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コンチェルト。アゲイン  作者: 煮込みハンバーグ
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32【枝垂れ雪】

  【枝垂れ雪】


 生徒会室に来てまず先にやる事と言えば、整理整頓だ。

 前の日に近藤さんが劇的に変貌させる机の惨劇を、元通り綺麗にする所から、俺の仕事は始まる。

「別に、片付けなくてもいいのよ?」

「そんなわけに行くか! この惨状でどうやったら仕事出来るんだよ!」

 書類の必要不必要を分けながら、俺は不貞腐れる近藤さんに視線を送る。近藤さんは俺に促され、自分も書類の必要不必要を選別する。

「なんか、近藤先輩が旦那で跡野先輩が奥さんみたいですね」

 眞島の言葉に、俺と近藤さんは互いに相手を指差して言う。

「こんな旦那なんか要らん」「こんなお嫁さんなんて要らないわ」

「言うな」「言うわね」

 ニッと笑ってお互いに視線で火花を散らす。最近、ちょっとは良い人かと思ったが、基本やっぱり俺の事は敵視というかライバル視しているらしい。

「しかし、なんで体育祭も文化祭も終わったのに、こんなに仕事あるんだよ!」

「仕方ないじゃない。生徒会は各種委員会の委員会への出席も生徒会の大切な仕事よ。各種委員会が、今何をしているのか。何のために活動しているのか。それが分からなければ、補佐も出来ないし、不備も見つけられない」

「言ってる事は概ね間違っちゃいないけど、当の本人は片付けが出来ないって……」

「か、片付けは関係ないわ。それに片付けしなくても仕事は出来るし……」

「片付け出来たほうが効率上がって良いだろうが。近藤さんはハイスペックだけど、人間なんだ。それなのにこんなに馬鹿みたいに仕事を引き受けて来るから……。効率が上がれば仕事が速く終わるだけじゃない。余計な負担が掛からないから楽出来るんだ。ちょっとは自分の事も大切にしろよ、全く……」

 何故かため息を吐く近藤さん。そして、野田さんは両頬を膨らませてジーっと俺を見詰め、眞島は苦笑いを浮かべる。

「それを無意識にやっているのだから手に負えないわね。一度くらい痛い目を見るべきよ」

「なんで俺がそんな扱いされなきゃいけないんだよ!」

 書類の整理を終えると、ドサリと椅子に腰を下ろす。

「跡野先輩、あの……」

「ん?」

「生徒会でグループを作ろうと思うんです」

「グループ?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、近藤さんが顔をしかめる。

「まさか、跡野さん。グルチャを知らない、なんて言わないわよね?」

「グルチャ?」

 俺が聞き慣れない略語のような物を復唱すると、眞島が自分のスマートフォンを見せて俺に説明を始めた。

「グルチャは、スマートフォンのアプリケーションの一つです。メールや電話ではなく、パソコンのチャットと同じ様に複数の人物がやり取りを観覧出来るものです」

「ああ、ネットの掲示板みたいなものか」

「そうですね。これを使えば、複数人に同じ物が見えますし、やり取りに途中から参加する事も出来ますから、仕事のやり取りや友達とのやり取りでよく使われます。吹奏楽部でも、グループを作ってやり取りをしていますよ。明日は何を練習するかとか、急な伝達事項があった時とか」

「へぇー便利だなー」

 画面を見せてもらうと、女の子らしいカラフルな文章が沢山表示されている。おそらく吹奏楽部員とのやりとりの一部だろう。確かに、これは便利そうだ。

「それで、なんですけど。生徒会でも、そのグルチャのグループを使ってやり取りをしようかと思うんです」

「いや、でもなー」

 野田さんとはメールアドレスを交換して香織を不安にさせた経験がある。それを考えると、なんとなく躊躇してしまう。

「このアプリケーションは、チャット機能以外に、メールのように特定の誰かにだけメッセージを送る事が出来るわ。それに普通の電話とは違うけど、インターネットを通じた音声の相互通信で、電話のような事も出来るようになっている。いわゆるインターネット通話というものね。それを考えると、跡野さんを無理に誘う事も出来ないわ」

