせている。

「カズ、あんた後ろね」

「りょーかい」

 御堂の隣に居た男が後部座席に移り、俺は空いた座席に腰掛ける。御堂が俺の方に身を寄せて来る。

「葵、コイツが有栖の男?」

「いや、違うみたい。彼女が居たし。有栖の事を好きなのを隠して私に接触してきたって思ってたけど残念ね」

「じゃあ、その彼女を呼ばせようぜ。有栖だけじゃつまんねー」

「ダメね、今呼び出したら完全に彼女の親とかに怪しまれる」

 助手席に乗り込んだ秋田さんは、後ろに居る男達に振り返る事なく話し掛ける。

 車が走り出し、外の景色が流れ始め、俺はフッと息を吐く。男三人に秋田さん一人。いや、どこに行くか分からないが、行った先でまた増えるかもしれない。

「とりあえず、着いたら男の方を縛らないと。結構クセ者みたいだし」

「そうなのか? なんかひ弱そうにしか見えるけど」

「私が騙してるのバレてた。その上でついてきたのよ。だから何するか分かんない」

「了解。しっかし、また有栖とやれるとはねー。退学してから全然会ってなかったし。蒸発したから死んだのかと思ってたわ」

 ケラケラと笑いながら運転する男の言葉に御堂が体を強張らせる。間違いない、こいつらが御堂に乱暴した張本人だ。

「そうだ、跡野くん。女の子二人くらい呼んでくれない?」

「従うと思ってるのか?」

「てめぇ、ナメてんじゃねえぞ!」

 秋田さんの言葉に俺が返答したら、御堂を挟んで向かい側に座っていた男が俺の胸倉を掴んで恫喝する。しかし、声を張り上げているだけで全く怖くはない。でも、間に挟まれている御堂は涙を流して俯いていた。

「まあいっか。こいつら三人の相手を有栖一人にやらせればいいんだし」

「んだよ、葵はやらせてくれねーの?」

「なんであんたらとやんないといけないのよ。あっ、でも、跡野くんとはしたいかも。結構カッコイイし」

「あー、ストレス溜まるわー」

「有栖で発散すればいいじゃない。随分遊んでるみたいだし、テクニックはついてるんじゃないの?」

『白のワゴン車、道路脇に停車してください』

「なっ!?」

 車内に居た運転手以外の男二人が後ろを振り返る。俺は後ろを振り返った秋田さんと目が合う。

「何したの」

 目は冷たく笑っていない。

「普通に通報かな」

「そんな素振り――」

「毎日使ってれば、ダイヤルくらい画面見ずに出来るだろ。三桁だし」

「チッ……」

 俺が後ろ手に隠し持っていたスマートフォンを見せると、秋田さんは苦々しく舌打ちをする。その秋田さんから視線を逸らさず、俺は言葉を続ける。

「強姦罪は親告罪。きっと御堂は親告しなかったんだろう。思い出したくも無い事だ、それは仕方のないことだと思う。だから、退学処分だけで済んだんだろうな、あんた達は。でも、誘拐罪は親告罪じゃない。俺は自分から乗り込んだが、御堂は無理矢理連れてきたんだろう」

「私は乗り合わせただけよ。こいつらが勝手に有栖を連れ去ってきただけ」

 鼻を鳴らして悪びれる様子のない秋田さんに、俺はため息を吐く。

「退学になった時は、こいつらも警察に連れて行かれなかったから話さなかったかもしれない。でも今回は確実に連れて行かれる。警察の取り調べなんて受けたら確実に喋るぞ。秋田さんに指示されましたって。誘拐指示は教唆きょうさに当たる立派な犯罪だ。この場にいる四人全員犯罪者だ」

「知ってる? 十八歳は少年法に守られてるのよ。」

「知ってるか? 十六歳から上は家裁の判断で検察官に送れるんだよ。それに、十八になってれば少年法による減刑はない」

 車が停車し、俺はすぐにスライドドアを開ける。御堂の手を引いて車から離れ、すぐに警察官の側へ御堂を連れて行く。

「君は、この前の」

「ど、どうも」

 音瀬が誘拐された時に事情を聞かれた警察官と同じ人が居て、俺を見て呆れ顔を浮かべる。

「君はもう少し気を付けて行動した方がいいようだ。誘拐事件に二度も関わるなんて」

「すみません、気をつけます。あの、この子を保護してもらえますか?」

「了解した。君とその子を保護する。迎えが来るまで後部座席に座ってなさい」

 別の警察官が後部座席のドアを開けてくれて、俺は御堂を座席に座らせる。

「とりあえず、あの四人とは別に君達にも事情を聞こうか」


 取り調べにはカツ丼が出てくると言うが、俺の場合は親子丼だった。二度目の再会を果たした警察官が「署でも人気の店なんだ。夜遅くまでやっているし何より安い」と言っていた。

 取り調べと言うか事情聴取を受けて、警察書のエントランスにあったベンチに腰掛けて居ると、自動ドアの開く音が聞こえた。

「優一さん!」

 靴の底が床のタイルを打つ音が響き、立ち上がった俺に香織が飛び付いてきた。

「優一さんのバカ……」

「香織、それめちゃくちゃ凹むんだけど……」

 いきなりのバカ呼ばわりは酷い。

「香織、ちょっと離れて」

「なんで二ノ宮が居――」

 二ノ宮が香織の後ろから、香織の腕を引っ張って俺から香織を引き剥がし、思いっきり平手で俺の頬を打った。

「何考えてんのよ! このバカァッ!」

 キンキン耳に響く程の怒鳴り声に、思わずたじろぐ。そして、目から大粒の涙を流す二ノ宮がまた俺に平手打ちを繰り出してくる。しかし、俺はその二ノ宮の手首を掴んで平手打ちを防ぐ。

