39【水仙には毒がある】
【水仙には毒がある】
「香織のお土産がファンシーワールド限定のストラップ。セリアのお土産が京都のあぶらとり紙。それは分かるわ。でもなんで優一のお土産がこれなのよ」
「良いだろ、ネズミの耳が付いたカチューシャだぞ」
「これはファンシーワールドの中だけだから許されるのよ! 普通に街中で付けてたらおかしいでしょうが! しかも何で、よりによっていたずらネズミの耳なのよ! あいつ、引っ掻き回してばっかりのろくでもない奴じゃない!」
随分ご立腹な様子の二ノ宮が、俺がせっかく買ってきたお土産に文句を付ける。
「安心しろ、俺は狼だった。二ノ宮にもあのそこはかとない恥ずかしさを感じてもらおうかと思ってな」
「マジ!? いたずらネズミって狼に食べられるから、私の事食べてくれるの? あっ、エッチするって意味だからね?」
「わざわざ補足するな! そんな事するわけ無いだろうが!」
隣で香織が俺の腕を引き寄せる。クソ、二ノ宮をおちょくるつもりだったのに完全に流れが変わってしまった。
「まっ、冗談はさて置いて、こっちが本命のお土産だ」
「これって……」
「西陣織のポーチだ。二ノ宮って化粧とかしてるし、こういう使えるものの方が良いだろ? 夏に着てた浴衣が蝶の柄だったし、こっちも蝶にしてみたんだが、どうだ?」
「…………優一、好き」
「すまんな、俺は香織が好きだ」
「あんた、本当に良い男だわ。まさか夏の浴衣の柄を覚えてるなんて思わなかった……」
驚いた顔でポーチを見ていた二ノ宮は、女の子らしく笑ってポーチを抱き締める。
「ありがと優一。大切にする」
「気に入ってもらえたなら良かった」
いつものファミレスで二ノ宮にセリアも呼んでお土産を渡した。その反応を見て俺は一安心して、アイスコーヒーを飲む。
「んで? セリアも遂に優一に告白したのね」
「ハイ! でも、連敗中デス!」
「当たり前でしょ。ずっと側にいた私が振られたんだし」
「ノー、恋は時間ではないデスヨ、エリコ」
「言うようになったわね。ずっと香織に遠慮して我慢してたくせにー」
まだ帰って来た翌日だというのに、もう二ノ宮の耳に入っているらしい。一体何処からそんな情報を仕入れて来るのだろう。
「オウ! 私はもう行かないト! ナギサとお出掛けがあるデス」
「セリア、お土産ありがと」
「いつもエリコにはお世話になっているデス! そのお礼デス! では、また学校デ!」
セリアは手を振って駆けて行き、セリアを見送ると二ノ宮がジーッと香織を見る。
「そんなこれみよがしにペンダントを見せつけなくても、優一は取らないわよ。香織がそうやって優一の事を大切にしてるうちはね」
香織は俺があげたペンダントを身に着けてくれていて、胸元にキラリと輝いている。
「夜にライトアップされた渡月橋の上で、誕生日プレゼントに優一からペンダント。…………ファンシーワールドの金貨よりもそっちの方が羨ましいわ」
コーラを飲みながら、フライドポテトを摘んで二ノ宮は不貞腐れる。
「あー、マジ彼氏欲しー」
「二ノ宮なら彼氏になりたい男なんて腐るほど居るだろ」
「あん? 優一、あんたにだけは言われたくないわ! 優一以外の男なんて私には石ころにしか見えないわよ」
また機嫌を悪くしてフライドポテトを摘む二ノ宮。俺もフライドポテトを摘みながら、二ノ宮に視線を向ける。
「すまんな、俺は香織の事が好きなんだ」
「優一、私なら朝からでも、何回でもやれるわよ。テクにも自信あるし!」
「何のアピールだよ」
「しらばっくれるんじゃないわよ。香織には白状させたわ」
俺は香織に視線を向ける。すると、香織は慌てて俺から視線を逸らした。全く……まあ香織が二ノ宮をかわせるとは思わないから、仕方がないだろう。
「三日目のホテルって言ったら、彼氏彼女持ち以外もそういう雰囲気になるし、盛り上がるのも仕方ないじゃない? 私も、その時は結構遊んでたから、修学旅行の三日目も仲良かった男子とやったし」
「二ノ宮、あんまりそう言う話をするな」
「ありがと、私に気を遣ってくれてんでしょ? でもいいのよ。別に後悔はしてないし、ちなみに相手は中道ね」
「中道!?」「中道先輩!?」
思わず俺と香織は声を上げる。中道と言ったら、サッカー部の三年だ。
「よく気まずくならなかったな……」
「バリバリ気まずいんじゃない? 中道の方は。私は全然気にしてないけど」