「もうほぼそれ、メールも電話も出来るって事だな……」

 これはいよいよもって、難しくなってきた。

「でも、あると便利なのは間違いないのよね……」

 腕を組んで考え込む近藤さんを見ていると、生徒会室の扉がノックされる。その音にすぐ反応した眞島が扉を開けた。

「皆さん、お疲れ様です。優一さんは?」

「香織。あっ、もう下校時間か」

 ニッコリ笑って手を振る香織を見て立ち上がった俺は、ハッとして時計を見る。

「丁度良かったわ。駿河さん、少しお話をしたいのだけれど」

「えっ? わ、私に?」

 近藤さんにそう言われた香織は驚いて自分を指差す。

「モテモテな彼氏さんの隣にでもかけてくれるかしら?」

「近藤さん、それは俺をからかっているのか、それとも香織をからかっているのか?」

「あら、駿河さんにそんな失礼な事をするわけないじゃない」

 なるほど、俺をからかってるんだな。

 香織を交えて近藤さんの切り出した話は、さっきのグルチャというアプリケーションについての話だった。

「という事で、跡野さんにもグループに参加してほしいの。でも、いくら生徒会で必要だとしても女子と個人的なやり取りも出来てしまうわ。だから、跡野さんの彼女である駿河さんにお願いしたいのだけれど」

「うん、分かった。生徒会で必要なのも分かったし、近藤さんがちゃんと私に説明してくれたから。それに、優一さんを信じてるから」

 香織がチラリと視線を向けて微笑む。

「良かったわ。気を遣わせてしまってごめんなさい」

「ううん、大丈夫。近藤さんこそわざわざありがとう」

 近藤さんと香織の話が終わると、近藤さんはメモ紙にササッと何かを書いて俺に手渡す。

「それは私のグルチャのIDよ。グルチャをダウンロードして登録が済んだら、直接そこにメッセージを送って。グループへの招待を送るから」

「サンキュー、了解した。さて、帰るか」

 メモ紙を受け取ってポケットに仕舞う。俺が立ち上がった瞬間、香織がギュッと手を繋ぐ。

「えっ?」

「じゃあ、私達はこれで。行こう、優一さん」

「おっ、おい! 香織! みんなお疲れ!」

 手を引かれて走りながらみんなに挨拶をする。しばらく廊下を走って階段前まで来ると、香織がやっと足を止めた。

「香織、いきなり手を掴んで走るからびっくりしたぞ」

「だって……野田さんが優一さんの事を見てたんだもん」

「そりゃ話してたら顔くらい見るだろ」

「優一さんには分からないかもしれないけど、女の子の目をしてた。優一さん大好きって目をしてた。だから、優一さんのは私のだって見せつけたかったの!」

 なるほど、みんなの前で手を繋いだのはそう言う理由だったのか。俺はそれを知ってフッと笑う。

「笑わないでよ」

 ムウっと頬を膨らまして怒った顔をする香織の頭に、俺はポンと手を載せて撫でる。

「こんなに可愛い彼女が俺のために嫉妬してくれるとか、俺は幸せ者だな。ありがとう香織」

「お、お礼言われるとは思わなかった……」

 顔を真っ赤にする香織の手を引いて階段を下り始める。

「断っても良かったんだぞ。話を聞いてたら仕事はやりやすくなるけど、絶対に必要な物でもないみたいだったから」

「近藤さんにあんな真面目にお願いされたら断われないよ。野田さん、優一さんに直接、メッセージとか送って来そう……」

「いや、一度断ってるからそうそう送って来ないんじゃないか?」

「油断出来ない! 二ノ宮先輩に注意されたばっかりだし」

「まあ来たとしても、断るよ。生徒会関連のやり取り以外は出来ないって」

「そっか、でも安心は出来ないかな。だけど、優一さんの事は信じてるから」

 ギュッと握る香織の手を、俺もギュッと握り返した。


「よーしお前等。お前等が楽しみで楽しみで仕方が無い、修学旅行の行動班を決めようと思う。思うが、初めに行っておく。修学旅行という物は、実地に行って文化や産業に対して見聞し、知識を深めるものだ。……さて、めんどくさい説明は終わった。さっさと行動班を組め」