「止めるな!」

「自分が殴られるんだから、止めるだろ普通!」

 掴んでいる二ノ宮の手から力が抜けたのを確認して、ゆっくりと手を下ろす。

「香織が泣きながら電話してくるから、心配して香織と優一の家に行ったら、誘拐に巻き込まれたって! ふざけんじゃないわよっ! どんだけ心配したと思ってるのよ! 香織も私も優一の家族も!」

「悪かった」

「全然反省してないッ!」

 怒りが収まらない二ノ宮の後ろから、今度は父さんが拳を俺の脳天に打ち下ろす。

「イッテぇー……」

 父さんは何も言わずにそのまま後ろに歩いて行ってしまう。何も言う事は無いようだ。

「優一さん、良かった。良かった……」

 横から香織に抱き締められ、ヒリヒリする頬とズキズキする脳天の痛みを我慢しながら、俺は香織を抱き寄せる。

「あいつ……」

 エントランスに歩いて来た御堂を見付け、二ノ宮が歩き出す。俺はその二ノ宮の腕を掴んで止めようとする。

「イテッ!」

 しかし、スネを踵で蹴られてその痛みで手を放してしまう。

 二ノ宮は、困憊している御堂の胸倉を掴み上げて睨み付ける。

「あんたのせいで、私は、私の大切な人を二人も失うところだった。知らないんでしょうけど、あんたのお友達に侑李は連れ去られて乱暴されそうになった。それを助けた優一が今度は危ない目に遭った。全部あんたのせいよ!」

「そんな……侑李ちゃんは何にも――」

「侑李が言うわけ無いでしょうが! あの優しい侑李が、友達だと思ってるあんたに、そんな傷つくような事言えるわけ無いでしょ!」

 胸倉を掴んだまま怒鳴り付けていた二ノ宮を俺は後ろから引っ張って止める。

「二ノ宮、落ち着け」

「落ち着けるかッ!」

「それでも落ち着け!」

「侑李も優一も危ない目に遭ったのよ!? こいつなんかのせいで、私の大切な人が二人も居なくなっちゃうかもしれなかったのよ!? それなのに落ち着けって言うの!?」

「それでも落ち着けって言う。とりあえず、座れ」

 二ノ宮をベンチに座らせ、俺はうなだれる御堂に視線を向ける。

「ごめんなさい……」

「許さん」

「そう、だよね……ただ謝っただけじゃ許してもらえるわけない」

 俺の言葉に、御堂は力なく答える。

「ただし条件がある」

「何?」

 すっと顔を上げた御堂の瞳に微かに輝きが灯る。

「援助交際は止めろ」

「もうやらないわ……私の考えが甘かった」

「それから、もう自分を責めるな。自分を諦めるな。自分を肯定してやれ」

 御堂は俺の言葉に首を横に振る。

「私は、友達の彼氏を取ったの。だから全部私が悪いの。だから、これは私に対する罰よ」

「御堂が自分にぶつけてるのは罰じゃない。ただ自分を否定して責てるだけだ。本当の罰は、何か制裁を受けた後に反省して考えを改めて前に進まなくちゃいけない。そこまでやって罰だ。だからもうそろそろ、前に進めよ。もう、自分を否定するのも責めるのも十分だ。これからは反省して、前に進むんだ」

 御堂はゆっくりと頷く。俺はそれを確認して、御堂に笑いかけた。

「それと、音瀬と仲良くしてやってくれ。音瀬は大人しい奴だから、御堂から声を掛けてもらえると助かるな」

「でも……私は……」

「さっきもそこの素直じゃない奴が言ってただろ。友達だと思ってたから音瀬は御堂に言わなかったって。だから、ちゃんと謝る事は謝って、そんでちゃんと友達になってやってくれよ」

「……ありがとう」

 俺は話を終えてベンチに座ると、隣に座ってた二ノ宮が俺を涙目で睨み付ける。

「素直じゃない奴って私の事言ってんの?」

「そうだな、御堂と関わらせたくなかったら、音瀬が御堂をちゃんと友達だと思ってるなんて言わないだろうしな。心の整理が付いたら、二ノ宮も御堂と友達になるつもりだったんだろ?」

「知らないわよ」

「そうかい」

 フンと顔を逸らす二ノ宮に苦笑いを向ける。すると隣に香織が座り、俺の手を握る。

「優一さん、明日学校休み」

「まあ、土曜だからな」

「今日は優一さんの家に泊まる。お母さんにも言ってきた。お父さんには反対されたけど知らない」

「いや、それはマズイだろ……」

 香織のお父さんの俺に対する印象ガタ落ちじゃないか……。

「優一さんのお父さんとお母さんと深雪ちゃんにも許可をもらったから」

「はいはい……」

「優一さん、もう止めてね。こんな危ない事するの」

「分かった」

「分かってない」

「俺はどうすればいいんだよ……」

 香織は握った手を強く締め付けて、真っ直ぐ俺の目を見る。

「優一さんは絶対に分かってないから、だったらちゃんと私を安心させてから行って。それだったら、私も優一さんを信じて待ってるから」

 香織の意外な言葉に俺が目を丸くしてると、隣で二ノ宮が「敵わないわ……」と、ボソリと呟いた。

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