あっけらかんとする二ノ宮だが、そういう事をした相手と同じ部というのは気まずいだろう。しかも話の流れ的に付き合っているわけでもなかったみたいだし。
「俺にはよく分からん世界だな。雰囲気でそういう事をするってのは」
「優一の恋愛経験が少な過ぎるからよ。しかも付き合った子も香織と私だけ何だし」
「俺の交際歴に二ノ宮は入ってるのか」
「はぁ? マジそれ酷くない? ちゃんと入れときなさいよ!」
「いや、付き合ってる振りだっただろう」
「振りでも何でも付き合ったのは本当なんだから、ちゃんと入れといてよね。私はちゃんと入れてるんだから」
隣で香織が不安そうな顔をしているのが見えた。俺はそっと香織の頭を撫でる。
「大丈夫だ、二ノ宮はからかってるだけだからな」
「うん、あっ……ちょっと飲み物取ってくる」
「おう」
香織が席を立ってすぐ、二ノ宮の深いため息が聞こえた。
「はぁー……」
「何のため息だよ」
「いや、この雰囲気で話すのキツイなって」
二ノ宮が視線を逸らす。この雰囲気は、何か良くない話を持っているに違いない。そしてそれは二ノ宮でも手に余る事らしい。
「うちのクラスにさ、御堂有栖ってのが居るんだけど、最近、そいつと侑李がつるんでるの」
「その御堂って奴は悪いやつなのか?」
「……ほぼ真っ黒に近いグレーね。御堂の家、両親共働きらしいんだけど、御堂の私物がブランド物ばっかりなのよ。バッグに財布に服に靴に、何でもかんでも良い所のばっかり」
「それって親が甘やかしてるんじゃ?」
「馬鹿言わないで、全身軽く見積もっても十万よ、十万。いくらなんでもあり得ないでしょ」
確かに全身で十万のブランド物を身に着けているというのはおかしい。それが社会人ならともかく、まだ高校生なのだ。
「で、そのほぼ真っ黒に近いグレーの理由は?」
「売りやってるんじゃないかって噂」
「売り?」
「……援交よ」
「はあ? まさか、有り得――」
「高校生のバイト代じゃ到底買えないようなブランド物の出処はどう説明すんのよ。盗んだとでも言うつもり? それに声掛けられた子が居るのよ。稼げるバイトあるからやらないかって」
「そうか……」
そこまで聞いてると、なんとなく二ノ宮の話に信憑性があるように思える。そして、そいつと音瀬が仲が良いというのも、その話を聞くとあまり好意的にはとれない。
「でも、音瀬はそんなお金に困ってるようには――」
「売りやってる子達が全員お金欲しさって訳じゃないの。お金は副産物で別の目的もある事があるのよ」
「別の目的って何だよ」
「ストレス解消」
「ストレス解消って、そんな事のためにするのかよ」
一気に話について行けなくなって、俺はソファーに背中を付ける。
「エッチって、気持ち良いでしょ? 割り切ってやればストレス解消にもなる。それに、ストレス解消以外にも援交やっちゃう事だってあるのよ。例えば、嵌められて逃げられなくなってとか」
「それはもう援交でも無くて無理矢理だろ。……てか、その御堂って奴が何のために音瀬を罠に嵌めるってんだよ。音瀬は人に恨みを買うような奴じゃないだろ!」
「そうよ、侑李はめちゃくちゃ良い子よ。めちゃくちゃ良い子だから、悪いやつなのか居ないと思ってる。神崎の告白だって疑いもしなかった。ただ好きな人が居るから、本当に純粋にそれだけの理由で断るような子なの。だから、心配なのよ」
二ノ宮はボーッと結露した自分のコップを見詰める。
「でも、音瀬に何の恨みもないなら、その御堂って奴は何のために音瀬を嵌めようとするんだよ」
「援交常習犯になればなるほど、お得意様を持ってんのよ。で、そいつに適当な女の子紹介して紹介料を貰うの」
思わず、俺はコップを握っていた手に力が入る。
ふざけた話だ。自分の利益のために関係ない人を傷付ける。そんな話、あって良いわけがない。
「でも、ほぼ真っ黒に近いグレーってだけだから何も出来ない。侑李には御堂に気を付けなさいって言ってるけど、あまりちゃんと理解してはくれてないみたいだし」
二ノ宮が明確に御堂について言い辛い気持ちは分かる。疑いがあるだけと言う以前に、友達が親しくしている相手を悪く言うなんて出来るわけがない。心の中では危ないと分かっていても、ただそれだけでブレーキが掛かる。
「で、俺は今の所、話を聞くだけでいいんだな」
「ほんと、優一ってこういう事には気を遣えるから女にモテ過ぎんのよ。……話聞いてくれてありがと。悪かったわ、嫌な話聞かせて」