 やる気のない先生の一言でクラスの中がざわつく。

 行動班は基本男子二名女子二名の計四名で一班になる。俺の班はもちろん俺と香織は一緒で、それにセリア。あとは男子一人なんだが……。

「どうした高嶺、ジッとこっちなんか見て」

「跡野さん、この前は大変失礼な事をして申し訳ございませんでした。まさか跡野さんと駿河を仲直りさせるために、二ノ宮先輩がやった事だとは知――」

「まあ、それはもう終わった話だし、そもそも気にしてなんかいないんだが。話はそれじゃないんだろ?」

「跡野さん、俺、セリアさんと修学旅行を楽しみたいです!」

「気持ちは分かる。だが、それは俺だけに言われてもな。班員は俺だけじゃない。ちゃんと二人にも確認をとってくれ」

 視線で談笑する香織とセリアを指す。すると高嶺はゴクリと唾を飲み込み、ぎこちない動きで二人の前に立つ。香織とセリアは、高嶺の気配を感じ、二人で高峰に視線を送る。

「セリアさん、駿河、俺を行動班に入れてください!」

「あれ? 優一さん、あともう一人は高嶺くんが入るからって言ってたけど?」

「ハイ! ワタシもユーイチから、タカミネが一緒だと聞いてマス!」

 目を丸くして瞬く高嶺を見て、俺は腹を押えて笑いを堪える。その様子を見た高嶺は、顔を真っ赤にして詰め寄った。

「あ、跡野さん酷いですよ! もう話してくれてたなら、なんで教えてくれなかったんですか!」

「だって、高嶺に確認したわけじゃないし。声を掛けてくるかもなーって思ってただけだから」

「それでも、一応話してるって教えてくれても!」

「そんなに嫌なのか? 他の男子に代わってもらうぞ?」

「いや! 嫌ではありません! ありがとうございます。跡野さん!」

 頭を下げて自分の席に戻って行く高嶺を見送っていると、香織が後からツンツンとつつく。

「優一さんがいじわるするなんて珍しいね」

「いじわるしたつもりはないぞ。自分で言わないと意味ないだろ? まだセリアの事諦めてないみたいだし。それなら、自分の意思で行動しないと」

「今度は上手く行くかな?」

「それは高嶺次第だろ。セリアの方は高嶺に悪い印象は無いみたいだし、仲の良い男子から気になる男子に変われるかは、俺には分からん」

 ただ、一度振られているというのが気になる。一度振られたからと言って二度目もダメか言えば、必ずしもそうとは言えない。それにこの前はまだ仲がそこまで良くはなかった。この修学旅行で急接近するかもしれない。

 でも、セリアは少し高嶺と距離がある気がする。やっぱり、セリアも告白の件を気にしているのかもしれない。まあ、俺の恋愛に対する勘は当てにならないが。

「自由研修は自分達で回る所を考えて大まかな予定を決める。次回はそこから話し合いをする。以上だ」

 もう、修学旅行が近付いてきている。

 去年は行けなかった。もし、去年行けていたら、当たり前だけど今年は参加出来なかった。だけど、俺は今年、修学旅行に行ける。しかも、一つ年下の彼女と一緒に。

 それに、今回の修学旅行は、高校の思い出以上に、大切なイベントになる。


 ニヤッと笑う佐原に、俺は不機嫌な顔を向ける。

 週末、サッカー部の選手権大会県予選の決勝があった。その応援に俺は来たのだが、目の前に優勝旗と賞状と、そしてトロフィーを持った選手三人が立っている。

 その三人のうち、佐原は優勝旗を手にして、俺に視線を向けている。

「決勝を三対〇で勝つのかよ。俺の応援なんて要らなかったんじゃないか?」

「そんな事はないぞ。部員はみんな跡野が来てくれて助かった。選手もマネージャーも」

「全く……俺は手伝うだけのつもりだったのに、ガッツリ仕事やらせやがって」

 佐原達の後ろに居るマネージャー陣に目を向けると、全員がニヤニヤ笑っていた。

「とりあえず、国立への切符は取った。あとは、インターハイのリベンジをする」

「決勝見てたら、心配無さそうだな」

 俺は、選手達を見渡して、苦笑いを浮かべる。一人だけ、この場に居ない選手が居る。

「すまんな、跡野」

「いや、まあ嫌われる様な事をしたからな。ここまで露骨に嫌われるとは思ってなかったけどな」

「悪いやつではない。ただ、跡野の方がずっと良い奴で、より女子にモテるのが悪い」

「そんな事を言われてもな……」

 試合が終わり、全員後は帰るだけ。ここに居る部員達は、俺に優勝した証を見せびらかしたいという、変わった趣味の奴らだ。

 その中に、神崎は居ない。

 体育祭前日に俺が促した香織への告白。しかし、現実は香織に告白さえさせてもらえず、多数の生徒の前で手厳しく振られるという目に遭った。

 更に、その傷心時に優しくしてくれたという音瀬に告白をしたらしい。そして、そこで音瀬が断る際に俺の名前を出したもんだから、それが決定打になったようだ。

「そのうち、神崎も大人になるだろう。今は、失恋の整理がついてないんだ。あいつもそのうち跡野の良さに気付くさ」

「そうか? それならいいんだけどな」

 嫌われるような事をしたとしても、人から嫌われると言うのは、けして気持ちのいいものではない。

「跡野、今日の夜打ち上げが――」

「行かねーよ。俺が行ったら神崎が来るわけないだろ。二ゴール一アシストした功労者の居ない打ち上げは無いだろ。それに俺は――」

「――俺はサッカー部じゃない」

「まあそういう事だ」

 佐原が笑いながら、俺の言葉を予測して言った。バッチリ予測された俺は、両腕を組んで少し澄まして言う。


 肌寒い夜風に吹かれながら、俺は目の前で俺を睨み付ける人物に視線を合わせる。

「俺は……俺はあんたを認めない!」

「…………何してんだよ。今は打ち上げしてる時間だろ」

「打ち上げはこの後行く」

「そうか。んで? 俺は神崎に何を認めてもらえないんだ?」

 応援から帰って部屋でネットをしていたら、神崎から呼び出された。呼び出されたと言っても、聖雪の友達を経由してからだったが。

「お前、駿河先輩と音瀬先輩の弱みを握ってるな。それで脅してるんだろ!」

「香織と音瀬の弱み? そりゃあ、何個かは知ってるな。でも、そんな脅しに使えるネタなんて知ってるわけ無いだろ。せいぜい、からかえる程度のネタだ」

 香織は俺の彼女である以前に、サッカー部の後輩。音瀬も同い年だけどサッカー部では後輩みたいなものだ。二人の恥ずかしい失敗を見て来ているから、それは弱みを握ってると言えるが。

「どうして駿河先輩も音瀬先輩も、それにあの二ノ宮先輩だって。なんで、みんなあんたなんかを好きなんだよ!」

「知らん」

「知らんって――」

「俺が一番分からないんだよ。なんで俺なんかを好きになってもらえるのかが」

 呼び出された公園の真ん中で、怒りに拳を震わせる神崎に答える。しかし、神崎は全く納得していない。

「俺が人に好かれる理由は知らんし分からん。けど、お前が香織にも音瀬にも好かれない理由は分かる。神崎は相手の事を考えた事あるか?」

「はあ? 俺はいつだって駿河先輩や音瀬先輩の――」

「自分が好きって気持ちだけで突っ走ってないか?」

 俺の言葉に神崎は何も答えない。でも、俺は話を続けた。

「俺は神崎とは真逆の人間だよ。だからよく分かる。俺は人の気持ちを考え過ぎる。考え過ぎて、分からない所を自分の想像で補完する。だから、香織との事も何度も不安になった。そもそも俺は自分に自信がないから、補完されるものは全部ネガティブな事ばかりなんだ」

 俺は今でも、何で自分が二ノ宮や音瀬、それから香織に好かれているのか分からない。俺のどこが良いのか、それを口に出していってもらっても、それをすぐに否定出来るネガティブさがある。

「神崎は、まあ俺が客観的に見た神崎だけど、積極的で度胸がある結構ポジティブな性格だ。でも、直情的で思い込みが激しくて単純。だからだ。だから、香織も音瀬も神崎を好きにならなかった」