「話してくれてありがとう」
黙って一人で抱え込むのももちろん辛かっただろうが、話すのも辛かったのは間違いない。
「そういえば、香織、飲み物を取ってくるにしては遅いな」
俺が顔をドリンクバーの方に向けると、前からものすごーく深ーいため息が聞こえる。
「ハァー……優一って、なんで時々こうもポンコツなんだろ……」
休み明けの月曜日。通常通りの学校で、いつも通りに授業を受けて生徒会室に行くと、生徒会室の前でソワソワしている野田さんが居た。
「野田さ――」
「シーッ!」
声を掛けた瞬間、人差し指を立てて口に当て、静かにするようにジェスチャーを受けた。
「申し訳ないけど、眞島くんの告白には応えられないわ」
「そうですか」
どうやら眞島の告白に、近藤さんが返事をしているらしい。
しかし、なんでよりにもよって、生徒会室で断ってんだよ。もっと他に場所があるだろう。いや、むしろ生徒会が終わってからにしろ。気まずい雰囲気にでもなったら、俺や野田さんが居辛いだろうが。
「跡野さんですか?」
眞島の口から俺の名前が出て驚く。そして、野田さんも同じタイミングでピクリと動いた。
「私に好きな相手が居て、それが跡野さんではないか。という話なら、的外れも良い所だわ。はっきり言うけど、跡野さんは私のタイプじゃないわ」
何だよ、この『告白もしてないのに無意味に振られた』という状況は。
「確かに頼りになる人だとも思うし、素敵な人だとも思う。でも、あの意地の悪さは無いわね。特に自分が傷付くことを顧みない性格は有り得ないわ。もし自分の好きな人がそんな事を事ある毎にやってたら、私の精神が保たないわ。あれはそんな跡野さんを肯定出来る駿河さんだから保っているのよ」
人が居ないと思って好き放題言いやがって。
「跡野さんももちろん眞島くんも良い人だと思うわ。私が今まで会ってきた男の人の中で一位二位よ。でも、恋愛対象ではないわ」
「はい、ありがとうございました」
「こちらこそ、私を好きになってくれてありがとう。でも応えてあげられなくてごめんなさい」
話が終わったようなので、俺はやっと声を出した。
「よー」
「お、お疲れ様です」
「跡野さん、野田さん、お疲れ様」
「跡野先輩、野田さん、お疲れ様です」
普通の挨拶が帰って来て、俺はいつもの席に腰掛ける。そして、鞄からファンシーワールドで買ったクッキー缶を取り出して開ける。
「跡野さん、何故クッキー缶なのかしら?」
「美味そうだろ? ファンシーワールドで試食したんだけど、これが美味くてさ。生徒会で食べようかと思って。眞島も野田さんも食べろ食べろ。近藤さんは食べないみたいだから三人で山分けだぞ」
「食べないとは言ってないじゃない」
フンッと鼻を鳴らして向かいに近藤さんが座る。
「跡野先輩ありがとうございます! 頂きます!」
「俺も頂きます。ありがとうございます」
「ありがとう、頂きます」
三人はクッキーに手を伸ばし、それぞれクッキーを口にする。
「美味しー!」
「だろ? 普通のバタークッキーなんだけど、この普通感がたまらないんだよ」
「こういう、テーマパークのクッキーって美味しいですよね」
そんな話をしながら食べていると、机の上に一枚の紙が置かれているのが見えた。その紙を手に取って見ると『冬季パトロールのご案内』と書かれていた。
「それはボランティアの案内よ。自主防犯ボランティアの活動で、冬場の夜間パトロールをするから、そのパトロールに協力してくれるボランティアを募っているみたい」
「自主防犯ボランティアか。こういうの未成年の俺達もやれるんだな。未成年はどっちかと言えば守られる方だと思ってた」
「夜間と言っても、高校生がパトロール出来るのは十九時までよ。その後は大人だけでやるの。そして、うちの学校からも最低二人は出さないといけないわ」
「なるほど、じゃあ俺と眞島か」
「何を言っているの。眞島くんは部活があるから、私と跡野さんよ」
「近藤さんは女子だろ」
「パトロールと言っても大人の人と班を組んで見回りをするの。大した危険は無いわ」
クッキーを口に入れた近藤さんが俺の目を真っ直ぐ見る。変な気は遣うなという事らしい。
「分かった分かった。って、これ明日じゃないか」
「仕方ないじゃない。私達は四日も学校を空けてたんだから」
まあ確かに、四日も空ければ知らないうちに仕事が放り込まれる事もあるだろう。…………いや、それはない方が普通なのではないだろうか?