「なんでお前なんかにそんな事が分かんだよ!」

「神崎、お前、ろくに香織や音瀬と話した事ないのに告白しただろ」

「部活で毎日会って仕事も一緒に――」

「じゃあ、神崎は二ノ宮の事が好きか?」

「はあ? 二ノ宮先輩は確かに可愛い人だとは思う。でも俺が好きなのは――」

「音瀬や香織にとっては、神崎はそういう事だよ」

 俺の言葉を聞いて、全く話を理解できていないのか、神崎は未だに怒りの視線を向けている。

「だから、神崎が二ノ宮を好きな人だって思わないで、可愛い先輩だって思う。それと同じで、音瀬や香織もそうなんだよ。二人にとっては、神崎は部活の後輩でしかない」

 なんで俺は、サッカー部員でもないし、香織をいやらしい目で見てた奴にこんな事を言わなければいけないのだろうか……。

「二人にとってはサッカーが上手い一年。それだけなんだよ、多分な。サッカーが上手いってだけで無条件に人を好きになる奴は、居ないとは言わない。でも少なくとも、そういう表面的な事で人を好きになるような人じゃない。音瀬も香織も。言っておくが、サッカー部のマネージャーは全員そうだ。ほんと、人数は少ないけど良い奴らばかりだからな」

 目の前に居る神崎に、俺から何かを言うつもりはもうなかった。でも、わざわざ呼び出しに出てきたのだから、多少は言っても問題ないだろう。

「香織に振られた理由は……香織が直接言ってたからもう分かるだろう。音瀬に振られた理由は、多分二つだな」

「二つ?」

「まず一つは、さっき言った音瀬が神崎に持ってる印象だ。部活の後輩としか思ってなかったから、音瀬は告白を断った。もう一つは、お前が自分の事を好きじゃないと思ったんだろうな」

「俺は優しい音瀬先輩を!」

「好きな人に振られて落ち込んでる所に、あんな可愛い先輩に優しくされちゃ、そりゃあ好きなるのも分かる。でも逆からしたら、お前はスゲー軽い男だ。好きな人に振られてすぐに他の人を好きになる軽薄な奴だ。たとえ音瀬の事を本気だとしても、音瀬は、仲良くもないし軽薄な奴だと思った男と付き合うような人間じゃない」

「だって、音瀬先輩はあんたが入院してすぐに佐原キャプテンと――ッ!?」

「前言撤回。お前、やっぱ最低だ」

 神崎の発した言葉に、頭にカッと血が上る。俺は胸倉を掴んで吊り上げた。

「お前、仮にも好きだと思って告白した相手にして何言ってんのか分かってるのか? 振られた途端にそんな言い草、人間として恥ずかしくないのか!」

 こいつは何処から聞いたか分からないが、音瀬が俺の事を好きでいてくれた事と、俺が事故で入院した後に佐原と付き合ってる事を持ち出して言ったのだ。

 音瀬が、軽い女だと。

「だってそうだろう! 好きな人が居るのに他の人と付き合ってやる事やるなんて十分――」

「神崎ィイ!」

 突然現れた佐原が、俺を突き飛ばして神崎の胸倉を奪い取って、俺よりも更に高く吊り上げた。

「お前は良い奴だと思っていた。チームメイトの事を考えられる奴だと思っていた。だが、お前にはガッカリだ!」

 佐原が掴み上げた胸倉から手を離すと、神崎はその場に落ちた。

「音瀬が、打ち上げにお前が来てない事を真っ先に気付いた。そして、お前を待とうと提案してくれた。それは俺と先生で却下したが、そこまで思いやってくれた音瀬に、なんだ? ふざけ――」

「佐原落ち着け! 殴ったら問題になる。キャプテンだろうが! それくらい考えろ」

 振り上げられた佐原の右腕を引っ張り神崎から引き離す。佐原が来てくれて良かった。佐原が来なかったら、俺の我慢が保たず殴ってたところだった。

「神崎。お前、結局誰でも良かったんじゃないのか?」

「そんな事は――」

「じゃあ、ものすごく嫌だけど言い方を変える。香織が好きになってくれなかったから、誰でも良かったんだろ? たまたま優しくしてくれた音瀬で妥協したつもりだったんだろう? ふざけるな。音瀬は優しくて良い奴だ。大人しくて自分から何かを言うのは苦手な奴で、いっつも周りの視線を気にしてビクビクしてる。でもだからこそ、音瀬は周りにちゃんと気を遣えるんだ。そんな優しい音瀬が、お前なんか好きになるわけない。お前の妥協なんかの相手になるわけが無い。身の程をわきまえろ」

「お前に俺の何が分かんだよ! 俺は初めて会った時から駿河先輩の事が好きだったんだ! 駿河先輩が居たから今の高校を選んだんだ! 俺はあの人のために頑張った。今日だって点もアシストも決めた」

 神崎は立ち上がって俺の胸倉を掴む。俺は胸倉を掴まれたまま視線を下に向けて神崎を見下ろす。

「神崎、お前が何を思ってうちの高校を選んだのかは知らん。でもな、さっきも言ったが、香織や音瀬はサッカーが上手いとか日本代表だとか、そんなものには惹かれないぞ。ただそれだけじゃ振り向いてももらえない。お前には、二人に対する真心が無いんだよ」

 もう話す事は何もない。

「佐原、お前の後輩だ。責任持って連れて行け。ただし殴るな。こんな奴を殴ったってお前の特には何一つならない」

「分かった」

 俺はため息を吐きながら二人から離れ、神崎の背後に近付いていた香織と二ノ宮の首根っこをすれ違いざまに掴み上げる。

「優一離せ!」「優一さん離して!」

「佐原、早くそいつを連れて行ってくれ。この二人、放っておくとそいつを八つ裂きにする勢いだぞ」

 佐原が神崎の首根っこを掴んで連れて行くのを見送る。俺は二人の姿が見えなくなったのを確認して、手を離す。

「なんで止めたのよ! あいつ、この前の事なんにも分かってない! それに侑李の事を――」

「二ノ宮! 県大会優勝したその日に問題起こすバカになるつもりか!」

「そんな事言ったってあいつは侑李を――」

「殴りたかったのは俺も佐原も同じだ! だけど、あのバカを殴ったって意味ないだろ」

 佐原はもう諦めきれたのかは分からないが、元カノを侮辱された。俺は好きだった女の子を侮辱された。そして、それ以前に友達を侮辱されたのだ。腸が煮え繰り返る思いをした。それは二ノ宮も香織も同じなのは分かってる。

 だけど、神崎は子供なのだ。

 あれは一途とか諦めが悪いなんて話ではない。自分の思い通りにならない事へ癇癪を起こしているだけ。ただのワガママだ。

 子供みたいな性格をしてるのに、無駄に学校やその他の場所で知識を得ているから、周りの意見に理屈をこねて反発する。

 香織をいやらしい目で見ていた上に、友達を侮辱された。もう、あいつに対して諦める材料はそれだけあれば十分だ。

「神崎には何を言ってもダメだ。何処かで、誰かがあいつを凹ませて、自分を変えなきゃって思わせられたら変わるかもしれない。でも、香織に振られても音瀬に振られても、今みたいに俺や佐原が怒っても、変わらなかった。だから、あいつに対しては俺達に出来る事は何一つない。残念だけど」