「最近、良くない噂も聞きますしね」
「良くない噂?」
「そうなんです。三年に援交してる人が居るって噂があるんですよ」
「まあ、何処にでも湧きそうな噂ね。そういうものは、誰かの誰かに対する悪意が源だと思うわ」
「でも、そういうホテルから三年の女子がおじさんと出てくるのを見たって人も居るみたいですし」
「まあ、居るにしても居ないにしても、証拠がなければ注意も何も出来ないわ。野田さんも人伝で聞いた事みたいだし」
三人共、噂話程度にしか聞いてもいないし話してもいない。でも、二ノ宮からあの話を聞いている俺は、単なる噂話だとは聞けなかった。
「私はそういうの、全然分からないです。好きでもない人とそういう事をするなんて」
「世の中には自分と考え方の違う人間はごまんと居るわ。でも、私も野田さんと同じ意見ね」
女子二人で話しているが、男子の俺と眞島は話に入り辛い。真面目な話ではあるが、内容が内容なだけに、気軽に参加できる話題ではない。
「跡野さんはどう思う?」
「どう思うってのは?」
「この噂話の信憑性と、そういう事について」
近藤さんに話題を振られ、仕方なく俺も会話に参加する。
「火のないところに煙は立たないとは言うが、その火が問題と全く同じとは限らない。まあ、近藤さんの言う通り、援助交際をしてるって言う悪い噂を立てて、誰かを陥れたい人が居るのかもしれないって事だな。あとは援助交際についてだっけ? もしやってる人が居るんだったら今すぐやめるべきだと思う。大人を甘く見ない方がいい。それに犯罪に手を染めるような大人なんてもっと警戒すべきだ。高校生の女の子が手玉に取れるわけがない」
未成年への援助交際、いわゆる児童買春は犯罪だ。そんな事を平気で出来る相手に、子供が上手に回れるなんて有り得ない。絶対に危険な目に遭う決まっている。
「それに俺は自分を切り売りするような女の子は嫌いだ」
「そう、眞島くんはどう思う?」
近藤さんに尋ねられた眞島は俺よりも困った表情になる。まあ近藤さんからこんな話題を振られたんだし仕方がない。
「この学校に援助交際をしてる人が居るかどうかは、噂話では判断出来ませんね。それと援助交際についてですが、僕は嫌ですね。やっぱり、そういうのって大切な事だから、誰でも彼でもって言うのは」
「まあ噂話に俺達がどうこう話してもな。本人の考え方の問題だし」
音瀬はそんな事をするような奴じゃない。でも、二ノ宮や近藤さんの言うように、誰かの悪意の標的になったら……。
でもまだその御堂という奴が本当に援助交際なんてしてるかも分からないし、それに音瀬が巻き込まれそうという事でもない。
だけどやっぱり、噂話で捨て置く事は出来ない。
十八時から始まる自主防犯ボランティアのパトロールには、ボランティアの団体に参加している大人の他、周辺地域の高校からボランティアで参加している。そして、俺の隣にはニコニコ笑う香織が立っていた。
「来るなって行ったのに」
「でも、来なかったら優一さんと一緒に帰れないかもしれないし」
「終わったら迎えに行くに決まってるだろ。それに香織には部活があるだろ、部活が」
「大丈夫。ボランティア活動だからズル休みじゃないし」
うちの高校からも香織以外に何人かの生徒が参加している。俺は大人が居ると言っても夜間に歩き回るから来るなとは言ったのだが、香織は聞かなかった。
「跡野さん、これはボランティアであってデートではないのよ?」
「分かってるに決まってるだろ」
近藤さんに注意され、俺はあんまり効果のない言葉を発する。
「あの、俺北校なんだけど、それ中央の制服だよね?」
「は、はい」
「良かったら班一緒に組まない? 他校との交流も――」
「香織、ちょっとこっちに来てろ」
ちょっと目を離した隙にこうだ。全く油断も隙もない。