「優一がそこまで怒って言うって、よっぽど――」

「怒るに決まってるだろうが。音瀬は辛い時を一緒に頑張ってきた仲間だ。それを――。もうこの話はいい。二人とも打ち上げがあるだろうが、早く戻れ」

「私、戻りたくな――」

「香織、行かないわけにはいかないわ。神崎が居るとしても、他の奴らに罪はないの。参加しないで雰囲気を悪くするようじゃ、神崎と同類よ」

「二ノ宮の言う通りだ。苦手な奴とも無難にやれ、無難に」

「うん、分かった」

「優一」

「なんだ?」

 香織の手を引く二ノ宮が振り返る。

「侑李の友達としてお礼言わせて。侑李のために怒ってくれてありがと。きっと、侑李も優一のお陰で救われたはずよ」

 二ノ宮はそう言うと、香織を連れて行った。

 俺は自分の家に戻るために、公園を出て通りに出る。するとすぐに、少し離れた所に、人影があるのが見えた。

「ねーねー、今から遊ぼーよ?」

「あ、あの……通してください!」

「通してください! だってよー、可愛くね?」

「ったく、イライラしてる時に限ってなんでこんなトラブルが起きるんだよ」

 明らかに嫌がる女の子達の道を塞いでいる若い男達という図は、遠巻きから見ても明らかだ。

「あの、彼女達嫌がってるみたいなんですけど?」

 横から彼らに話し掛けると、心底不機嫌そうな視線を向けてくる。

「ああ? お前……何邪魔してくれてんの?」

「いや……この子達が帰るの邪魔してんのはあんた達だろう」

 男三人に男一人。数的有利だからと強気に俺を睨み付ける。しかし、この時間、この通りには……。

「おい! 君達! 何をしている!」

「げっ! 警察だ、逃げろ」

 この辺りは道が薄暗い事もあって、この時間にパトロール中の警察官が通る。いくら数的に有利だとしても、警察官にいちゃもんを付けれるような奴らではない。

「大丈夫かい?」

「この子達がさっきの奴らに絡まれてたので止めに入ったんです」

「そうか。でも、あまり無茶な事はしないようにした最近の若者は何をするか分からないからね」

「はい」

 警察官が自転車に跨り走り去って行くのを見送り、俺は絡まれていた子達から離れて歩き出す。

「ユーイチ!」

 歩きだした時、聞き覚えのある声が聞こえる。そしてよく彼女達の顔を見ると、彼女達二人に見覚えがかなりあった。

「セリア!? それに高塚たかつかも!」

 ブロンドの髪をなびかせ、目を見開いて俺を見るセリアと、少し体を震わせる大人しい女の子がそこに居た。


「本当にありがとう! 君のお陰で娘達が無事に帰ってきてくれた!」

「いや、そんな大袈裟なことは……」

「いや! 最近の若い男は信用ならんからな! だが、君なら安心だ! ほら、遠慮せずに飲め!」

 バシバシとおじさんに背中を叩かれて、俺は何故か缶ビールを差し出される。いや、俺は未成年なんだけど……。

「ほら、お父さん、飲み過ぎよ。跡野くんは高校生なんだか飲めるわけ無いでしょ」

 おばさんがおじさんをたしなめて、俺にニッコリと笑う。

「本当にありがとう。跡野くんが通りかからなかったらどうなってたか」

「いえ、俺は何も」

 警察が通る事を知らなければあんな強気には出られなかっただろうし、警察官が来なかったら、あの男達も引き下がらなかっただろう。だから俺は何も役には立ってない。

「本当に噂通りの男の子ねー」

「噂通り?」

「セリアちゃんが毎日話すのよ。今日もユーイチは優しかった。ユーイチは優しいのに、なんでみんなは分からないんだろうって」

「ノー! マム! 言っちゃダメデス!」

 セリアがワーキャー騒いでおばさんの話を遮ろうとする。

「文化祭の夜なんか。跡野くんの歌について何度も話を聞いたわ。ずっとカッコイイカッコイイ言ってたのよ」

「マム……恥ずかしいデス……」

 セリアは消え入るように小さな声になり、心無しか雰囲気も小さく縮こまっているように見える。

 ここは、セリアのホームステイ先である高塚渚沙たかつかなぎさの家。

 高塚は俺達とは違うクラスだが、英語に興味があることもあって、セリアを受け入れたらしい。以前は全く面識はなかったが、セリア繋がりで顔を合わせるようになり、最近は学校でも結構話すようになった。

 しかし、高塚は大人しく恥ずかしがり屋だから、俺の目はあんまり見ない。

「では、俺はこれで失礼します」

「おお、そうか。まあ、夜も遅いしな! また来てくれ、君なら大歓迎だ!」

 おじさんとおばさんに見送られて外に出ると、セリアと高塚が玄関の外まで付いてくる。

「跡野さん、あの……ありがとう」

「いや、お礼を言われてもな」

「ユーイチは照れ屋さんデス!」

「二人とも、夜に出歩く時は気を付けろよ」

「うん」「了解デース」

 ビシッと敬礼をするセリアに、一抹の不安を感じる。本当に分かっているのだろうか?

「ユーイチ、おやすみデス」

「ああ、おやす――」

 チュッ。その音が聞こえたと同時に、頬に柔らかい何かが触れる。

「お礼デス! カオリには秘密デスヨ」

 パチっとウインクを飛ばしニコッと笑うセリアに驚いていると、セリアの隣に立っていた高塚が、目を丸くして固まっていた。

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