香織の肩を抱き寄せ、香織に声を掛けてきた他校の男子に視線を送る。すると、その男子は「げっ、彼氏が居たのか」と口にして逃げて行った。
「モテる彼女の彼氏は大変ね」
「全くだ」
近藤さんの茶化しをかわしながら香織の頭に手を置いてポンポンと叩くと、香織はえへっとはにかんだ。
「優一さんありがとう」
「香織はもうちょっと気を付けてくれ。心臓に悪い」
視線を交わしてそんな会話をしていると、目の前で腕を組んだ近藤さんがギッと睨んでいる。
「本当に分かっているのかしら……」
ハアっとため息を吐いた近藤さんは、俺達に背を向けてボランティア団体の代表者の所に歩いて行った。
俺達は小学生の通学路になっている道をパトロールする。パトロールは不審者が居ないかはもちろんだが、通学路にある危険箇所のチェックもパトロール内容になっている。
車通りが多いのにガードレールで歩道と車道が分けられていないとか、そもそも歩道がないという場所もチェックして報告する必要がある。
「やっぱり、冬の夜はちょっと怖い感じがするな~」
「出歩く人も少ないしな」
通学路に指定されている道は、比較的道幅も広くちゃんと歩道も整備されているし街灯もある。しかし、そうであっても日が落ちるとこの道を一人で歩くのは男の俺でも怖い。
「毎日優一さんが送ってくれるから気付かなかったけど、こんなに怖いんだね。いつもありがとう、優一さん」
ボランティア活動中だから手は繋げないが、少し香織が俺に近付いて歩く。
通学路のパトロールが終わり十九時になると、高校生の俺達は帰宅し、後はボランティア団体の大人達に引き継ぐ形になった。そして、香織を家に送り届けて自宅まで帰っていると、コンビニの前でスマートフォンを弄りながら突っ立っている女の子が目に入った。多分、俺達と同年代くらいの女子だ。
見た目は派手ではない。黒髪だし服もギャルっぽくはない。でも、雰囲気的なものに見た目とのギャップを感じる。
その女の子に中年の男性が声を掛ける。そして一分も会話せずに、男が女の子を車に乗るように促している。
親子、のようには見えない。その二人を見ていて俺の頭に『援助交際』という単語が浮かび上がる。
まさか、そんな言葉が次に出てきた。まさか本当に援助交際をやってる人が居るわけがない。
「えっ?」
男の車に乗り込もうとしていた女の子と目が合う。その子が俺に向かってニッコリ微笑んだのだ。そして、俺が固まっている間に、彼女は男の車に乗り込み。車は夜の街に消えていった。
次の日、俺は昼休みに三年の教室の前にいた。二ノ宮と加藤の所属するクラスだ。
昨日の夜、コンビニの前に立っていた女の子。俺はあの子に見覚えがあった。
文化祭の時に、二ノ宮のクラスのメイド喫茶に来た時、メイド服を着て接客していた女子の一人に似ていたのだ。
「跡野、何か用?」
「ああ、加藤。文化祭の時にメイド服を着て接客してたのって何人居る?」
「唐突にどうしたの? もしかして浮気?」
「んなわけあるか。頼む、教えてくれ」
「文化祭の接客係は私と江梨子を入れて十人ね」
「十人か。今教室に居る生徒ではどの女子だ?」
加藤が教えてくれた接客係だった女子は七人。その全員が昨日の女の子とは違う女子だった。
「後残ってるのは御堂さんだけね」
「御堂?」
心にザワっとした何かが湧いて出る。
「私に何か用?」
後ろからその声が聞こえた。その声を聞いて俺はゆっくり振り返る。
黒い髪にクリっとした大きな瞳。化粧は濃くないが、しっかりとナチュラルメイクをしている。スカートは膝上まで丈を短くしていて、細く長い足が綺麗に伸びている。そして俺見てニッコリ微笑む表情。
この子だ。昨日、コンビニの前で見た女の子は。
「あ、初めましてだよね? 私は御堂有栖。よろしくね、副会長さん」




